第81話


リディアが一日の業務を終え、帰ろうと馬車へ向かっている時だった。


「リディア」


声の方向へ振り返ると、彼がいた。


「リュシアン様……」


「君に話したい事がある。少し時間を貰えないだろうか」


以前にも似た様な事があった気がする。確かあの時は、友人なって欲しいとかなんとか言っていたような……。


もしかしてリュシアンは、友人が少ないのではと、ハッとした。

確かに何時もエクトルと一緒にいる所しか見ない。そのエクトルも最近では多忙なのか姿を見る事がない……。きっとリュシアンは寂しいのだとあの時リディアは思った。


ただ、あれからリュシアンと友人らしい交流は一切していない。


「は、はい」


今日は何だろう。もしかして友人として交流をしたいと、相談かも知れない。


「お茶会のお誘いなら、リュシアン様なら歓迎致します」


普段社交の場を嫌っている事を彼は承知している筈だ。しかも最近は色々と遭った。故に誘いづらく悩んでいるのだとリディアは思い、気を利かせて先に伝えてみた。


「お茶会?いや、そうではないのだが……」


だが、違った。リディアは首を傾げる。どうやらお茶会では不満らしい……友人として交流する為には、他に何かあるかしら……そんな風に悩む。


「実は、君の兄君の事なんだ」
















話が長くなるだろうという理由と、あそこでは人目が気になるという理由から、リディアとリュシアンは場所を中庭へ移した。この時間、中庭に人がいる事など滅多にない。


「あの、それで……兄がどうかしたんですか」


まさか、ディオンの話だとは思わなかった故、リディアは戸惑っていた。一体何の話なのか……悪い事だろうかと不安になる。



「回りくどく言っても仕方がない故、率直に話そう。…………君の兄君は、リディア……君を妹とは思っていない」


「え……」


衝撃過ぎて、リディアは固まった。一瞬何を言われたのか理解出来なかった。ディオンが自分を妹と、延いては家族とは思っていないとはどういう事なのか……。


「リュシアン様……あの、それは一体どういった意味ですか……兄が、私を家族ではないと……そう言って、いたんですか……」


段々と語尾が弱く少し震えた。聞くのが怖いと思った。これまでのディオンの言動が頭を過ぎる。女性として見て貰えなくても構わない。妹として愛して貰えているから十分だと、つい先日思ったのに……まさか、家族とすら思って貰えていなかったの?やっぱり、血の繋がりがないから……。愛しているって言ってくれた言葉は嘘だったの……?


「っ……」


リディアは、リュシアンを見遣る視界が滲むのが分かった。だが、流石にこんな場所でリュシアンの手前もあり、グッと堪えた。





「いや、少し意味合いが違う。私の言い方が悪かった」


リュシアンは、咳払いをして改めた。リディアは息を呑み彼の言葉を待った。


「彼は君を女性として見ている、と言った方が分かり易いか」


「え……」


意外な言葉に、溢れそうだった涙は引っ込んだ。


リュシアン様は、今なんと言った?


頭の中で、何度も何度も彼の言葉を復唱した。


女性として見ている?誰が?誰を?ディオンが?私を?


「私は気付いてしまったんだ……彼が君を見る目は、妹を見る様な目ではなかった。あれは、異性を女を見る情欲を孕んだ目だ。今までの言動から考えてもそれなら、合点がいく」


最後の辺りは何の話か理解出来ないが、彼の口振りからして、憶測なのだとは分かった。

だが、リディアの身体が、心が震えた。


もし、リュシアンの言っている事が事実なら……。


「リディア……。気持ちは分かる。例え血の繋がりがなくとも兄と慕っていた彼が、妹である自分の事をそんな目で見ていたなどと……不気味に感じるだろう。これまで兄の顔をして君を騙していたなど、君への酷い裏切りだ。到底赦せる話ではない。……君に知らせるべきか、私も随分と悩んだ。だがそれでも、やはり君には知っておいて貰いたかったんだ」


俯き身体を小さく振るわすリディアの肩に、リュシアンが優しく触れた。まるで慰めるように。


「リディア、今は気持ちが混乱して、さぞ辛いだろう。だが、心配はいらない。君には、私がついている。屋敷に帰りたくないなら、エルディー家うちへ来るといい。君さえ良ければずっといてくれて構わない。……そうだ。なんなら、私と結婚して妻になればいい。そうだ、それが君の為だ!」


まるで良案だと言わんばかりの物言いだった。


掴まれている肩に段々と力が加わり、痛い。リディアは恐れ恐る顔を上げた。するとリュシアンはかなり興奮した様子に見えた。これまでに見た事もないようなくらい満面の笑みを浮かべていた。


ディオンの話から一転して、彼は自身とリディアとの結婚についての話を始めた。


「式はいつ頃にしようか?早い方がいいな。そうだ、明日にでも両親に報告をして、陛下にも許しを頂こう。式の日取りはそれからだな。シルヴィは驚くな。だが君と義姉妹になれると泣いて喜ぶに決まっている!君の花嫁姿は、さぞ美しいだろうな」


彼が、怖い。


「リュシアン、様……一体何を仰って……」


「リディア、私は君を愛している。ずっと君を想ってきたんだ。それが、あぁ……ようやく私のモノに……」


怖い……怖い、怖いっ‼︎


様子のおかしいリュシアンにリディアは恐怖を感じた。リュシアンが顔を近づけてくるのが分かり身動ぐが、肩を強い力で掴まれていて逃げられない。このままでは唇が触れてしまう……そう思った瞬間だった。


「っ……何をする⁉︎」


誰かが、リディアからリュシアンを引き離すと突き飛ばした。リュシアンは、瞬間目を見張るが直ぐに我に返ると怒りを露わにした。

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