第30話

リディアは、本を読みながら片手で菓子を摘むと口に放り込む。行儀が悪いと怒られそうだが、今ディオンは仕事に夢中で見ていないだろう……と思ったら目が合った。


「うぐっ……ゴホッ」


驚いて思わず菓子を喉に詰まらせ咳き込む。慌ててお茶を口にした。


「本当お前、落ち着きがないよね」


頬杖を付きながら、嘲笑するディオンに苛っとして睨んでやった。


「ねぇ、それ美味しいの?」


「は?……まあ、ね」


脈略のないディオンにリディアは、脱力する。


「じゃあさ、お兄様にも食べさせてよ」


「……はい、どうぞ」


反論すると煩いので、リディアは立ち上がると菓子の盛られた皿をディオンの机に置いてやった。


「あれ、食べさせてくれないの」


「当たり前でしょう、自分で食べなさいよ」


「お兄様はこんなにも仕事頑張っているのに、お前という妹は労う事もしてくれないんだね……あー、冷たいな。お兄様、仕事やる気無くなっちゃったよ」


最近は、苛々しているかと思ったら、突然こうやって甘えてくる。いや、これは揶揄われているのかも知れないが……。


リディアは口元をひくつかせる。


「はいはい、分かったわよ。食べさせればいいんでしょう!……ほら」


ディオンは素直に口を開けて、リディアのてづから菓子を食べた。満足そうにニッコリと笑みを浮かべると、リディアの指先に口付けた。


「なっ⁉︎何するのよっ」


余りの事に顔を真っ赤にしてリディアは勢いよく、身体ごと手を引いた。


「え?食べさせてくれたご褒美だよ」


しれっとそう言うと、また仕事に戻った。暫く頬を染めたまま立ち尽くしていたが、ため息を吐くとリディアも椅子に戻る。


一体、何なのよ……。


本を開くが全く頭に入ってこない。ディオンの唇が触れた指先が異様に熱く感じた。












眠れない……。


リディアは何度も寝返りを打つ。何時もならベッドに潜り込めば睡魔に襲われ、直ぐに寝れる。眠りは深い方で、余程の事がなければ夜中目が覚める事もない。


だが、何故か今日は妙に頭が冴えていて全く眠くない。目を瞑れば思い浮かぶのは、ディオンの事ばかりだ。


「うぅ~……」


私は一体どうしたというのか。リディアは唸り声を上げる。……その時、ガチャッと扉が開く音が聞こえた。


「⁉︎」


心臓が跳ねた。こんな時間に一体誰……⁉︎リディアは身体を強張らせて、固まる。暗闇の静寂の中、足音が響く。段々近付いてくる足音に、一気に緊張が走る。


怖い……。


目をキツく瞑り、背中に汗が滲むのが分かった。


「…………リディア」


良く知る声で自分の名前を呼んだのは……ディオンだった。


「リディア」


頭を撫でられた。普段のディオンからは想像出来ない程に、酷く優しい声と手つきだった。何度も何度も、まるで愛おしいものでも撫でる様に……。


「……」


暫くして、今度はディオンの少し冷たい手が頬に触れた。親指がリディアのぷくりとした唇を何度も撫でる。そして身体が近付いてくる気配がし、唇が柔らかいものに触れた。目を瞑っていて目視は出来ないが、それが何なのか流石のリディアにも分かった。


触れた瞬間は冷たかったディオンの唇は、直ぐに熱を持ち熱くなる。直ぐに離されるかと思ったが、一向にその気配はない。


幾度も角度を変え、啄む様に触れる。


「リディア……リディア……」


合間合間に、吐息と共に名前を呼ばれてリディアは身体全体が熱くてどうにかなってしまった様に思えた。


「んっ……」


堪えきれなくなり、つい声が洩れて薄ら口が開く。すると待っていた様に直様熱く柔らかなモノが侵入して来た。


ディオンの舌だ。リディアは混乱しながら、懸命に目を瞑り寝たフリを続けた。

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