第27話
「随分と愉しそうだね」
突然聞こえた声に振り返ると、リディアは目を見張る。ツカツカと後方から歩いて来たのはディオンとその部下と思われる青年二人だった。
ディオンはリディアには見向きもせずに横を通り過ぎて、リュシアンと対峙する。自分の存在を無視された様に思えて、少し苛っとした。
何が「愉しそうだね」だ!この気まずい空気が流れている状態を何処をどう見たら愉しそうに見えるのか。リディアは顔を顰める。
「これは、黒騎士団長殿。この様な場所まで足を運ばれるなど、如何なさいましたか」
リュシアンは笑みを浮かべると、穏やかに返す。
「定例報告ですよ」
ディオンも一見すると穏やかに思えるが、どこか空気が張り詰めているのを感じる。流石に鈍いリディアにも分かった。この二人の仲が最悪なのだと言う事を……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
白騎士団長のリュシアン・エルディー。公爵家の嫡男。そして妹の友人の兄。
ディオンは、終始穏やかな笑みを崩さないが、内心目の前にいるこの男に苛立って仕方がない。
以前からリディアがこの男と一緒の所を、幾度も目撃していた。
そんな時は決まって、リディアは愉しそうに、嬉しそうに、愛らしい無防備な笑みを惜し気もなくこの男へ向けていた。
初めてその光景を見た時は、はらわたが煮え繰り返る思いだったのを、今でも忘れる事はない。
遥か昔……幼い頃ならあったかも知れないが、今の彼女が自分へと、あの様な笑顔を向けてくれる事などは絶対にないというのに……何故あの男にはそんな姿を見せるんだ?何故俺には見せてくれないんだ……そう苦しいくらいに幾度自問自答したか分からない。
「白騎士団長殿こそ、どうされたんですか?こんな場所で、白昼堂々女に現を抜かしていらっしゃるなんて羨ましい限りですね……。生憎、俺達にはそんな暇はないのでね」
「黒騎士団長殿は、相変わらず手厳しいな。現を抜かすなどと……私はただ、指揮者としてこうやって交流する事で、人との関わりかたを学ばさせて貰っているだけですよ。多くの人間と関わる事で私はいつも、様々な気付きを貰える。それを騎士団長として指揮に生かす……それだけです」
如何にも、優等生の返答だ。
所詮は、王妃の犬だな。吐き気がする。
ディオンは内心悪態を吐くが、態度には一切出さない。
「ですが……貴方の妹君には何時もお世話になっている故、少しでも助けになりたいと思っているのも確かです」
その言葉に、ディオンは眉を微動させた。
「それはまた、愚妹へのお心遣い痛み入ります。だが、妹は婚約破棄されてから間もない故、変な噂が立つと本人の名誉にも関わるので……これからはちょっかいを出すのを控えて頂きたい」
これは建前ではあるが、遠回しに釘を刺しておく。これ以上、リディアの周りを彷徨かれるのは正直目障りだ。
「ちょっかいなんて、私は」
「貴方は気紛れで、
ワザと遊び、捨てられたと強調する。そして、少し眉根を寄せ妹の身を案じる兄を演じて見せる。リュシアンは何か言いたげに口を開こうとしたが、それをリディアが遮った。
「ディ……兄様、リュシアン様を困らせるのは止めて。それに、リュシアン様が私なんて相手になさる訳ないじゃない。幾らなんでも失礼よ。リュシアン様はね、シルヴィの友人であるからこそ優しく気遣って下さっているの。それ以上でもそれ以下でもないの!どう考えたって分かるでしょう?」
至極当然とばかりに言い放つリディアに、瞬間、リュシアンとその妹、更には白騎士団副長のエクトルも目を見張り固まった。ディオンはというと、笑いを堪えるのに必死だ。
レフやルベルトは興味深くディオンの後ろで、その様子を眺めている。
「成る程。どうやら俺だけ、思い違いをしていただけだったようだね。……白騎士団長殿、ご無礼をお許し下さい」
大袈裟に、少し戯けたように言ってやる。
鈍感なリディア以外は、ディオンが笑いを噛み締めているのを分かっているだろう。リュシアンは苦虫を潰した様な顔をし、ディオンを睨んでいる。
普段鈍くて苛々する事もあるが、この妹が超絶鈍感で良かったとディオンは、感謝し嬉々とした。
リュシアンは、遠回しにリディアに振られたのだ。しかも、こんな人前で堂々と恥をかかされた。これでは今後、リディアに手を出すのは容易ではないだろう。
本人に、リュシアンを振った自覚は皆無の様なのがまた愉快だ。リディアは一人だけ意味が分からず、可愛く首を傾げていた。まるでそれが、ディオンには小悪魔の様に見える。
無自覚は最強だな。
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