第22話

「へぇ、中々の力作だね」


日も暮れた頃、完成した頃合いを見計らってディオンは調理場に入って行った。すると調理台の上には何枚もの大皿に山盛りにされたビスケットがあった。


「で、その後ろの皿は?」


ディオンが声を掛けた瞬間、リディアは飛び上がり急いでテーブルの隅に置かれていた明らかに他とは様子の違う皿を背に隠す。


「こ、これは、その……し、試作品よ!」


「ふ~ん、試作品ね……」


「あっ」


スタスタとリディアに近寄り、そのままの流れでリディアの手から皿を取り上げると、それを持ち上げて凝視した。


「ちょっと!返してよ!」


「なんか、他の皿のと比べて随分と黒いな……それに形が歪んでる……ねぇこれ、何の形?芸術的な形してるけど」


面白い程に歪んでいる真っ黒なビスケットは、頭を巡らせても何を表しているのか想像がつかない。ディオンが、一つ摘んで観察していると、凄い形相で睨まれた。


「何処からどう見たって、お花にしか見えないでしょう⁉︎」


だがまるで怖くない。上目遣いで睨む姿は寧ろ……唆られる。


まあ、コイツにはそんな事理解出来ないだろうけど。


「どうせ、アレだろう?この皿以外はブノワが作った物で、この試作品?だけはお前が作ったんだろ」


「ゔ……」


図星を突かれたリディアは反論出来ない。口元をひくつかせている。


「分かってるなら、さっさと返してよ」


「……勿体ないから、コレは俺が貰ってやるよ」


「は?いや、それ結構……かなり焦げてるからダメ!」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



リディアが丹精込めて作った試作品もとい駄作品を、ディオンは貰うと言い出した。一瞬聞き間違えではないかと、耳を疑った。性格の悪い兄なら絶対「こんなの食べ物じゃない」と言って廃棄しそうなのに……。



「それよりさ」


ディオンは話題を変えながら、駄作品をさり気なく後ろにいたシモンに手渡す。彼はそれを受け取ると何処かへ行ってしまった。最早取り戻す事が出来ない。



「これが、お前の考えた事?」


どうやら先日の答え合わせが始まった様だ。


「そうよ。自分で作れば安上がりだし、予算だって超えないでしょう」


得意げにリディアは鼻を鳴らす。


「まあ、そうだね。でもさ自分でって、ブノワが、だろう」


「ま、まあ……細かい事はいいの!」


「結構重要な事だと思うけど」


「ぅう煩い‼︎」


相変わらず細かい。絶対仕事でも、人の些末な間違いを指摘しては何時迄も嫌味を言っているに違いない。周囲の人間に同情する。


「それで、予算は優に余るよね。それはどうするの?まさか、横領しようとか思ってないよね?」


笑いながらそう言ってくるディオンの顔は、明らかに莫迦にしている。


「そんな訳ないでしょう⁉︎」


「じゃあ、なんだよ」


「……積み立てようかなって思ったの」


リディアの言葉にディオンは、眉根を上げた。


「毎月余った分は貯めておいて、貯まったら買いたい物があるから」


だが、今度は訝しげな表情で見られる。多分、貯めて自分の物を買おうとしていると思っているに違いない。


「あのね、言っておくけど私のじゃないからね!……その、貯まったら靴を買いたいの。この間、一緒に街を見て回った時、すれ違う子供達を見て思って……。靴をね、履いていない子供が結構いて、履いていてもかなり傷んでたり、履いていない子達は、靴下とか酷いと裸足で歩いていたから……。でも、靴ってどう考えても値が張るでしょう?だから、積み立てて貯まったら買おうと思ったのよ」

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