第11話

城の南側にある白騎士団の稽古場が見えて来る。


「兄さん」


丁度休憩中だった様子のリュシアン達団員等は、稽古場の隅に腰掛け汗を拭っていた。そこにシルヴィが声を掛ける。


「シルヴィ……とリディア」


シルヴィの落ち着いた柔らかな声が稽古場に響くと、一斉に視線を集めた。リュシアンはシルヴィの後ろにリディアの姿を見つけると、目を細めて笑みを浮かべた。


「これ、皆様で召し上がって下さいって……もう、兄さん」


リュシアンはシルヴィの横をすり抜けリディアから「重いだろう?」と言いながら籠を受け取る。その光景にシルヴィは呆れて苦笑する。


「シルヴィのは俺が貰おう」


「あ、ありがとうございます……エクトル様」


頬を染め恥ずかしそうにしながら、シルヴィはエクトルに籠を手渡した。


「それにしても凄い量だな。シルヴィ達は食べたのか」


「王妃様が、リディアちゃんが戻って来たお祝いに沢山用意して下さったんです。でも、流石にこの量を私達だけで消費は厳しくて……」


「成る程。それでわざわざお裾分けしに来てくれた訳か。すまないな」


エクトルは礼を述べると、シルヴィの頭を優しく撫でた。するとシルヴィは、頬だけではなく耳から首元まで真っ赤に染めた。


「エ、エクトル様っ」


「あぁ、すまない。つい癖が抜けなくてな」


リュシアンとエクトルは子供の頃からの長い付き合いだった故、妹のシルヴィも必然的にエクトルとは昔から接する事が多かった。シルヴィはエクトルより十も歳が下だからか、彼は良くこうやって頭を撫でてきた。


「シルヴィ、顔が熟れたトマトみたいになっているよ」


リュシアンからの指摘にシルヴィは、違う意味で更に顔を真っ赤にしながらリュシアンに怒る。そんなやり取りをリディアは少し離れた場所から眺めていた。










「シルヴィちゃんとリュシアン様、本当に仲良いね。ちょっと羨ましい」


用事を終えた帰り道、リディアはそう呟いた。


「あら、リディアちゃんだってお兄様と仲が良いじゃない」


「……そんな事、ないよ。会話なんて殆どしないし、たまに顔を合わせれば喧嘩ばっかりだし」


ここの所は何故だか会話が増えた様には思える。だがリディアが婚約する以前は同じ屋敷で暮らしているにも関わらず、顔すら合わせる事が滅多に無かったのだ。ほんのたまに合わせれば、互いに憎まれ口しか出ない。だからシルヴィやリュシアンを見ていると、普通の兄妹ならあんな風に仲が良いものなのかと、たまに酷く羨ましく思う。


やはり、血が繋がった兄妹とは違うのかも知れない。


兄は……ディオンは自分を家族として認めてくれていないのかも知れないとたまに思ったりする事がある。母も父もいなくなり、リディアとディオンを繋ぐものは……もう何もない。


若くして侯爵の座を継ぎ、グリエット家の当主となったディオン。リディアは部外者であり、いつ追い出されたって文句は言えない。本来なら出戻りなど出来る立場ではないのだ。


リディアに、何かグリエット家に貢献出来るような事柄があれば別だが……生憎不器用で頭も残念な自分は、何も持ち合わせていない。


だがこれまでディオンは、リディアを追い出そうとした事は一度たりともない。そう考えると、意外と優しいのかも。


でも、いつかこんな役立たずは要らないと、捨てられる日が来るかも知れない。

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