◆49 ~ 蹂躙
かつて十数年前まで高級品だった自家用車は、今では一般社会に多く広まり、代表的な交通手段の一つとなっている。
近年建設されたこのホテルでも、その車を停めるための駐車場が地下に用意されていた。
広大な地下駐車場の一角。
停められた複数の
――銃火器とアーマーで完全に武装した男たちが、だ。
『目標は外に出た。これより援護を行う』
耳元の通信機で告げられた指示に、全員が一糸乱れることもない動きで車を降り、駆け足で移動していく。その動きにまったく無駄はない。
彼らはもともと、予想外の状況になった時にホテルを制圧するよう指示を受けていた。
やっていることはテロリストそのものだが、依頼主を逃がしてしまえばそれでいい。それゆえに、さほど派手な動きは必要なかった。
だが状況が混迷する中で、場合によっては相手を殺傷する必要もある。しかも相手の中には女子供までもいるのだ。
本来なら躊躇することもあるだろうその指示に、しかし彼らは黙々と従う。
元従軍経験者を中心として組織される彼らは、いわゆる
冷徹な機械となって動く彼らは、地下駐車場から出た瞬間、先頭の指示に従って動きを停止した。
「――敵襲ッ!」
声で指示を告げることは、即ち緊急事態であった。
瞬間。
彼らの頭上から、火炎がナパームのように降り注いだ。
「総員、抜剣せよ!」
火が舞い踊る中、声が高らかに響く。
それを告げたのは、ヴィスキネル士官学院で戦術論の講師を務めていた男だった。
「はっ、はァ――!」
炎の中、槍と共に真っ先に躍り出たのはリオ・ランペルツ。そしてその背後に続くもう一人、シグルド・ユグノールだった。
威勢よく突っ込んだリオの槍と、
その横で援護に向かおうとする敵を前に、シグルドが割って入った。
「相手はプロだ! リオ、一人で突っ込むなよ!」
「わぁってるよ!!」
相手の剣を弾きながら、シグルドは告げる。
リオとシグルドは互いに背を預けるように、剣と槍を振るう。
共に戦技大会で優勝した二人は、かといって、本物の軍人相手に圧倒できる実力などない。それはお互いに分かっていた。
ゆえにこそ、巧みに互いの隙を消し、同時に苛烈に攻め続ける。その連携は、本物の軍人でも舌を巻くほどの完成度であった。
そして、剣を手に突っ込んだのは彼らだけではない。
ベイリー・グレンデマンをはじめとした集団戦の面々。さらには――。
「ふんッ!!」
巨大な大剣が振り下ろされる。
ベイリーの横に並ぶ巨漢――かつて『王者』と呼ばれたロイ・ベルムスの姿がそこにあった。
「助かるぜ、ロイ――!」
「ふんっ。相手にとって不足なしだ。ベイ、油断はするなよ」
ヴィスキネル士官学院だけではない、帝都大学練兵科の姿もそこにはあった。
またこの場にいるのは、戦技大会に出場した生徒たちのみではない。
「斉射用意! 味方に当てるなァ!」
その背後。教師の一人が、銃と魔法を構えた生徒たちに指示を出す。
戦技大会の出場メンバーは、いずれも選考会で選ばれた強者たち。
だが、中には惜しくも選考に漏れた者たちも数多い。かといって彼らが弱者ということはない。中には、実力が伯仲しつつも惜しくも選考に漏れたもの、最近のユキトによる指導で劇的に実力を伸ばした猛者もいる。
その実力は、見劣りするものでは断じてなかった。
まさしく、教師生徒含めた総力戦。
人数であれば倍以上。
しかし――。
(……堅い!)
それでもなお、彼らはまだ卵。
熟練の職業軍人に匹敵するほどでは、ない。
(それに――)
教師の一人が、近くの建物へと目線を向けた。
チュンッ、と音がして空間で何かが弾ける。
……それは、銃弾であった。
中には遠距離から、狙撃でフォローするための人員もいる。
(今は学長がフォローしてくれているからいいが……)
もし彼らが狙撃から直接攻撃に切り替えた場合、均衡が崩れる可能性も決して捨てきれない。
でなくとも、長期戦はこちらが不利だ。
体力そのものだけではなく、それを管理する技術に雲泥の差がある。
誤算があった。
妨害されれば、彼らはすぐに逃げると思っていた。
この状況、既に彼らにとって作戦は失敗しているのと同義のはず。
だがその気配はまるでない。
……そして。
均衡が、崩れる。
「どけ、俺がやる」
ヘルメットを取った彼の双眸は、まるで獣のように鋭い。だがその手には、何の武器もない――徒手空拳。いや、正確には、ナックルのようなものを腕に装着していた。
「――ベイッ!!」
それに真っ先に気づいたのはロイ・ベルムスだった。
彼がベイリーの前に躍り出たのと、男が徒手空拳で踏み込んだのは同時。
まるで時を切り取ったかのような踏み込み。瞬きほどの一瞬、距離をゼロにした男はその腕を振り下ろす。
それは幸運にも、ロイが構えた大剣に直撃する。
しかし――
「っ!?」
呆気なく大剣が粉砕され、直撃する。
まるで戦車が正面から直撃した轟音と共に、ロイは宙を舞った。
「ロイ……ッ!?」
「がっ、は――!?」
床に転がったロイが、血を吐き出して地面を赤く染める。
即死でなかったのは、大剣で庇ったゆえと、ギリギリで身体を逸らしたからに過ぎない。
真正面から直撃すれば、間違いなく死――。
顔面を蒼白にした教師たちが駆け出す。
あれはまずい。圧倒的な強者。生徒たちではどう足掻いても勝てない。いや教師でもあっても、恐らく……。
(どうする……!?)
――彼らは、知らなかった。
ギレウスの言った「戦争は準備したほうが勝つ」という言葉、その真意。
この戦場において、ギレウスたちが、ヴィスキネルの生徒たちに必要だったのは、相手にすることではなかった。
ただ、時間である。
「あ――」
遠方からの援護班に加わっていたアルネラ・ディルモントが、小さく声を上げて、空を見上げた。
その横にいたミリー・アレンセンが、釣られるように空を見る。
そして。
音もなく。
空から、一人の男が降り立つ。
「――っ」
徒手空拳でロイを吹き飛ばした男が、突然目の前に現れたそれに、警戒したように構えを取る。
だが……もはや遅かった。
「……は?」
誰の発した言葉だったろう。
気がつけば、彼の――ユキトの姿は男の背後にあって。
音もなく、その首が跳ね飛んだ。
時が止まる。そう錯覚するほどの無音の中で、どさりと、首を失った男の身体が膝から崩れ落ちた。
「……お待たせしてすみません。ですが、あちらも待たせているので――すぐ終わらせます」
ユキトの声が、剣気に乗って残響する。
血の臭いが、死を纏って風に舞う。
彼らは、初めて知る。
ユキトという男の……本物の強者による
それは断じて戦いでも、闘争でもないことを。
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