#32 ~ 招待

 くるくると、大剣が空を舞う。


 跳ね上げられた一刀が、巻き取るように、男の両手から剣を弾き飛ばしたのだ。

 かと思えば――その刀はすでに、男の首筋にぴたりと突きつけられていた。


『試合終了――! 勝者、ユキト選手!!』


 実況の叫びにも似た声。それに続くように、割れんばかりの歓声が会場に満ちる。

 戦技大会本戦、総合の部。

 この戦いは帝国最強を決める戦いである。

 ゆえに、そのレベルは必然的に高く観客の目も肥えている。情けない戦いをした戦士にブーイングが飛ぶのも珍しいことではない。


 それはすなわち。

 今のようにスタンディングオベーションに湧くということは、それだけで本物の『強者』と認められたと同じ。


「ねっ、ねっ、私の言った通りでしょ!?」


 飛び跳ねんばかりの興奮を見せる女性の横で、カメラを片手に、トーマス・フィルディオは「ああ」と曖昧に返事を返す。

 横で興奮する女性の名は、コノミ・アバネシー。かつて古都ヴィスキネルにおいて、ユキトの優勝を目にした記者である。


 もっとも、トーマスはそれを話半分だと思っていた。

 何しろ例年によれば、優勝選手は帝都か、南部都市アルマティオの出身者に偏っている。この二つの予選大会は、他都市に比べてあまりにレベルが違うからだ。

 帝都はいわずもがな、南部都市アルマティオは、仮想敵国であるセシリア王国との最前線ともあって、兵士は精鋭ばかり。魔物の被害も多いことからハンターのレベルも高い。そこから出場する選手も精鋭ばかりだ。

 ヴィスキネル出身の優勝者といえば――『暴獣べへモス』と呼ばれるA級ハンターぐらいのものか。


「いやぁ、今年の優勝はユキト選手で間違いないです! 優勝インタビューは任せてください! バッチリ顔繋ぎますから!!」


 そう言って胸を張るコノミに、トーマスはため息を吐く。

 彼女は熱意こそあるのだが、たびたびそれでとんでもない大ポカをやらかす。特にこういう鼻が伸び切っているときに限ってだ。

 今回もそうならなければいいが、と、思いつつ――ふと、会場に目を向けた先。意外な人物に目を止める。


(……マクレーン・バロウズ……?)


 とんでもない大物の姿に目を剥く。彼は、壁に背を預けるようにして会場に目線を向けていた。

 金獅子と呼ばれる彼はほとんどの場合、帝城か陸軍司令部に詰めていて、市井で見る機会などない。何しろ、もし敵国が暗殺を試みるとしたら、目標となるターゲットの第一は彼だ。

 それが……戦技大会を見物?


(まさか……)


 トーマスは会場に目線を向ける。

 刀を鞘に納め、悠々と歩き去る青年を。


 彼を見に来たのだろうか? あの金獅子が?


「……おい、コノミ。お前、本当にアポ取れるんだろうな」


「え? いやそのぉ、それはまぁ、多分……」


「一度口にしたんだ、死ぬ気で取れ。出来ることならうちで独占インタビューだ。出来なきゃ減俸な」


「ええっ!?」


 トーマスは懐から携帯端末を取り出す。


 これは勘だ。だがただの勘ではない。記者としての勘が、鼻が疼く。

 ――とんでもない『特ダネ』の臭い。


「ああ、俺だ。ちょいと調べて欲しいことが――」


 ◆ ◇ ◆


 今日の試合日程を終えて、イリアさんたちと合流した後。

 ホテルに戻った俺たちを待っていたのは、一人の男性だった。


「失礼ですが、ユキト様でいらっしゃいますか?」


 そう告げて一礼するのは、執事服をパリッと着こなした爽やかな外見の男性。年齢は三十代ぐらいに見え、伯爵家で世話になったグレイグさんよりよほど若い。

 だがその身振りにまるで隙はなく、若いながら、執事というものを体現しているように見えた。


「お初にお目にかかります。私はこういう者でございます」


 そう言って差し出された、一枚の名刺。

 その名刺には、目立つように刻まれたひとつの紋章。


「えっ」


 隣から覗き込んだイリアさんが、唐突に声を漏らす。

 彼女だけではない。アイーゼさんも、シェリーさんも驚愕に目を見開いている。


 わけがわからずに首を傾げていると、それを察したイリアさんが、こっそりと俺に耳打ちした。


「この紋章、宰相閣下のものです」


「……宰相?」


 紋章コート・オブ・アームズを用いることが出来るのは、帝国貴族の中でも有力な貴族のみだ。

 宰相といえば、並み居る貴族の中でもトップ中のトップ。帝国の頭脳、黒の宰相と呼ばれるただ一人。


「どうして宰相閣下が俺に?」


「あなたにとって重要なお方が、当家の客人として逗留されております。今夜、その方が、ぜひあなたにお会いしたいと」


 その言葉を聞いたとき。

 脳裏によぎったのは、じいさんの姿だった。


 開会式で宰相と共に現れたから、だろうか。

 あるいはもっと名状しがたい予感のようなものなのかもしれない。

 だが……。


「本当に、俺と会いたいと?」


 思わず口を衝いた言葉に、男は「ええ」と首肯する。


「先生。どうあれ、宰相閣下のお誘いを断るのは……」


「…………」


 逡巡する俺に、シェリーさんがおずおずと言葉をかける。

 断るべきでないと頭では分かっている。本当にじいさんが俺を呼んでいるのなら、行かないという選択肢はない。


 結局、頷いた俺に、執事は「ありがとうございます」と頭を下げて、にこりと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る