第二章 - その剣は誰が為に
◆01 ~ 闇に潜む
帝都アレクハイムは、『万華の都』とも称される。
近年の、著しい技術の発展と共に生じた建築ラッシュによって、帝都の在りようは日に日に変化する。
特に
夜であっても煌々と灯がともり、人々が行き交う街。
だが光があるからこそ――帝都の闇はまた深い。
その日も、また、闇がひとつ。
「こいつぁ……」
帝都、コンスウェル区。ビジネス街として知られる高層建造物の群れ、その影で、男が顔をしかめた。
その路地裏は本来、人が寄り付かない場所であるにも関わらず、この日に限っていくつもの人影があった。
とはいえ、彼らは一般人などではない。
「ドレイク先輩。
「必要あるわけねぇだろ」
彼らが囲んで見下ろすのは、ひとつの遺体。
しかもどう見ても他殺体だ。頭を拳銃で撃ち抜かれた、身なりのいい男の死体。
ドレイクは、その顔を知っていた。顔見知りという意味ではない。有名人、という意味でだ。
「子爵閣下が、どうしてこんな路地裏に居たんですかねぇ」
自分の背後に立つ年若い刑事の言葉に、死体の前にしゃがみこむドレイクは「さぁな」とだけ答えた。
帝都において、事件というものは毎日のように湧いてくる。
やれ泥棒だ、詐欺だ、軽犯罪も含めてしまえばキリがない。
だが、今回のそれは、あまりに異質。
被害者が、貴族……それもかなりの有名人。
「しかも、これで二件目……」
――貴族連続殺人事件、というわけだ。
ドレイクは、参ったようにため息を吐いた。
明日の朝刊は、さぞ楽し気で、センセーショナルな記事が紙面に躍るだろう。そして、各紙そろって帝都警察を糾弾するに違いない。
おまけに上からの重圧。
被害者が貴族だから、それだけで罪の多寡が変わるわけではない。殺しは殺しだ。
だが一方で、これ以上許してはならないという現場への重圧は、並大抵のものではない。
しかも双月祭の真っただ中だ。
「同じ犯人、なんでしょうか」
「ま、そうだろうな」
ドレイクは、その視線を被害者の手元に向けた。
そこには、血で書かれたAの文字。一件目の事件と同じく、だ。
その文字については報道されていない。よって模倣犯はありえない。
「これって、ダイイングメッセージなんでしょうか?」
「そんなわけがあるか」
呆れたように、ドレイクは被害者の頭を指さした。
拳銃でぶち抜かれた頭をだ。
「ドタマを一発、どう見ても即死だろうが」
つまり、犯人が残したということ。
わざわざ被害者の指と血を使って、だ。
ダイイングメッセージと見せかけたかったのか。それにしてはあまりにお粗末だった。
「そのくせ、現場には何の物証もない。目撃者もゼロ」
ドレイクは、この事件の犯人像を掴めずにいた。
思想犯のようにも、愉快犯のようにも思える。
「A、それに貴族、ねぇ……」
ちりちりと、首筋に嫌な感覚があった。
嫌なこと、悪いことが起きる前兆だ。飼っていた猫が死んだとき、四か月ぶりの有休が事件で潰れたとき、部長の頭にコーヒーをこぼしてカミナリを落とされた時。
……そして、かつて同僚が死んだ時のように。
「この事件、まだ続くかもな……」
「ええっ、カンベンしてくださいよ!」
年若い刑事が頭を抱えて騒ぐ。
「僕、双月祭で彼女とデートなんですよ!」
「……無理に決まってるだろ、そんなもん」
まったく、と、ビルの合間から見える帝都に目線を向ける。
帝都は双月祭を前にして、もうお祭り騒ぎだ。例年のことだが、双月祭が開催される一週間だけでなく、その一か月も前から前夜祭が行われる。
だが、市民を守る帝都警察に休みなどない。
特に祭りの時期というのは、多くの観光客が詰め寄せることから犯罪件数もまた上がる。祭りの時期に休みなど取れないのは、当たり前のことだった。
光と、それによって生まれる闇。
今彼らの目の前に広がっている闇は――ひどく深く、そして血の匂いが立ち込めていた。
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