第二章 - その剣は誰が為に

◆01 ~ 闇に潜む

 帝都アレクハイムは、『万華の都』とも称される。

 近年の、著しい技術の発展と共に生じた建築ラッシュによって、帝都の在りようは日に日に変化する。

 特に正門大通りアレクサンドル・ストリートとその周辺の発展は、まさに目まぐるしいという言葉が似合うだろう。華美な広告の躍る映画館シネマホールや、六階建ての複合商業施設ショッピングモールが立ち並ぶなど、十年前まではとても考えられないような光景である。


 夜であっても煌々と灯がともり、人々が行き交う街。

 だが光があるからこそ――帝都の闇はまた深い。

 その日も、また、闇がひとつ。


「こいつぁ……」


 帝都、コンスウェル区。ビジネス街として知られる高層建造物の群れ、その影で、男が顔をしかめた。

 その路地裏は本来、人が寄り付かない場所であるにも関わらず、この日に限っていくつもの人影があった。


 とはいえ、彼らは一般人などではない。

 月光花オルフィリアが描かれた腕章は、帝都警察の証である。


「ドレイク先輩。被害者ガイシャのプロフィール、必要ですか?」


「必要あるわけねぇだろ」


 彼らが囲んで見下ろすのは、ひとつの遺体。

 しかもどう見ても他殺体だ。頭を拳銃で撃ち抜かれた、身なりのいい男の死体。


 ドレイクは、その顔を知っていた。顔見知りという意味ではない。有名人、という意味でだ。


「子爵閣下が、どうしてこんな路地裏に居たんですかねぇ」


 自分の背後に立つ年若い刑事の言葉に、死体の前にしゃがみこむドレイクは「さぁな」とだけ答えた。


 帝都において、事件というものは毎日のように湧いてくる。

 やれ泥棒だ、詐欺だ、軽犯罪も含めてしまえばキリがない。


 だが、今回のそれは、あまりに異質。

 被害者が、貴族……それもかなりの有名人。


「しかも、これで二件目……」


 ――貴族連続殺人事件、というわけだ。


 ドレイクは、参ったようにため息を吐いた。

 明日の朝刊は、さぞ楽し気で、センセーショナルな記事が紙面に躍るだろう。そして、各紙そろって帝都警察を糾弾するに違いない。


 おまけに上からの重圧。

 被害者が貴族だから、それだけで罪の多寡が変わるわけではない。殺しは殺しだ。

 だが一方で、これ以上許してはならないという現場への重圧は、並大抵のものではない。

 しかも双月祭の真っただ中だ。


「同じ犯人、なんでしょうか」


「ま、そうだろうな」


 ドレイクは、その視線を被害者の手元に向けた。

 そこには、血で書かれたAの文字。一件目の事件と同じく、だ。

 その文字については報道されていない。よって模倣犯はありえない。


「これって、ダイイングメッセージなんでしょうか?」


「そんなわけがあるか」


 呆れたように、ドレイクは被害者の頭を指さした。

 拳銃でぶち抜かれた頭をだ。


「ドタマを一発、どう見ても即死だろうが」


 つまり、犯人が残したということ。

 わざわざ被害者の指と血を使って、だ。

 ダイイングメッセージと見せかけたかったのか。それにしてはあまりにお粗末だった。


「そのくせ、現場には何の物証もない。目撃者もゼロ」


 ドレイクは、この事件の犯人像を掴めずにいた。

 思想犯のようにも、愉快犯のようにも思える。


「A、それに貴族、ねぇ……」


 ちりちりと、首筋に嫌な感覚があった。

 嫌なこと、悪いことが起きる前兆だ。飼っていた猫が死んだとき、四か月ぶりの有休が事件で潰れたとき、部長の頭にコーヒーをこぼしてカミナリを落とされた時。

 ……そして、かつて同僚が死んだ時のように。


「この事件、まだ続くかもな……」


「ええっ、カンベンしてくださいよ!」


 年若い刑事が頭を抱えて騒ぐ。


「僕、双月祭で彼女とデートなんですよ!」


「……無理に決まってるだろ、そんなもん」


 まったく、と、ビルの合間から見える帝都に目線を向ける。

 帝都は双月祭を前にして、もうお祭り騒ぎだ。例年のことだが、双月祭が開催される一週間だけでなく、その一か月も前から前夜祭が行われる。


 だが、市民を守る帝都警察に休みなどない。

 特に祭りの時期というのは、多くの観光客が詰め寄せることから犯罪件数もまた上がる。祭りの時期に休みなど取れないのは、当たり前のことだった。


 光と、それによって生まれる闇。


 今彼らの目の前に広がっている闇は――ひどく深く、そして血の匂いが立ち込めていた。

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