#03 ~ 理不尽の在り方

 一閃。

 鞘から抜き放たれた銀光は、雷火の如き速度で空を裂いた。


 目視すらも困難な斬撃。それは、男を切り裂いて確実に絶命させる威力を持ったように思えたが――紙一重、ピタリとその首に突きつけられて止まった。


「……降参、です」


 その言葉を聞いて、剣を引き、残心しつつも鞘に納める。


「ありがとうございました」


「……ありがとう、ございました」


 ユキトの一礼にかろうじて返した青年は、がくりとその場にくずおれた。

 それを見下ろしつつ、静かに息を吐く。


 周囲には、何人もの男たちが大の字で寝転がっている。

 もちろん、死んでいるわけではない。気絶している者とそうでない者はいても、傷を受けている者はいない。まあ、打撲程度は我慢してほしいが。


「よーおつかれさん」


 背後から、声と共に飛んできたものを手で受ける。

 何だと思ってみると、それは水の入ったペットボトルだ。


「タオルもいるか? 汗のひとつも掻いてなさそうだが」


 ニヤについた顔でそう言ったのは、口元に大きな傷のある、筋骨隆々とした巨漢。彼はこのハンターギルドでも屈指の実力者、A級ハンターのグラフィオスだ。


「ではありがたく」


 そう言ってタオルを受け取り、額を拭う。


「いやぁ、新人には良い薬になったな」


「……そうですか?」


 死屍累々、という表現が似合う様相を見て、グラフィオスはそう言って笑った。


 この場所はといえば、ギルドに併設される訓練場だ。

 何をしているかといえば――グラフィオスさんからの依頼で、指導という名の手合わせをしていたのだ。


「ギルドに入りたての新人ってのは、どいつもこいつも自信過剰だからな。お前のことも舐めてるみたいだったからよ」


「はあ……」


 別にそれぐらいはかまわないが、と思う。


「こいつらの半分ぐらいは、士官学校卒だからな」


「そうなんですか?」


「おう。しかもギルドに入る連中ってのは、跳ねっかえりが多いからな。学院に居たころの剣術教官とお前を同列に見てたんだろ」


 いや、士官学校の教官がたは決して甘くないと思うが。

 俺の前任だったダニエル先生など、現役の職業軍人だ。学生からは鬼軍曹と呼ばれ親しまれて(?)いた。

 今では軍の仕事が忙しいらしく、これ幸いと教官業を俺に押し付けて、軍に復帰しているらしい。学院にもたまにしか顔を出さない。「ユキト先生なら問題ありません」と笑って言っていたが。


 ……いや。実は逆かもしれない。


「ポッと出の俺に反発したんじゃないですか。ダニエル先生を押しのけて、コネで入ったようなものですし。卒業生としては嫌でしょう、それは」


「そんなもんか?」


 実際に、在校生の中にもそう思う者は少なくない。

 そして俺はそれを否定できない。


「まあだとしても、そいつは八つ当たりだな。実際、実力が上なんだから仕方ねぇだろう」


「……そういう問題じゃないと思いますが」


「そういう問題なんだよ。なぁ」


 へたりこんだ新米ハンターたちに、グラフィオスさんは目線を向ける。


「世の中ってのは理不尽なもんだ。人間も、魔物もな。こっちの事情なんて、あいつらは考慮してくれねぇ。お前らはそういうモン相手に渡り合っていかなきゃいけねぇんだよ」


 彼らも、俺も、何も返せなかった。

 その言葉はどこまでも正しい。

 死などというものは、いや人生そのものが、あまりにも唐突で、あまりにも理不尽だ。

 ハンターという在り方そのものもまた同じく。


 魔物や犯罪者と、時に命をかけて渡り合う。軍や警察にいいように使われ、そのせいで命を落とす者だっていただろう。

 だけど、どうしようもない。そういう生き方を選んだのは彼ら自身だからだ。


「飲み込むかどうかは好きにしな。そのツケを払うのはテメェだからよ」


「……は、い……」


 随分厳しいな、と俺はグラフィオスさんに目線を向ける。

 あんまり厳しいようだと、ただでさえ人手不足らしいハンターがより減ってしまいそうだが。

 彼はポリポリと頭を掻いて、ちっ、と舌打ちした。


「こんなんで辞めるようなら辞めたほうがいい。そういう仕事だからな。それでギルドが立ちいかなくなるって時が来たら、それが潮時ってモンだろう」


 ハンターは、世間からは正義の味方のように言われることが多い。

 何よりも人命を優先し、そのために彼らは命を懸けることもあるからだ。


 だが正義の味方なんて、簡単になれるものじゃない。

 覚悟と代償がきっとそこにはあって、その積み重ねがあってこそ、彼らはそう呼ばれているのだ。


「凄いですね、ハンターっていうのは」


「お? それならお前もやるか? 歓迎すんぞ?」


「……遠慮しておきます」


 いやだってまず試験に通らないし。

 実際、ハンターの試験内容について興味ついでに調べてみたことがあるが、マジでチンプンカンプンだった。


「ユキトくん、ちょっといいかな?」


「はい?」


 訓練室の扉から顔を出し、声をかけてくる銀髪の青年――シルトさんに、俺は首を傾げた。


「君に客が来てるんだけど」


「俺に? ここにですか?」


「ええ」


 一体何事だと、俺とグラフィオスさんは目を見合わせた。

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