#39 ~ フラッシュアタック

 試合を終え、控室から玄関ホールに出た俺を待っていたのは、無数にも思える閃光攻撃だった。

 思わず目の前に手をやって防ぐが、そこにいたのはもちろん敵などではない。大きなカメラと録音機材のようなものを持つ、いわゆる報道陣というやつだった。


 ええ……と困惑する。


「ユキト選手! 優勝候補筆頭を倒し、もはや優勝間違いなしと言われていますが――」


「閃光の圧勝劇でしたね! 今回の試合の感想をぜひ――」


「ちょっとカメラ押さないで!」


「そっちだろ!」


 ただただ圧倒され、目の前で繰り広げられている光景にまったく理解が及ばない。あ、また勝手に写真撮りやがった。

 あとケンカすんなよ……。


「あーーーーー!」


 不意に、聞き覚えのある少女の大声が、ホールの空間を裂いた。

 そこには走ってきたのだろう、肩で息をする一人の少女。

 そう。実況席にいたあの少女だ。


「ちょちょちょちょっと! ダメです、ダメですよ!!」


 彼女は俺の前に躍り出て、報道陣を散らしてくれた。

 おお、これはもしかして俺を守っ――


「選手へのインタビューはウチが先約でしょ! ルールは守ってください!」


「横暴だろそれは!」


「横暴じゃないですぅ~そう思うならデスクに問い合わせたらどうですか~」


 うん、勘違いだったわ。


 ホールに鳴り響くブーイング。

 俺がひたすら困惑していると「ゴホン!」という重い咳払いが、その喧噪を拭い去った。


 咳払いの元を見ると、そこには、後ろに手を組んで笑顔を浮かべる伯爵閣下の姿があった――あの笑顔はいわゆる『威圧用』だ。


「すまないが、選手も疲れている。彼を休ませたいと思うので、取材は後日でお願いしたいのだが」


「えっ、でもその、優先取材権が――」


「ふむ。それは優先であって、強制ではないと思うが?」


 実況の少女の言葉に、伯爵はにこりと即答した。それ以外の報道陣はもはや腰が引けており、唯一粘った少女も「ぐぐぐ」と呻いて肩を落とした。

 だがすぐに顔を上げると、くるりと俺の方に振り向く。


「約束ですから! 後日、インタビューお願いしますよ! 独占で!」


 彼女の発言に「ずるいぞ!」やら「ふざけるな!」やらの大ブーイングが巻き起こり……俺はそれらをすべて無視してするりと人ごみを抜け、伯爵さまの隣に立った。


「すまないが急ごうか。娘たちも待っている」


「……すみません、ありがとうございます」


 背後では今もブーイングが継続中である。

 ホント、何なのこれ。



「すまない」


 車に乗って、ようやくひと心地ついた俺に、伯爵は頭を下げた。


 なお車内は女子率高めである。

 非常に広いリムジンの車内には、俺、伯爵のほかに、イリアさん、アイーゼさん、シェリーさんが乗り込んでいた。


「この可能性についての説明をすっかり忘れていた。……いや、従来というか、普通ならばあそこまで強烈ではないんだが」


「先生の試合が強烈だったから」


 アイーゼさんの言葉に、伯爵もまた頷く。


「イリアの言う通りだった。君はあまりにも圧倒的だった。来月のタイム・オン・ファイターズ(TOF)の表紙を飾る可能性もあるな」


「タイム・オン・ファイターズ?」


「武術系の有名雑誌です。ラジオ番組とか、独自の武術系イベントを開催したりしていますね」


 武術系イベント? K1みたいなやつだろうか?


「帝国のお国柄でね。武力というものは非常に重宝されるし、強さというのはそれだけで賞賛と注目を集める」


「……そうなんですか」


「戦技大会は、帝国最大の祭りのメインイベントだ。何か月も前から予選が開催され、その結果は帝国中が注目していると言って過言ではない」


 うわぁ。ちょっと予想の十倍ぐらい規模のデカいイベントなんだが……。


「そんな大会で、ああも圧倒的な結果を残せば注目も当然というわけだ」


「……今からでも辞退したくなってきました」


「それはやめてくれ」


 げんなりして言うと、伯爵に真顔で止められた。

 自分の剣が見世物にされた気分で、ちょっと嫌なんだが。


 まあでも、これは必要なことだから仕方がない。俺はアイーゼさんの顔を見ると、彼女は少し首を傾げた。

 なるほど。俺が大会に出場することになった経緯についてまでは知らないらしい。知る必要もないしな。


 しばらくして、リムジンが停車した。

 どこかのホテルの駐車場だ。

 ちなみにもう一台も続けて止まり、そちらからは大会を応援に来ていた他の生徒たちが車から降りてくるのが見えた。


「今日はユキト君の祝勝会と、学生諸君の明日からの健勝を祈って、私から晩餐を用意させてもらった。心行くまで堪能してほしい」


 歓声を上げる生徒たち。

 俺の顔も思わずほころぶ。


 伯爵さまの奢ってくれる晩餐、まず間違いなく美味い。この人はマジで食通なのだと、俺は知っているのだ!

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