#38 ~ 落葉
三十秒。
俺が一回戦から三回戦まで、トータルで使った試合時間だ。
『瞬殺で』という伯爵さまのオーダーを忠実に守った結果である。
のだが、大会は大盛り上がりというよりも、ちょっと不穏な空気になっていて、俺が出場するたびにざわざわする。
俺が勝っても「おお……」って感じなのである。何なのこれ。
実況の子が毎回大盛り上がりなのは助かるけど。
そして四回戦。
ベスト8を決める戦い、そして本日最後の試合でもある。
『――さあ、やってきました! 本日最後のカード! 東コーナーは大会史上でも最大のダークホース! 武器すら抜かず、全員を十秒以内に沈めた謎の剣士! 強すぎるこの男、一体だれが止められるのか!? ユキト選手の入場です!!』
『オーランド伯爵も、一体どこでこんな人物を見つけたのかしら』
『確かに! そして西コーナー! こちらの選手も全て無傷で勝ち上がってきました! やはり優勝候補筆頭の名は伊達ではない! その魔槍の前に敵はなし! エリオット選手の入場~~!』
きゃーわーという女性の黄色い歓声に、手を振って応えるエリオット。
うーん、イケメンはサマになるな。
「……それで、どんなイカサマをしたんだい?」
俺の目の前までやってきて、エリオットはそんなことを言った。
「イカサマと言われても」
「まあいいさ。この試合で君の化けの皮を剥がしてあげるよ」
そしてエリオットは、観客席にいるイリアさんに向けて、手を銃の形にした。
ハートを撃ち抜くってか。うわぁ。
「君がどんな方法でイカサマをしようが、僕には通じない」
不意になぜか、俺はこのイケメンの口上を聞いてみたくなった。
というか、聞いた上でボコボコにしたくなった。
ゴングが鳴ると同時、槍から魔力がほとばしる。
「僕の魔槍の前に、その無力さを噛みしめろ――!」
エリオットが槍を振ると同時に、振った軌道を起点として、炎が渦を巻く。
それも一つではない。二つ三つと炎弾を放ちながら、エリオットの動きは止まらない。槍と魔法の波状攻撃が、途切れることなく襲ってくる。
「どうだ、僕の魔槍は!」
「どうだと言われても」
ひょいと避けつつも、その動きを観察する。
魔槍というのは槍に魔力を纏わせて、振った時に生じる残滓で魔法を発動する……そんなところだろうか。
気の使い方とはちょっと違う。なるほど、こんな技術もあるのか……。
まあもっとも。
カンッ、という音と共に槍が跳ねあがる。
「なにっ」
なにっ、ではない。
振りが大雑把すぎる。そんなのは弾いてくださいと言わんばかりだ。
おまけに、槍の軌道が大きく変わってしまえば魔法は発動しないらしい。
『エリオット君だけは、完膚なきまでに負かして欲しい。二度と娘にちょっかいを出さない、出したくないと思わせるぐらいに』
(完膚なきまで、か)
伯爵の言葉を思い出しつつ、よっぽど嫌われてるんだなと思った。しかし父というのはそういうものなのかもしれない。
ただ負かすではなく、完膚なきまでに。
それはつまり、相手の心を折れということだ。
「やってみるか」
呟きつつ、剣を抜き放つ。
そして魔力を意識して、剣に纏わせた。気とはわずかに違う――廻すのではなく、纏うように。
『えっ』
『な、なんとユキト選手が剣を抜いた!』
『ただの剣じゃない! あれはまさか……魔剣!?』
「お前……!」
呼気をひとつ。
歩法――
一足で相手の懐に踏み込む。
彼の眼は、完全に俺を見失っていた。懐にいる俺を。
この状況、もはや必殺――だがその白刃は、彼の首元をなぞるように滑った。
首の皮がわずかに裂ける。ブレスレットの効果ですぐに治るが、また裂けて、今度は治らない。
「動けないだろ?」
首だけではない。その全身、無数に放たれた斬撃が、その軌道を風の刃に変化させてその全身を拘束していた。
俺の言葉に、エリオットの額に汗が垂れる。
動けば動くほどに裂け、最後には死ぬ。――いや死ぬことはないか。ブレスレットが肩代わりしてくれるから。
「馬鹿な……お前、魔剣使い――」
「いや。さっきアンタのを見て覚えた」
俺の言葉に、エリオットが唖然と口を開く。
完膚なきまでに負かす、心を折るとはどういうことか。
相手の土俵で倒せばそうなるんじゃないか、と思った。
その答えがこれだ。
「でもこれじゃあ、普通に斬ったほうが早いな」
そうなのである。振った部分にしか魔法は発動しないが、普通に斬ってしまえば魔法を発動する必要がない。
しかも魔力の刃は自分にも当たるので、逆に自分の動きを阻害してしまいそうだ。
それはつまり、これが試合でなければ、そして俺にその気があれば――今の一瞬で、俺は彼を肉片に変えられたということだ。
それを悟って、エリオットがその顔を青く染める。
「アンタ、魔槍とやらに頼りすぎて、肝心の槍の腕を疎かにしすぎだ。もっと基礎からやり直したほうがいい」
「……ふざ、けるな。俺の槍は、基礎などとっくに――」
「基礎が終わることなんてない」
ただ、基礎を繰り返す。どれほど腕が上がろうが、上がるまいが、関係がない。
俺が見惚れた剣とは、そういうものだった。
ふっと、彼を拘束していた魔力の刃が消える。
たたらを踏む彼に、「構えろ」と告げた。
「餞別だ」
青眼に構えを取る。
――基礎とは何か。
それは、果てのない道だ。ただ荒野を歩むがごとく、終わりもなく歩くように。
ゆえにこそ、辿り着けるものがあると知っている。
「来い」
「っ、おおおおお――!」
炎を纏いながら襲いくる槍を目の前に……俺はただ、いつものように剣を振りあげた。
――斬形、
それはすなわち、ただ基本を極めただけの一刀。
何の飾りもない。ひねりもない。
じいさんは言った。何の飾りもない一刀を、ただ極めることが剣なのだと。
魔力ではなく、気を満たしていく。
己の内面を、水面のように。
剣が、落ちる。
水面に、葉が静かに落ちるように。
――その一刀が、炎も槍も、全てを断ち斬った。
ダメージを完全に吸収し、真っ赤に染まったブレスレットが音もなく砕け散る。
エリオット君は……白目をむいて完全に気絶していた。
峰打ちにしておいて正解だったかもしれない……。本当に斬ってたら、もしかしたらブレスレットごといってたか?
気が付けば、会場は完全に沈黙していた。実況席も、観客も、何もかも、時が止まったように。
だがそれを打ち破ったのは――やはりというか、実況の少女の声だった。
『し、試合終了――!!!』
彼女の言葉と同時。頭上の画面に、俺の勝利が躍った。
ふうと息を吐いて後ろを――向く前に、観客席に目線を向けた。
VIP席は……あそこか。
ああ、わかりやすいハゲデブの巨体が、俺を凝視して顔を青くしているのが見える。
俺はじっと視線を返し、そして一瞬、そこにだけ殺気を飛ばした。
驚いたように巨体が跳ねあがる。
フォビウス子爵とやらが椅子から転げ落ちるのを見送って、俺は会場に背を向けた。
(これでいいかな? ま、あとは伯爵さまがどうにかするだろ)
俺の役目は、あとは優勝するだけである。
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