◆31 ~ 零れゆく(イリア・オーランド)
今日もまた、夢を見る。
何度も何度も、見た夢だ。
「――■■■■!」
庭先で訓練を終えた彼に飛びつく。
見上げるほどに大きな彼の顔は、逆光になってよく見えない。
ただその掌が、やさしく私の頭を撫でた。
陽だまりのような人だった。
いつも笑っていて、いつも強くて、いつも、いつも――なん、だったろうか?
ただ、その手のぬくもりが大好きだったことを覚えている。
この夢はいつも暖かい。
暖かいのに、悲しくて。
それはきっと、私がその終わりを知っているからだ。
「――――!」
部屋で勉強をしていた私に、誰かが、何かを叫んだ。
メイドだった。その顔は黒く塗りつぶされて、よくわからない。いつもおかしいと思う。このメイドは今でも屋敷で働いていて、毎日顔を合わせているのに。
彼女はひどく狼狽していて、見ているだけで悲しくなるほどだった。
私がそれを観察していられるほど冷静だったのは。
ただ、ひたすらに現実味がなかったからだと思う。
急かされるように屋敷を出て、どこかへと車で向かった。
あれがどこだったのかも、覚えていない。
母がひどく震えていて、父もいつもの落ち着きをなくしていた。
――ああ、ダメだ。
着いた場所は、とても広い場所だった。
父と、兵士のような人が何かを言っている。母が語気も荒く口を挟み、そして兵士の人は迷った末に頷いた。
青い、シートのようなものが取り払われて。
それは。
それは――
声。泣き叫ぶような声が、空間を裂いた。
誰かが言った。
本当に間違いはないのかと。
間違いはないと、誰かが答えた。
私はただ、黙って、そこに立っていた。
――だってそうじゃないか。
――■がないから。
――この人が■■なんて、誰が証明できる?
「嘘」
自分の口から放たれたはずの声は、聞いたことのないほどに凍り付いていて、いやに耳にこびりつく。
私の目に、ぴくりとも動かない手が見えた。
私はおずおずとかがんで、その手に触れた。
……ほら、嘘だ。
だって、こんなに冷たい。
母が私を抱きしめる。
その手の冷たさを証明するように、私を強く、強く抱きしめる母は、ひどく暖かくて。
なのにどうして。
どうして、こんな……涙が、止まらないのだろう?
「あ、あ――」
なんで、こんなに……
「ああああぁあああああぁぁぁ――!!」
――私はこの人の顔も、思い出せないのだろう。
夢が換わる。
雨が降っていた。
その冷たさから逃れるように、私と母様はただ寄り添っていた。
列をなして歩く人々の顔は、やはり真っ黒に塗りつぶされていた。
終点についた彼らは、ゆっくりと棺を下ろしていく。
「――なんで、うちの息子は死んだんですか!?」
その時。雨を裂くように、女の声が響いた。
父に向けられたものだった。父は彼女に何も言わず、ただ、その言葉を受け止めるばかりだった。
泣き叫ぶ女性の言葉に……答えたのはただ、すすり泣く声だけで。
なぜ?
なぜだろう?
なぜ、人は死ぬのだろう――?
弱かったから?
でも、■■は強かった。
あの人の息子も、きっと。
それでも人は死ぬ。
あまりにも唐突に。
すべてのものを残して。
――それは、ただ悲しい。
「ご子息は、私の命によって死にました」
女性の言葉のすべてを受け止めた父は、静かに、口を開いた。
「だが彼は最後まで、国と民を守り、誇らしく、立派に戦われた。だから今はただ、彼の冥福を祈ってほしい」
泣き崩れる女性を見ながら、私は思った。
ああ、そうか。
父が何一つとして謝らないのは……謝ってしまえば、その死を無駄なものに変えてしまうから。
その死に、命に、意味をなくしたくないから。
――■■も?
誇りも何もかも、死んでしまえば残らない。
今はもう灰になって、何を思っていたかさえ、分からない。
棺が雨に濡れていくのを見ながら、ただ思った。
彼は立派に戦ったろうか?
死の瞬間にまで、自分に誇らしくあれたのだろうか?
父の言葉を責める自分と、でも同時に、そうあってほしいと願う自分がいて。
死によって、何もかもが消えてしまうのなら。
私は――。
――生き残りによれば、蝶の入れ墨があったと。
――そうか。やはり、あの連中が……。
私は。
私は――
「――お嬢様」
不意に聞こえた声に反応して、眼を開く。
そこはもう夢の世界ではなかった。
ベッドの天蓋が視界に映り、深く息を吐く。
シーツをはぎ取りながら体を起こすと、そこには深く腰を折るメイドがいた。
――よかった。顔は塗りつぶされていない。
私はいつもこうして、ここが夢でないことを確認しては、安堵の息をもらすのだ。どこか罪悪感を覚えながら。
「ユキト様がお越しになっております」
「先生が?」
不意になぜか心臓が跳ねて、私は飛び起きるようにベッドを後にした。
だけどなぜか、夢の残り香がしたような気がして、振り返る。
「お嬢様?」
「……何でもないわ。ごめんなさい、急ぐから着替えを手伝ってもらってもいいかしら?」
「はい」
頷き、着替えを取りに向かう彼女を見送って、私は自分の鼻を撫でた。
何か、起こるような気がしている。
彼と最初に会った時からずっと。
何かが変わるのだろうか?
それとも――。
言葉にならない予感のようなものを振り払って、私は足を前に進めた。
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