196日目 マ ユ
ログイン196日目
ビニール傘を開いて、くるくる回す。傘を差して、鏡に映る自キャラの可愛さを確認してみたり。
むふふ。大変ご満悦な今日この頃である。
お気に入りのおニューのアイテムって、無駄に眺め回したくなるよね~。と同時に、他人の素晴らしい創作物をインプットすると、今度は自分がアウトプットしたくなるよね~。
そんなわけで、今の私はクラフト意欲ばりばりなのです。よっしゃ、ビス子さんが私の要望に応えてくれて嬉しかったから、私も誰かのリクエストを叶えちゃるで~。
そう思い、リクエストボックスを確認するためショップエリアに出たらば。
――――――なんか、カウンターの前で土下座してる女の子がいました。
時刻は朝七時。仕事前にちょっとだけきまくら。いじっちゃおー、とログインした矢先のことだった。
女の子は私の登場に気付くとがばっと顔を上げ、目を輝かせる。
「凄い、ほんとにいた! プライド捨ててeeに頭下げに行ったかいがあった!」
と、謎の言葉を吐き捨てるなり、再びおでこを床に擦り付ける女の子。
彼女は黒い猫耳のメイド服姿で、見たことがあるような気もするしないような気もする。少なくとも知り合いではないはず。
えーっと、eeさんて言ったか? 彼と繋がりのある人?
私の脳内は混乱の極みに達していたがそれを整理する間もなく、メイドっ娘さんは叫んだ。
「ブティックさん、お願いします! クリフェウスとのデート用の衣装を私に仕立ててほしいんです! 一生のお願いです! 私にできることなら何でもしますからああああ!」
はえー……
とりあえずメイドっ娘さんには一旦立ってもらって、詳しく話を伺うことにする。
彼女は[マ ユ]さんというらしい。
何でもきまくら。NPCであるクリフェウスのガチファンらしく、来週行われるクリフェウスデートイベントを勝ち取ったんだって。しかも今月はクリフェウス初のお任せデート実装月でもあるらしく、マユさんは滅茶苦茶張りきっている模様。
加えて、彼女がこうも突飛な行動に出るほどに熱がこもっているのには、もう一つ理由があるらしく。
「ブティックさんには私の真剣さ加減を知ってもらいたいので全部ぶっちゃけますけど、親にばれちゃったんですよね~……。私がきまくら。のデートイベのためにお年玉やら月のお小遣いやら、めっちゃ注ぎ込んでるの……」
「お、おや……」
「はい……。いえ、クリ様のデート毎月独占してるわけじゃないですよ。さすがにそれやったら反感買うって分かってるんで。ただ少なくともワールドイベのクリ様デートくらいは絶対押さえておきたいでしょ?」
『でしょ?』って言われてましても……。
「それに私、きまくら。に関しては箱推しみたいなとこもあって、まあそもそもデートイベ自体が好きなんですよね。それでちょいちょい色んなキャラのデートつまみ食いとかしてるんですけど。そしたらうちの親、今まで私のお金の使い方なんて全然気にしたことなかったのに、今になって口出ししてきて……。ほぼゲームの課金に使ってるって分かった途端急に怒りだして、『しばらく月のお小遣いは渡さない。欲しいものがあったらこっちに直接言いなさい』って……。ほんと酷いですよね、私のお金なんだから私が好きに使って何が悪いんだってかんじですよね? ね? ね?」
「え……ほう……はーん……」
ずい、ずい、と迫ってきては同意を催促するマユ少女。えーっと……と、視線を泳がせる私。
ダメだ、突っ込みどころ満載過ぎて何も言えない……。マユさん自身「突っ込みどころなんて何もないでしょ?」っていう謎の自信と気迫のもとに喋ってるから、余計、ね。
ただ一つ言えることは、この人のお家が富裕層だってことだね……。
何万、下手すれば何十万もするであろうデートイベントを『つまみ食い』できるほど落とせてる、且つそれを『お小遣い』と『お年玉』でやり繰りしているって……、あ、なんかまた、反社会的思想が強まってきたわ。
「確かに人とはちょっとお金の使い方が違うかもしれないけど、でもそんなのって自由でしょ? 個性でしょ? 別に私、お金の管理ができてないとかそーゆーんじゃないんですよ。ちゃーんと自分の手持ちの中で考えて節約して使ってるんです。だからクラスのみんなが参加費バカみたいな額に設定したパーティーも行くの控えたし、周りのみんながハイブランドのコートとか買ってるの横目に、私はムニクロとかで服買うことも多いんです」
「お、おお……なるほど……?」
「そしたら誰かがそれをうちの親にチクったっぽくて! しかもママったら私の必死のやり繰りを否定するんですよ、ちゃんと付き合いを大事にしなさいとか身だしなみをきちんとしなさいとか……だったらその分お小遣い多くしてよーって話じゃありません!? あとムニクロだってきちんとしてるじゃんムニクロをバカにするなー!」
話している内に、彼女の脳内はどんどん盛り上がっていってるらしい。一瞬一理あるかと思いきや話の内容は怪しくなっていくし、言葉遣いも怪しくなってきている。
お金持ちの世界、色んな意味で怖いデス。
とはいえ少なくとも、私には他人のお金の使い方にケチを付ける資格などはないし、ご家庭の教育にケチ付ける資格なんてもっとない。なのでその辺は聞き流すとして、それと服の依頼とに何の関係が?
「あっ、そうでした、失礼しました。まあそんなわけで、お小遣い止められちゃった以上、ほとぼりが冷めるまではきまくら。に課金できなくなっちゃったんですよ。だから今月のこのデートが、私にとってはこれまで以上にすっごくすっごく大事なイベントで。思い出に残るような、素敵なひと時にしたいんです。スクショもいっぱい撮りたい! だからだからブティックさん。どうか、どーーーーか、クリ様の隣に並び立つに相応しい衣装を、私に作ってくださらないでしょうか……!」
「ああ……そういうことなのね。でもお任せデートってなると、相手キャラに衣装は着せられないよねえ」
「はい、それは分かっております。でも自分の服は自由なんで! 普段クリ様が着ているあの格好に寄せて、“彼女”っぽいコスチューム作ってほしいなー、なんて」
ほー、なるほどね。
そのリクエストは、純粋に私の興味を引いた。
マユさんのリアル生活であるとかちょっとアレな考え方であるとか貧乏人の僻みであるとか色々思うところはあるんだけど、結局のところ、これに尽きるんだよね。
そのアイディアに創作意欲を刺激されるかどうか。作ってみたいと感じられるかどうか。
依頼人や依頼人の事情がどうのこうのっていうのは、私の製作活動にはほとんど関係しないわけなのだから。
そしてマユさんが出した案は、確かに私にとって
うん、いいじゃない、それ。楽しそう。
「分かりました。じゃあ一着、お作りしましょう」
「ほっ……ほんとですかああああ!? ありがとうございます! このご恩は一生忘れません! とりま手持ちでお礼を……あ、今【大地の結晶】23個余ってるんでまずこれを……」
「いや、そういうのいいですから」
お嬢様という存在に戦慄きつつ、そんなわけで私はマユさんの依頼を引き受けたのだった。
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