187日目 沈黙の都(4)
作戦会議は終了し、いよいよ出発となった。私達はレンドルシュカから街道を南に進み、やがて【沈黙の都】へ到着する。
そこは森と平原に囲われた広い広い湖だった。ゲーム内時間が日暮れ時なので、水面は太陽と雲、月と星を同時に反射している。
なんて言うと静かで幻想的な光景みたく聞こえるかもしれないけど、全然そんなことはない。いやまあどっか切り取れば幻想的な景色になるんだろうけど、雰囲気的にね、パラディス・ラッシュに熱気立つプレイヤーがそこかしこにいるもんで。
ここから見える範囲だと、釣りしてる人が結構多いな。岸辺から釣り糸を垂らしてる人もいれば、舟に乗って網を投げてる人もいる。
で、ところどころで水中から飛び出してきた幻獣を仕留めようとわちゃわちゃしてる人がいる。
中でも目を引くのが、水面から顔を出した巨大な触手と戦ってるグループ。紫色の皮膚と、大きな吸盤――――――なるほど、あれが【タコノツマサキ】か。
ぴしぱしとはたかれたり体に巻き付かれ「いやーん」と言いながら湖に放り投げられたりしている姿は、なかなかにシュール。けど数人がかりで対応しても苦戦してるふうだから、やっぱり強敵なんだろうな。
アニメチックにデフォルメされてる巨大タコアシ君。そこに怖い印象はないものの、侮れない相手のようだ。
因みに、あのタコアシを辿ったとしても本体の【クラーケン】に出会えるわけではないらしい。
そこはゲーム上の仕様で、黒い靄から伸びるタコアシがあるだけなんだって。【タコノショクシュ】に関しても同じだそうな。
だからやはり本体を狙うのだとしたら、湖の底深くへと潜っていく必要がある。
というわけで早速、私達は水中へとダイブした。泳ぎが得意でない私はちょっとどきどきしたけど、他のみんなが躊躇なく沈んでいくものだから、ぐずぐずしてもいられない。
最初水が膝まで浸かるくらいのときは、まだ水の抵抗感、ひんやりする感覚があった。けどそこを超えてからは、ほとんど不自由を感じなくなる。
地上と同じ、とまではいかないまでも、現実の水中よりかは全然動きやすい。
やがて足もつかないくらい水は深くなって、私の全身は青い世界に飲み込まれる。
当然息はできるし、会話も普通にできるんだけど、呼吸に合わせてこぽぽ、と口元から泡が出ていくのが面白い。
水中に潜っているというより、空をふわふわ漂ってる感覚に近いかも。
操作は、キーを登録していればコマンド指定でも可能だ。右手でキツネさんを作れば浮上、左手でキツネさんを作れば沈下。
うん、最初は溺れてるような動きをしちゃうことも多々あったけど、段々慣れてきていいかんじ。
私は先導するゾエ君を追って、手は平泳ぎ、足はバタ足で水の中を進んでいった。クドウさんが後方を、クー君とドール達が左右を固めてくれているので、とっても心強い。
ドール達はこの日のためにちゃんと水中仕様に改造してきたんだって。さすが抜かりがない。
それとクー君のドールは
ルドルフやフィリップのようなロボロボした見た目ではなく、等身大の女性を象ったまさに“オートマタドール”ってかんじの子だ。前私の衣装を着てくれていた子――――ヴィクトリアというらしい――――みたいなタイプだね。
このキャロライン嬢は水中特化のドールだそうで、腰から下が魚の骨とヒレを模した造りになってるんだ。金属製人魚ってやつだ。
大きな
湖中の景色は色んな植生があって、とっても綺麗だ。
水の中に庭園が造られているかのような、中層はそんなかんじ。色とりどりの小さな魚の群れが可愛いなあ。
ここではフィールドギミック[暗闇]が存在しており、私はこの対策が[耐性(中)]までしかできていない。よって視界はあまり広くない。
それでもこんなに目を楽しませてくれているのだ。きっと[暗闇]が完全に晴れれば、澄みきった美しい水中世界をもっともっと堪能できるのだろう。
因みにここのフィールドギミックはさらにもう一つ、そのままのネーミングだけれど[水中]というものがある。
これは動作が鈍くなるというデバフなの。移動には影響ないんだけど、[敏捷]値が低下して、クールタイムや回避率にマイナス補正が入るんだ。
遠征にはそういった諸々の要素の対策をして向かわねばならない。それを考えるとまあ、たった一つの強スキルを活かすためだけに、装備や編成を変えることの難しさも確かに分かる。
遠征って色々複雑で難しいんだな。やっぱ知識のない私が、そうそう簡単にイキれる分野じゃないんだわ。
と、凹みモードは若干引きずりつつも、それでも結論、私が用意したスキルにも活躍の出番はあるらしいのでね。その時を楽しみに待っている次第です。
じゃあ今現在の私はどんな役割を担っているのかって?
……えー、どんな役割も担っておりません。ただみんなに守られつつ、みんなに付いてってるだけです。
あ、でもクドウさんが時々【
みんな元々が強いから、私の必中で誰かが大助かりしてる感は全然ないけどね……。
最初はちょっとでも後方援護できたらと思って、傘花火ぱしゅぱしゅ打ってたんだ。でもしばらく経ってからクドウさんが遠慮がちに「……ブティックさん、それFF入るからね」って。
……ラッシュ中だからパーティ内でもフレンドリーファイアあること忘れてたー! と、あの時は穴に入りたい気分でした……。
けどなんでみんなすぐには教えてくれなかったんだろ。そう思ったらさ。
「えー? あの程度の被ダメ、あってもなくても同じようなもんだし、別に気にならないっすよ。だいじょぶだいじょぶ」
「まあ言われてみれば確かにエフェクトはうざかった。ないに越したことはない」
……ですってよ。
もおおおおーーーー!
それってつまり私なんて所詮わざわざ話題にするまでもない影響力しか持ち合わせてないってことじゃん!
そこまで邪魔になってなかったのはよかったけど、いてもいなくても同じってことじゃん!
ちょっと
情けない! 居た堪れない! 私なんて私なんて!
と、約一名ネガティブ悶々モードに突入してはいるけれど、パーティ全体の行軍状況は非常に順調である。
タコ足は勿論のこと、
けど今のところ、みんな危なげなくそれらに対応している。
「前回のラッシュももう数か月前の話ですからね~」
「レベルキャップが開放されたし、想定内」
「プレイヤー側も成長して強くなってるってことです」
何てことないように三人は言うけれど、それだけ彼等の実力が桁違いなんだってことは私にも分かる。
だって確かにこの数か月間でレベルが上がったというアドバンテージはあるだろうけど、今日はパーティの一人が私であるというハンデも抱えているからね。今のところ機能してる戦力は三人だもん。
それを考えるとやっぱり凄いよ。
そしてやはり目を引くのは、クー君操るドール達の働きだ。
ゾエ君とクドウさんも驚いてたけど、ルドルフ君とキャロラインちゃんは上級プレイヤー並みに火力があるんだって。で、フィリップ君はちょこまかと動き回って相手を攪乱したり、サポート、補給係としての役割を中心に担ってるみたい。
こんなの、クー君一人で三人分の力があるようなものである。
勿論三体のドールを操作している彼は常に忙しそうで、システムパネルからコマンドを打ち込むその指捌きはピアニストばりの素早さだ。
ある程度自立して動くとはいえ、ドールは眷属獣ほど柔軟な判断はできないという。よって自分の意のままに使いこなすのは難しいはず。
でも彼はそれを三体同時に動かしてるんだもんなあ。やっぱこの子、天才なんだなあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます