171日目 蚤の市(4)
ぽかんと呆ける私。
えと、コハクさん? あなたさっきまで敷物敷いてフード被って、怪しげ露店商の
今見たら雰囲気全然違うんですけど。
コハクさんは丸眼鏡をかけた文学少女っぽいかんじに衣装チェンジしてるし、ディスプレイも屋台バージョンになっている。本人もお店も飾られているアイテムも、より女子ウケがよさそうなもの、洋風なもの、キャッチーなものに寄せてきてない?
それに右隣の否なおさんも。
さっきはもっと宇宙感、
普通に可愛らしい洋風ファンタジーなショップってかんじで、ぱっと見私達のコラボショップと同系列に見えなくもない。
……え? もしかして二人とも、
っていうか否なおさん、あなたが今着てるそのドレス、何気に私ブランドのアイテムじゃないっすか。
なんかいつの間にかうちエリアまで侵入してきて、さっきのきーちゃんよろしくうちのお客さんにファッションアドバイスしてるし。
しかもその流れで「あ、そのブラウスに似合うスカート、こっちにありますよ。効果もお客さんに打ってつけでー。見てってくださいよー」って自分のショップに誘導してるし。
他にも周辺のお店で二、三、雰囲気の似たところがあって、この一角だけやたら女子力高いかんじになってる。
まるで最初から示し合わせて、統一感のあるエリアが作られてるみたいに。いわば、この人達ともコラボしてるみたいな……?
目を白黒させてあちこち眺めていると、否なおさんと視線がかち合った。彼女は頬を掻き、いたずらがばれた子どものように苦笑する。
「いやあ、へへ。最初にやり出したのは向こうですよ」
と、顎で示した先はコハクさん。聞こえていたらしき彼女はむっと唇を尖らせ、反論する。
「私はただブティックさんのお邪魔にならないよう、お店のイメージを調整しただけです」
「でもブティックさんとこのアイテムに合わせるならコレ! ってブローチ紹介しだしたのはあーたじゃん」
「既にお洋服のお買い物済ませた方に勧めてるんですもん、別にいいでしょう。なおさんはちょっと外道。ブティックさんのテントにまで出張るのはやり過ぎです」
「えー、別によくない? だって代わりに接客もしてあげてるから。出入りの流れもよくなって、販売促進につながるっしょ」
「ふふっ」
つい笑みを零してしまうと、皆の視線が私に集まった。
あ、と。
ちょっと気恥ずかしくなりつつも、私は自分の気持ちを語る。
「なんか、安心しちゃって。あの人が言うように、否なおさんやコハクさんも私のことかんじ悪く思ってたら嫌だなって、考えてたところだったんです。でもみんなびっくりするくらい逞しくって、ほっとしました。あの、調子乗ってるように聞こえたらごめんなさい。ただ私、……」
「へ? なになに? 誰かにだる絡みされてるの? ぶはっ、キムチ何そのカードクソウケる。向かい? あー、道理で。ブロック済ですわ」
「なおさんブロック沸点低いから知らなかったんだ。客が奪られて迷惑、ですって。アホですよね。お客が来ないのは自分の実力なのに。寧ろブティックさんにあやかってこの状況ならではの商売する根性くらい持てよ、って話です」
「えー、メンタルヨワヨワだねー。ブティックさんのお店近くなんて人が集まってラッキーなのにね。いてくれて感謝だよ。ご利益ご利益ありがたや~」
「まあキムチさんがこんな注意喚起出しちゃっちゃあ、あの方今日は稼ぎゼロでしょうね。おかわいそうに」
そんな二人のやり取りを、私は笑いながら見守る。気付けばさっきまで心に刺さっていた棘はホロリと落ちていて、気分はすっきりとしていた。
ふと視線を感じる。きーちゃんが、気遣わしげな眼差しをこちらに向けていた。
「びーちゃん、あんな奴の言葉、ほんとのほんとに気にしなくていいんだからね」
「あ、うん。一瞬ネガティブなっちゃったけど、もう大丈夫。なんか、きまくら。って色んな人達いるけど、やっぱ面白いね。私、蚤の市参加できてよかったよ。すっごく楽しい」
きーちゃんを安心させたくてっていうのもあるけど、これは本心だ。私、今日きーちゃんに誘ってもらってよかったよ。
そう言うときーちゃんはほっとしたように目元を和らげ、視線を前に戻す。
「私ね、びーちゃんには沢山、勇気を貰ってるんだよ」
「え? ……あ、こういうイベント、一緒に参加できるのは心強いもんね。それは私も分かる。こちらこそだよ」
「それもあるんだけど、それ以前の話でもあって」
お店の前を行き交う人々を目で追いながら、きーちゃんはぽつぽつと語った。
「私時々、人間って嫌いだな、人付き合いってめんどくさいなって、何もかもヤになっちゃうことがあるの。一人のほうがずっと楽でいい、せめてきまくら。では人間関係に悩まされずにいたいって、全部投げだしちゃったり」
「あー、あるよねー」
「うん。それで一時期きまくら。で他プレイヤーと関わるのはなるべく避けてたんだけど……でもね、やっぱ、人と一緒にゲームができるのは楽しいだろうな、可能性が広がるだろうなとも思うんだ。私は弟と違って、振り切れるタイプじゃないみたい。だからプレイヤーズクランに所属してたこともあったし、今でも談話室にちょこちょこ顔出すのは好きだし」
はいはい、陽キャへの憧れね。分かる分かる。
まあでもいざ独りになってみたときにそういう気持ちになること自体、大分陽寄りな気はしないでもないけどね~。私としては相変わらずクランも談話室もノーセンキューだよ。
って、思ってたんだけど。
「だからね、びーちゃんを見てると、力が湧いてくるんだ。私もこうしてくすぶってちゃいられない、前に進もうって」
「へ」
「びーちゃんって一匹狼だけど、人との関わりを恐れてるわけじゃないじゃない? そういうの凄くいいなあ、憧れるなあって、ずっと思ってた」
ぱちくりと目を瞬かせる私の横で、きーちゃんは顔をきらきらさせながら語る。
えっと、私人との関わり恐れまくりな陰キャ代表ですけど。彼女は一体誰のことを言ってるんだ?
「びーちゃんてほんと、色んな顔持ってるよね。ある人にとっては陰険な武器商人、ある人にとってはきまくら。界を掌握する大悪女、恐怖の象徴に台風の目、穴掘り名人、運営が用意した環境調整プレイヤー、……」
「ちょちょちょちょちょ。何その“顔”。そんな顔一個も持ってないよ? え? きーちゃんに私ってそう見えてたの? どゆこと? どんどん指折らないで。怖い怖い怖い」
「でも、他人にどんな評価やレッテルを付けられようと、びーちゃんって絶対ぶれないじゃない? 自由でマイペースで気ままで、……そう、まさに“きまくら。”ってかんじ」
「いやそんな評価もレッテルも付けられた覚えないよ! あと『まさにきまくら。』とか言われてもあんまり嬉しくないよ!」
「こういうやり方もあるんだって、私にとっては凄く新鮮だったんだ。勿論私じゃとても、自然災害と呼ばれてもへっちゃらに周囲を振り回すびーちゃんの真似はできないけど……」
「あ、ディスってる? ディスってるねこれ」
「でもそんなびーちゃんを見倣って、私も他人の目なんか気にしないでやりたいことやろうって思えたんだ」
きーちゃーん! おーい!
私がどんなに必死に突っ込みを入れても、悲しいかな彼女には届かないようだ。うーむ、この盛大なる誤解、どうやって解いたものか。
って、頭を抱えたんだけども――――――。
「だからね、びーちゃん。びーちゃんは目立つから、もしかしたら今後もああいうめんどくさい人にめんどくさいこと言われることもあるかもしれない。でもそういう時、思い出してほしいの。私みたく、びーちゃんがびーちゃんらしくあることによって、勇気や力を貰ってる人もいるんだよってこと」
――――――眉尻を下げてそんな殺し文句を口にする彼女に、喉元でせめぎ合っていた色んなあれこれはどこかへ引っ込んじゃった。
「びーちゃんにはいつも、いつまでも、やりたいことをやっててほしい。自分らしくきまくら。を楽しんでてほしいな。そう思ってるのはきっと、私だけじゃないよ。だって考えてみて。今日びーちゃんのお店の前には、途切れることなく人の列ができてたんだよ。それだけびーちゃんの仕事が、服作りが、みんなに喜ばれてるんだよ。そのことを忘れないでね。あんなちんけなクレーマー一人の言葉に惑わされるなんて、バカバカしいんだから」
「……うん、分かった」
きーちゃんの言葉はじんわりと温かく、私の胸に沁みていく。その重みを噛み締めて、私は神妙に頷いた。
分かったよきーちゃん。
ありがとうね。
肝に銘じとく。
………………にしても、きーちゃんの私への評価は納得いかんがなー!
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