157日目 老師戦(6)

 意外や意外、私達の戦いは拮抗していた。

 こうも善戦できていることについて、考えられる理由は幾つかある。


 一つ目は、ユカさんが想像以上に仕事ができる人だったこと。

 ……残念美少女とか心の中で言っててごめんなさい。あなた、やはり遠征プレーで老師になっただけあってとってもお強かったんですね。


 二つ目は、ラーユさんの疲労が蓄積していること。

 彼女、ここに来るまでに既に二試合戦ってきてるからね。しかもたった一人で挑むマッチを、それぞれ十五分間。

 プレッシャーは並じゃないだろうし、そろそろ集中力が切れてきたっておかしくない。実際彼女の動きは、先の二戦よりもキレがなくなってきているように見えた。


 そして三つ目が、ラーユさんの精神に“ぶれ”が生じているらしいこと。

 まあ分かりやすく言うと、悪だの何だの糾弾されて大分動揺してるっぽい。

 勢いで自分を納得させて乗り切ろうとしてる感はあるけど、それってつまりヤケッパチってことでもある。今の彼女はちょっと冷静さを欠いていて、プレーイングが雑になっているように感じられた。

 ユカさんがやたら煽り散らかしてるのも大きいんだろうな……。なんかもう、雰囲気的には仔猫の喧嘩よ。


 でもそういった諸々のマイナス要素を補って余りある強さが、やはりラーユさんには存在していた。

 まだパーティ内で誰一人、ダウンに至ってはいない。頑張って抗戦できている。

 でもそれ以上の行動を取る余裕は全くないんだ。点を取りに行くことができないの。


 スキップドアはもう見えるところにあって、ユカさんが少し走れば届く距離だ。なのに、そんなちょっとした動作さえ挟める隙が全く生まれない。

 っていうか運よく一点取れたとしても、次に発生するのはユカさんのいない十数秒である。私達はその時間を乗り切ることができないだろう。


 作戦がシフトしていることは、多分みんな口にせずとも分かっていると思う。これはもう、ラーユさんをダウンさせるしかない。

 けどそれの、何と難しいことか。


 そしてこれまで頑張って保ってきた均衡も、徐々に崩れつつある。

 押されているのはこちらだ。特に私。


 試合には五つアイテムを所持することが許されているんだけど、今飲んだ【パラダイスジュース】を最後に、私の生命線は果ててしまった。

 マッチクエストでは[耐久]が時間経過で回復する仕様になっているとはいえ、ラーユさんの猛攻を前にしては追い付かない。

 私が最弱なのは端から分かっていたことなので、そこに関してくよくよしたりはしない。それよりも今考えるべきは、散る前にできること、である。


 私は傘の援護射撃を続けつつ、クールが上がり次第順次【必中】をメンバーに発動させていく。

 一本だけ余っていた【ストロングドリンク】――――[持久]を回復させるアイテム――――はきーちゃんに投げておいた。

 彼女は意図を汲んだようだ。私に向けて、ぐっと拳を掲げてみせる。


 試合の残り時間はあと五分。

 リスポーンすれば耐久も持久も全快するし、アイテムも補填される。それでも私によって失った二点を取り戻し、さらに巻き返せるルートがあるだろうか。

 あと、何が私にできる? 試合前、もも君は何て言ってたっけ。


『……説得と、交渉』


 私は傘を広げて盾モードにしつつ、一歩前に出た。


「ラーユさん……!」


 弱いところを突っついて精神攻撃だなんて、ちょっとずるいかな。

 でも、あまりに不利な戦況なんだもの。努力や工夫ではどうにもならないレベル差なんだもの。

 油断を誘うことくらい、最後にさせてよね。


「ラーユさん、これで、いいんですか!?」

「ブティックさん……?」


 私が呼びかけても、ユカさんを相手取り攻防を続けるラーユさんの動きに隙は生まれない。けれど私の目は、彼女の瞳が揺らぐのを捉えた。


「このままいけばきっと反女王派は勝利を収めることでしょう。でも、それでいいんですか? ツェツィーリアは本当にそれで、幸せになるんでしょうか?」

「ツィー……様……」


 ラーユさんはユカさんの突き攻撃をひらりと躱し、その流れで長銃を構えるもも君をナイフ投擲で牽制。


「思い出してください、彼女の本当の望みを。ツィーさんはただ、大好きな友達を失いたくなかっただけなんです。ずっとずっと、一緒にいたかっただけなんです。でも、どうでしょう。ここでシルヴェストを女王位から退かせたところで、果たして彼女の願いは叶うのでしょうか? ダナマは益々混乱して、かつての友達だって益々ツィーさんから遠のいてしまうのでは?」

「そんなこと、言ったって……! そんなこと、言わないでください……!」


 【ヒートヘイズサーキュラー】が発動する。

 この赤いリボンを目にするのももう何度目だろうか。少しは慣れてきたもので、私はジャンプして避けることに成功した。

 けどさすがに、その一瞬を見逃さず放たれたラーユさんの剣技は回避することができない。幻性シールドが剥がれるエフェクトと共に、私の耐久ゲージは赤く明滅する。

 ラーユさんと目が合うと、なぜか彼女のほうが傷付いた顔をした。


「うう……ううう……」


 曲剣を構えるラーユさん。

 【八方美人オルサイズ・ビューティ】を発動するもも君。

 機を窺うユカさん。

 やることはやったと、覚悟を決める私。

 そして――――――。


「あっ」


 ――――――緊迫した空気には不似合いな、素っ頓狂な声を漏らしたきーちゃん。


 直後、ラーユさんの体に鎖が幾重にも巻き付くというエフェクトが発生した。

 手足を束縛されたラーユさんは、私に剣を向けたままアビリティを打つことができない。

 彼女はしばらく驚きに目を見開いていたけれど、ふと表情を緩めた。

 そして次の瞬間、ノイズとなって消えていった。


 霧散したノイズは光の粒に姿を変え、私達にふわりふわりと降り注ぐ。


 え? なんか、耐久も持久も、全快してる……?


 ぽかんと立ち尽くす私達の真ん中で、きーちゃんが戸惑い顔で頬を掻いた。


「わ、私、間違えて【精神統一】、ラーユさんにかけちゃった。あれ……でも、なんでこんなことに……?」


 結局何が起こったのかは、未だ分からず終い。けどみんな、やるべきことは分かっていた。

 私達は互いに顔を見合わせ、頷き合う。


「行きます!」


 叫んだユカさんがスキップドアに飛び込んだのを見送って、私達は各々駆けだした。

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