153日目 マルモアレジスタンス(2)
ラーユさんのきらきらしい圧に負け、ダミーなしで挑む革命イベントが始まった。
彼女がいよいよ『本部』と書かれた扉を開くと、その奥に薄暗い、とっ散らかったかんじの部屋が現れる。壁には地図やら誰かの顔写真やら色んな張り紙がなされており、床には消火器と一緒に酒瓶が並んでいる。
そんな室内の真ん中、煌々と冷たい光を放つ蛍光灯の下に、書類の積まれた大きな机と、火の消えたダルマストーブ。そして椅子の背に凭れ、豪快に口を開けて寝息を立てる銀髪の美少女。
ツェツィーリアだ。
枷の嵌まった両腕は、椅子の背の後ろに投げ出されている。
それにしても、ここにきての革命イベントかあ。こうなってくるとちょっと邪道かに思えたこのツィーさんに会いに行く方法も、案外と正道だったのかもなあなんて思えてくる。
だって今まで、ラーユさん自身はツィーさんに会えていたわけだけど、それでも革命は起きてこなかった。
じゃあこの時になって何でって考えると、それはきっと私がいたからだよね。もっと言えば恐らく、【シラハエに対する国交開放についての同意書】を手にした私がいたから。
聞けば現在絶賛進行形で賞金首なラーユさんは、王城に行って女王様にお目通り願うなんてことできるはずはなく、シルヴェストにも会ったことがないらしい。
つまりこの革命イベントの発動には、最初から立場の異なる二種類のプレイヤーが必要だったんじゃないかな。
片やラーユさんのような、マルモア所属にしてツェツィーリアに会うことを許された人間。そして片や私のような、品行方正にしてシルヴェストに会うことを許された人間。
二人が揃ったからこそここで革命が起ころうとしてるっていうのが、私の予想。
答え合わせは、きっとこれから始まることだろう。
「ツィー様、起きてください」
傍に行ってラーユさんがそっと話しかけると、ツェツィーリアはかっと目を開けた。だらけきった表情には一瞬で力が漲る。
「ああ、ラーユ。来てたのね」
彼女は視線だけ動かして、跪くラーユさんを流し見る。
ラーユさん、いつもあんなロールプレイやってるんだろうか。或いは素なのか、はたまた公開動画を意識してのことか。
“ダミーなし”には同意したものの、さすがにあれは真似できないなあ。落ち着かない私はせめて絵面の邪魔にだけはならないようにと、姿勢を正して成り行きを見守った。
するとツェツィーリアの視線が私を捉える。その顔にははっきりと、険が宿った。
「あれは?」
「はい、ツィー様。ブティックさんと言います。何でもツィー様にどうしても会いたいとのことで、お連れしました」
「
あ、さすがにそこは本来のプレイヤーネームに変換してくれるんだね……。っていうより、さすがにラーユさんの台詞から私のあだ名を識別して使用するほどの機能は備わっていなかった、って言うほうが正解かもだけど。
こきこきと関節を鳴らしながら、ツェツィーリアは背面に投げ出していた両腕を持ち上げた。枷の嵌まった不自由な手は、そのまま頭の上を通って、彼女の膝の上に落ち着く。
ひえー、普通なら有り得ない動き方してるよ。フィクションとは分かっていつつも動きや音がリアルなだけに、ちょっとぞくぞくしちゃう光景だ。
体を強張らせる私に、ツェツィーリアは不適に笑んだ。
「何千年も手錠生活してるとね、体のほうがそれに順応してきちゃって。今じゃこの通りよ。ふふ、マティエルは見越していたのかしら。枷は私が成長するための、愛の試練だったのかもしれないわね」
うっとりと、幸せそうなツィーさん。
あっ、やっぱヤバい人だー。こりゃかなり極めちゃってますねー。
「それでおまえ、私に何の用があるというの? つまらないことでも言おうもんならヤブ医者に突き出して、頭を治療させてやるから」
「は、はい。シルヴェスト女王陛下から、このようなものを預かっていまして……」
「『シルヴェスト』……?」
その名前をだした途端、彼女の顔色が真っ白になった。対照的に銀の瞳の奥では、凍てつくような感情と炎のような感情が入り乱れ、吹き荒れる。
低く昏い声で妹の名を呟いたきり、ツェツィーリアは押し黙り、動かなくなった。
私は心配そうなラーユさんの眼差しを受けながらツィーさんに近付き、【シラハエに対する国交開放についての同意書】を渡す。ツィーさんはさっとそこに視線を走らせると、眉間にぎゅっと皺を寄せ、ぐしゃりと書類を握り潰した。
「あの子は……!! またこんな馬鹿げたことを……!!」
ヒステリックに叫ぶツェツィーリア。彼女が勢いよく立ち上がったため、反動でデスクチェアは音を立てて転がった。
そんなことはお構いなしのツェツィーリアは、髪を振り乱し目をぎらつかせ、激昂する。
「どうしてそんなことをするのか、まったく理解ができないわ! 何が女王よ、何が国の長よ! 秩序!? 安定!? ふざけたこと仰い、私達の平穏を乱しているのは、間違いなくあの子よ!」
しかし程なくしてその双眸から涙が溢れだし、私は気付く――――――。
「要らない! 要らない! 国交! 新たな関係! 広い見識! 何も要らない! 奪らないで! 私から奪らないで! 変わろうとしないで! 友達を、家族を、愛しい人を……私から引き離さないでよ………………!!」
――――――怒りに染まる彼女の瞳の奥にはしかし、確かな恐怖が混在していた。まるで駄々を捏ねる幼子のようだ。
脳裏にマグダラのエピソードが蘇り、再生される。
『駄目だよ! 行っちゃ嫌だ! 行かないで!』
そっか。ツィーさんもやっぱり、根本的には同じだったんだね。
怖かったんだ。寂しかったんだ。
世界が広がることによって、友達が、自分の生活が、変わっていくことが。置いてけぼりが、嫌だったんだ。
……ってまあ動機は同じとてそれに対する反応は二人それぞれ全然違うわけで、ツィーさんの選んだ道を肯定できるわけではないけどね。でも理解はできたから、彼女に対する警戒心みたいなものはちょっと薄れたってところだろうか。
やがてツェツィーリアは興奮を収め、呆然とした顔で椅子に腰を落とした。ラーユさんが甲斐甲斐しくも、転がった椅子を元に戻してあげていたらしい。
これ、椅子が転がったままだったらどうしてたんだろう。別の椅子に座ったか、或いは自分で椅子を立て直したか。
なんてどうでもいいことを考えられるくらいには、私も落ち着いてこのイベントを楽しむことができている。
「もう……容赦はしないわ」
涙で濡れた瞳には、熱く冷たい炎が戻ってきたようだった。
「これ以上あの子の好き勝手にはさせない。今の私にはそれができる。私達には、力がある。機は満ちたわ。今こそすべてを……私達のダナマを取り戻すのよ。ビビア……と言ったわね」
言いながら、ツェツィーリアは床に落ちていた“同意書”を拾い上げる。彼女はそれを手でびりびりに引き裂くと、丸めて一つにし、ぽいっと私に放って寄越した。
「返すわ」
斯くしてワールドアナウンスが響き渡り、私は【歴史の裏の密使】の称号を手に入れたのだった。
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