62日目 もも太郎

ログイン62日目


 もも太郎さんとやらの提案に対する私の答えは、勿論イエスであった。

 いや、これだけの情報量で即座に取引を承諾したわけではないけどね。でもとりあえず、連絡は取ってみたいなと思った次第だ。


 快諾した私にリンリンがなぜか心配そうだったのが、気になると言えば気になるところ。自分で持ちかけてきた案件なくせして、「慎重に行動してね」だとか「ネトゲ住人は基本信頼しちゃダメだからね」だとか、やたら不安を煽ってくるんだよね。

 じゃあ何でこの話を持ってきたのかと尋ねれば、「ブティがこんなに簡単に頷くとは思わなかった」、「一応顔を立てなきゃいけない程度には彼に義理がある」とか何とか。まるで取引先に気を遣う会社員みたいな言動である。


 まあもも太郎さんは職業商人で、実際彼は色んなクランやプレイヤーと取引をしているらしい。仲介業者のような立ち回りのプレイングだそうなので、あながちこの例えも間違ってはいないのかもしれない。

 けどリンリンと付き合いがあるって時点で、少なくともある程度は信頼できる相手だと思うのよね。

 勿論、悩んでいたことへのアンサーソングがタイミングよく舞い込んできたことに対する興奮も、少なからずある。


 そんなわけで昨晩早速、もも太郎氏へフレンド申請を投げ――――――反応があったのは、今朝だった。実際に私が確認したのはログイン後なので、夜になる。



[もも太郎]

返事が遅くなって申し訳ない

連絡ありがとうございます

早速質問にお答えします


[もも太郎]

>ソーダやレシピ等の具体的価格について

ソーダ(1ダース単位で販売):127,800キマ

レシピ:155,000キマ


[もも太郎]

素材アイテムの販売価格一例

ヒートクロス★5(1メーター単位で販売):9,800キマ~

タイガーダウンクロス★5(〃):19,800キマ~

マンモスの毛皮★3:30,990キマ~

ニジイロトカゲエキス★3:15,800キマ~



 【ソーダ】、安っ。1ダース13万ってことは、1本1万ちょっと!? そんな安くていいの? レシピも……!


 布系アイテムは質感や柄を見ないことには何とも言えないのでそこまでそそられるものではないけれど、でもどれもワールドマーケットで目にするものより割安だ。


 それに【マンモスの毛皮】と【ニジイロトカゲエキス】なんかは、そもそもWMで検索をかけても出てこない商品である。

 珍しいものなんだろうかとネットで調べてみたらば、毛皮は最近追加された新フィールドの深層で入手できるアイテム、エキスは生産に幅広く且つお手軽に使える優秀なアイテムとのことだった。どちらも人気で稀少で、なかなか一般市場には出回らないものらしい。

 ほえー、凄いなあ。


 しかももも太郎氏によれば、ここで提示されている数字が最低価格というわけではないらしく。



[もも太郎]

一応交渉次第でもっと安くすることも可能です

例えばビビアさんからの素材や生産品の持ち込み、他当クランへの様々な協力如何により、当方はより自由な売買契約を受け入れる体勢が整ってます


[もも太郎]

もっともその場合はより綿密な話し合いが必要になります

ビビアさんにつきましては忙しくしておられると思いますから、そういった時間が取れないことを考慮して、先の取引案をまず提示してます



 正直に言おう。ここまでのやり取りで、この人に対する私の好感度、かーなーり、高い。

 理由は主に三つある。


 一つ目は、やり取りの速度がいいかんじに緩いこと。

 まず昨日した連絡が今日返ってきてるでしょ。でもって今日ぽちぽち送り合ってるメッセージも、基本即レスじゃなくのんびり返信なのよね。

 実は私そこに、結構親近感湧いてる。


 ぶっちゃけめめこさんみたいな返答早いコミュ充タイプって、凄いな偉いなとは思うんだけど、ちょっとやり取りが億劫になるときがあるのよね。


 自分自身がマイペースで一つのことやりだしたらそこに集中したいタイプだから、メッセージアプリの使い方も大分のろまなところがありまして。

 すぐに反応返ってくると、「ひい、私も早く返信しなきゃ」って気持ちになって、若干プレッシャーを感じたりもするのだ。


 対してもも氏は早いときもあれば忘れた頃に返事が来ることもあって、本当にまちまち。

 なんかそこで「あ、この人も気ままでマイペースタイプなんだ」って分かるから、ちょっと安心するのだ。なら、私も同じようにマイペースでも大丈夫だよね、って。


 二つ目の理由は、私が知りたいと思う情報を率直に開示してくれること。

 ということはこの人私の知りたがりそうなことをちゃんと予測できているということで、多分かなり頭がいいんじゃないかな。コミュニケーションがスムーズで、やり取りに全然もどかしさを感じないんだよね。

 特に『一応交渉次第でもっと安くすることも可能です』からの流れ。これって、本人が意識して言ってるかどうかは別として、私の精神衛生上とても重要な情報だったり。


 まず『ソーダ(1ダース単位で販売):127,800キマ』で激安っ、ってなってる時点で、私の中で一抹の不安が生まれてるのね。

 昔から「うまい話には裏がある」って言われてるわけで、こんなびっくりするほどのハッピー価格ならどこかに落とし穴があるんじゃないか? 『商取引の対価以外でブティックさんに要求する事項は何もありません』なんて言ってたけど、後から法外な請求がされるんじゃないか? って疑いが生じるの。


 慣れてる人は何とも思わないんだろうけど、私なんかはこういうやり取り初心者だからさ。


 けど彼は「あなたがこの対価にもっと何か上乗せしてくれるなら、こちらももっと値段を下げても構いませんよ」って情報をすぐに添えることにより、その心配を打ち消しているのだ。

 さらにめんどくさいことをするならさらに報酬を弾む――――そう言ってるってことは、逆説的に考えると、この取引においてはそういっためんどくさいことを要求しませんって事実を強調していることにもなるからね。

 自然この取引に対する信頼度は増す。


 実際のところ彼も予想している通り私は追加交渉ありきの売買に関心はないわけだけれど、この情報開示は私にとって大きな意味がある。なんかそこら辺スマートで、やり取りしてて楽だなって思った。


 三つ目、私の好感度が高い理由。これは先の二つの理由を包含するものでもあるのだが、ずばり、ドライなところ。

 私個人に対する興味だとか、この取引に対するガツガツした姿勢だとかをまるで感じないのだ。


 物腰は丁寧なんだけど、挨拶もそこそこで本題に光の速さで移るし、取引以外の話題をまるで出さない。すっごくビジネスライク。

 私は数ある取引先候補の一人であって、ここで私が断ろうが何しようが、この人別にノーダメージなんだろうなって雰囲気がひしひしと伝わってくる。


 受け取り方によっては冷たいとか慇懃無礼みたいにも感じるのかもしれないが、私にとってはこの距離感は丁度よさげだった。

 この人なら、私がやりたいように営んでいるきまくら。ライフを邪魔したりはしないだろうなって、そう思えたのだ。


 定期取引は隔週に一度か毎週に一度と頻度を選べて、都合があえば他のときにも売買可能。

 形態は担当のクランメンバーがホームを訪れ、そこでトレードを行う方式。

 条件は、半月につき最低10万キマ以上の取引を行うこと。


 ……うん、問題はなさそう。誰がうちを担当するのかは気になるところだけど、「担当者に不満があれば他のメンバーに交代することも可能」とのことだし……。

 よし、定期取引契約、結んじゃおう!




******




【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(非公式)(鍵付・招待制20:00-00:00)・[もも太郎]の部屋】



[もも太郎]

釣れたわ


[名無しさん]

何が?


[もも太郎]

ブティックさん


[名無しさん]

ほっほーう?


[鶯*]

マ?


[くまたん]

社長やるーう


[ee]

えっ、ブティックさんもも金に加入ですか?


[もも太郎]

メンバーになるわけじゃないよ

定期取引を承諾してくれたってだけ


[鶯*]

それだけでも凄い

あの人特定のクランと関わり持つの嫌がりそうなのに


[名無しさん]

ブティックは結社だろ


[ee]

それデマですよw

デマのソースは主に俺w


[鶯*]

eeは一回くたばればいいと思うの


[くまたん]

ふーん、随分思いきった決定に踏み切ったなあ

これまでどこのクランにも属さずどっかと提携するでもなく独りでやってきたんだから、そのスタンスに結構なプライド持ってそうなもんだけどね

ここにきてそれ崩すか


[もも太郎]

タイミングは見極めたからね

どれだけ話題に上ろうと影響力を持とうと、どことも繋がりがないんじゃあいい加減どん詰まりに気付く時期だ


[もも太郎]

それに彼女としてはマイペースを崩したつもりはないんじゃないかな

っていうか僕の持ちかけた取引自体、なるべく彼女のプレイングに差し支えないないように極極ごくごく配慮を重ねたものだったしね

見てよこの一切の下心を感じさせない秀逸な文面↓


[もも太郎]

①ソーダの安価提供

②レシピ、素材等の安価提供

③経営コンサルティング(価格・商品に関するアドバイス)

以上一つでも関心ある項目がありましたら当方まで連絡ください

なおこの取引においてクランへの加入、当方への生産品優遇等、商取引の対価以外でブティックさんに要求する事項は何もありません

ご検討お願いします


[名無しさん]

わっる


[鶯*]

もも様のこと知ってる身としては下心しか感じない


[くまたん]

>商取引の対価以外でブティックさんに要求する事項は何もありません

この一文に魔物が潜んでそう


[ee]

そんなこと言ってどうせずるずるとこっちサイドに引き込むつもりなんでしょ?w


[もも太郎]

いっぱい褒めてくれてどうもありがとう^^

でも残念ながら僕はブティックさんに対してはこれ以上もこれ以下も求めるつもりはないよ

期待に沿えなくてごめんね


[くまたん]

胡散臭いなーw


[鶯*]

…まあ、もも様の考えてることは分からないでもない

ブティックさんは現状起爆装置であり台風の目であり

存在自体に価値がある


[もも太郎]

そういうこと

彼女には力を失ってほしくない

あわよくばその力をさらに強化したい


[名無しさん]

「この国に天下泰平は無用」ってか


[ee]

波があってこそ、偏りが生まれる

その偏りにあやかってキマを回収するのがもも君の趣味ですもんねw


[もも太郎]

これはゲーム

ブティックさんは僕にとってのアプデ、新フィールド


[もも太郎]

存分に暴れてもらわなきゃ

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