29日目 デート(1)

ログイン29日目


 いよいよ今日がシエルちゃんとのデート本番だ。

 普段事前に攻略情報見たりすることのない私だけれど、さすがにこの件は予習しちゃったね。だってチャンスは今日っきりで、次いつやってくるかも分からない一大イベントだもの。


 デートイベントでできることは、大きく分けて二つ。

 相手キャラクターと行動を共にできるということと、スタジオ機能を使って相手キャラクターに好きなポーズや動きをさせられるということ。つまり、他プレイヤーに対するお披露目と、特別な写真や動画を撮って思い出作りができるってところかな。


 一緒に外を出歩けるという点に関しては、勿論行く先々でその場所に合った台詞や反応があるようだけれど、デート特有のストーリーのようなものはないらしい。

 となると、私が重視するのは思い出作りのほうになってくる。

 今日の目標は映えスポットでシエルちゃんの可愛い写真や動画を沢山撮ること! で、後でそれを眺めてにやにやするんだ~。


 さて、只今の現実時間は午前6:30。

 休みの日は少なくとも7:30頃までは寝てるから、私としてはかなり頑張って早起きしたほう。ご飯身支度もろもろ、きちんと済ませてるし。

 土曜といえどこの時間帯なら、あんまり人もいないと思うんだ。


 ログインするとすぐに、こんこんっ、とノッカーが叩かれる音が響いた。お店のほうではなく、裏口、つまり住居のほうの玄関からだ。

 そう、今回彼女はお客としてではなく、友達として私の家を訪れるわけだ。

 既に衣装はデート用のものに着替えてある。準備万端の私は、いそいそと扉を開けた。


「おはよ、ビビア。見て見て、あなたの選んでくれた洋服、ちゃんと着てきたわよ。どう? 似合ってる?」


 はい神々しい~。


 ポーズをとったり、くるっと回って背中を見せたりする女王シエル様に、私は目を細めた。もうね、後光が差してますよ。

 可憐、且つ、威風堂々。


 装飾過多で煌びやかなこのコスチュームを、着られるんではなく見事に着こなしていらっしゃる――――――これはもうシエルちゃんのキャラクターならではの力だね。同じコーディネートでも、私のキャラが着るんじゃあこうはいかなかったと思う。

 動きに合わせて細やかに揺れるドレス、翻るマント、輝く宝飾品や刺繍の光沢。カンのペキ。


「どこに行く? お茶してもいいし、お買い物も悪くないわね。今日は私、ビビアに任せるつもりで来たから。それじゃ、準備はいい?」



→勿論!

 ちょっと待って



 ここで『勿論!』を選べば、デートイベント開始である。私はシエルちゃんを連れて、どこでも好きな場所に行ける――――野外フィールドには制限があったはずだけど――――。

 タイムリミットは3時間だって。


 早速、スクショ一枚撮っちゃおっかな。

 レスティーナは街全体がお洒落だから、普通にこの辺で撮影しても全然映えると思うんだよね。この辺ひと気がないし、丁度いいでしょ。

 ――――――と、視線を彷徨わせたところで、目が合った。山羊の角を持つ青年――――最近時々見かけるようになっていた、ご近所さんプレイヤーだ。


 いきなり見つかってしまったのでちょっと慌てかける。でもこの人、他プレイヤーに関心あるかんじじゃないし、騒ぐようなタイプではないはず。

 私は平静を装って会釈。そして立ち去ろうとしたのだが――――――え、なになに、なんかずんずん近付いてくるんですけど。

 てか目が据わってるのは気のせい?


 どことなく危険を感じたもので反射的に距離を取ると、その人は立ち止まった。

 口が動いてる。私に何か語りかけてるみたい。けど、こちらはセミアクティブモードなので彼の声は一切届かない。

 ど、どうしよう。セミアクティブ解除したほうがいいかな。でもこの人ちょっと、穏やかならぬ気配があって怖い。


 迷っている間に、彼の感情は益々昂ぶってしまったようだ。顔は険しさを増し、激しい手ぶり身振りで必死に何かを訴えかけている。

 私の恐怖心も高まる一方だ。

 うん、これ、多分やばい人。セミアクティブ解除しちゃダメなやつ。なんせこういう人を回避するためにこのモードにしてるわけだし。


 私は無視を決め込むことにした。ぺこりとお辞儀をして歩きだす。

 するとなんとその人はこちらに向かって襲い掛かってきた。まるで徘徊するゾンビのごとく、手を前に突き出して猛進してきたのである。

 もっともフレでもない他プレイヤーが私のアバターに触れることはできないわけで、彼の手はすかっと空ぶっただけだった。


 私が咄嗟のことに対応できないでいる間にも、彼は何かを訴えながら何度も何度もエア襲撃を繰り返す。だけどついには私の斜め後ろに控えるシエル様にまで襲いかかろうとしたもので、これには私も我に返った。

 彼女の手を取り、慌てて飛びのく。


 我が女王様を守るべく山羊男の前に立ちはだかると、彼はどこか虚を突かれたような顔をした。そして、がばっと地面に膝を付けた。

 ……し、小学生以来、人生で、初めてされたかもしれない。ザ・土下座である。

 けどだからといって憐れみの気持ちなんかは全然湧かなくて、寧ろ危険警報は大きくなるばかり。


 とんだやばい人間がご近所にのさばっていたものである。すぐにでも引っ越したい。

 でも今はとにかく、目先のピンチを乗り越えることに集中せねば。私とシエルちゃんの貴重な3時間を邪魔されるわけには、絶対にいかないのだ。


 こういう人はとにかく一回でも絡んだらなし崩し的に面倒臭いことになるから、無視。とにかく無視。

 私はもう彼のことは一切視界に入れないことにして、歩く速度をはやめた。すると、後ろからは当然のごとく足音が。はい、追いかけてきてる~。

 ああもう、これ、目立たないように行動したいとか言ってる場合じゃないかも! 寧ろひと気の多いほうへ逃げたほうが、あの人も迂闊に絡んでこれないんじゃない?


 うわあん、折角のデートが台無しだよ~~!


 私は仕方なしに、中心街のほうへ向かって駆けだした。




******




【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(非公式)(鍵付)・クラン[秘密結社1989]の部屋】



[KUDOUS-1]

お、ゾエさん来たなウェーイ


[ヨシヲwww]

ウェーイ


[リンリン]

おつかれウェーイ


[ゾエベル]

そのテンションさてはオール明けですねwww


[リンリン]

明けってなんぞって思ったらもう6:00過ぎてたか


[KUDOUS-1]

今パン祭り達が虚無の洞穴で実況やってるからぼこぼこにしに行こうぜwww


[ゾエベル]

いっすよw

そっち向かうんでちょっと待ってください


[リンリン]

因みについさっきまでバレッタんとことぶっ続け3時間くらい抗争してたw


[ゾエベル]

血の気多いなw


[ヨシヲwww]

ゾエがいなかったから俺ら3回敗けちまったじゃねーか


[ゾエベル]

フィールドどこですか


[KUDOUS-1]

銀河坑道


[ゾエベル]

縄張り争いか

バレさんチームあれ地味にレベル上げてますよね


[リンリン]

なかなか諦めてくれないから困ったわ

お陰でこんな時間になっちゃってやっと解散できるかーって思ったらヨシヲがパンの生放送見つけてきやがった


[ヨシヲwww]

俺は見つけてきただけであって殴り込みに行こうぜって言いだしたのはクドさんなんだぜwww


[リンリン]

工藤は草食動物の皮被った大猛獣

今思ったけど実況放送中に邪魔しに行くとなるとさすがに相手にしてもらえないんじゃ


[KUDOUS-1]

だいじょぶだいじょぶ

寧ろ俺等いたほうが視聴者数増えるから


[ヨシヲwww]

撮れ高作りに行ってやろーぜっていう親切心よw


[リンリン]

パンも悲しい生き物よな


[リンリン]

てかゾエ遅くない?

今どこ?


[KUDOUS-1]

ゾエさーん?


[ヨシヲwww]

落ちた?

…いやいるな


[リンリン]

あ、待ってなんか電話来た

一旦抜けるから先やってて


[ヨシヲwww]

はーあ?

さすがに二人じゃパン相手でも怪しいぞ

返り討ちにされたら笑えねー


[KUDOUS-1]

ゾエさーん


[KUDOUS-1]

駄目だな

トラブルかな


[ヨシヲwww]

wwwwwwwwww


[ヨシヲwww]

えwやばwww

なんかSNSで回ってきたんすけど見てこれwww

(動画)


[KUDOUS-1]

ゾエとブティック…?

と、シエルシャンタ…!?

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