第8話:蕪木さん家の事情02
それはコンコンと鳴るノックから始まった。
「無害様、藤見様、ご朝食の時間にございます」
そんなカオス姉妹の姉……有田混乱さんの声が聞こえてきて俺は覚醒した。
「ん……むに……」
そう呟いてパチパチと瞬きをする俺。白い天井が見えた。
「ん……?」
またコンコンとノックの音がする。
「無害様、藤見様、ご朝食の時間にございます」
「はいなはいな」
「藤見様……起きられましたか」
「あい。着替えたらダイニングに行くので心配無用です。どうぞ仕事に戻ってください」
「それは……ありがとうございます。では……無害様共々ダイニングにいらしてくれるのを待っております」
そう混乱さんが言った後、扉越しに混乱さんの気配が消えた。
「ん……さて……」
そう呟いて俺はベッドから起き上がる。それから旅荷の鞄から私服を取り出して身に纏う。脱いだパジャマはベッドに投げ捨てる。それから部屋に備えつけられている姿見で自分の外見を確認する。燃え盛る炎のような紅蓮の髪に血の色の双眸。絶賛今日も化け物と言われても仕方ない顔立ちだ。簡素な私服にジャケットを羽織ると、俺は俺のベッドに寝ている無害を見た。
「ふえ……」
と間抜けな寝言を呟きながら安眠する眠り姫がそこにはいた。俺は無害に歩み寄るとその肩をゆすった。
「おい、無害……朝だぞ」
「ふえ……藤見……そこは……駄目……」
「何の夢を見てんだよっ」
そう突っ込んで俺は無害の額にチョップした。
「ぴぎゅっ!」
と奇声をあげて無害は覚醒した。
「ここは……?」
キョロキョロと辺りを見渡してそう問う無害。
「…………」
俺は何も答えなかった。
「あれ……? 無害……パジャマ着てる……」
「そりゃ着てるだろ」
「でも……無害は……藤見に……服を……」
そこまで言った後、
「ふえ……ふわ……!」
と狼狽えて、無害は俺に向かって両腕を突きだすとあたふたと両腕を振った。
「いや……まぁ……何の夢を見てたのかはあえて聞かないが……」
「ふえ……」
しょんぼりする無害。……可愛いな、こいつ。
「とりあえず朝食らしいぞ。早く着替えろ。ダイニングに行くぞ」
「あ……うん……。藤見……起こしてくれたんだね……ありがと……」
「起こされたくらいで礼を言われてもな。まぁいいやな。とりあえず自分の部屋に戻って着替えろ」
「うん……わかった……」
無害は俺の部屋から出ていった。俺が八つ墓村を読んで時間を潰していると、
「あの……藤見……準備終ったよ……?」
そんなか細い声が扉越しに聞こえてきた。俺は、
「今行く」
と、答えて、本にしおりを挟むと部屋の外へと出た。
「……っ!」
そして無害の姿に絶句した。カジュアルな春らしい桜色のワンピースにジャケットを重ねた無害は、はっきり言ってとてつもなく可愛かった。
「どう……かな……?」
「可愛いぞ」
俺は無害の頭を撫でてやる。
「えへへぇ……」
くすぐったそうに笑う無害。それから俺と無害は手を繋いで……それも恋人つなぎと呼ばれるアレだ……ダイニングへと赴いた。ダイニングには既に蕪木制圧と蕪木殲滅がいて朝食をとっていた。蕪木本丸の長男……蕪木制圧は昨日と同じく黒髪のオールバックにクラシックスーツ。こっちを見て、
「ちっ……!」
とあからさまに舌打ちをする蕪木制圧。なにコレ? ケンカ売られてんの?
「あう……」
無害はそんな蕪木制圧の態度に引け腰になる。俺はそんな無害を勇気づけるように、
「まぁ気にするこっちゃないぞ」
無害の頭を撫でてやる。
「ふえ……ありがとう……藤見……」
「別に気にするこっちゃないぞ」
なるたけ気遣わせないようにあっさりと言う俺。それから蕪木殲滅を見る。蕪木殲滅はというと茶髪に御髭にモード服といった有様だ。ライ麦パンをコーンスープに浸して食べながら、こっちに気付くとヘラヘラ笑って手を振ってきた。
「やあ無害ちゃんに……それからボーイフレンドの藤見君。無害ちゃんは今日も可愛いねえ……」
こっちもケンカ売ってんのか? そう訝しがる俺の隣で無害はペコリと蕪木殲滅に向かって一礼した。挨拶のつもりだろう。そして、
「おはようございます。無害様……藤見様……」
厨房からダイニングに混乱さんが現れる。手にはライ麦パンの入ったバスケット。俺と無害は下手な衝突はしないように長いダイニングテーブルの下座に座って混乱さんに一礼する。
「おはようございます」
「おはようございます……」
そう朝の挨拶をする俺と無害に、混乱さんは、
「はいな。ではこれが混沌ちゃん自慢の焼きたてのライ麦パンです。味わって食べてくださいね?」
ライ麦パンの入ったバスケット俺と無害の前に置く。そして、
「今日の朝食はパンとスープとサラダになりますが他に何か入用があれば言ってください。混沌ちゃんが腕によりをかけて作ってくれるので」
「俺は別に……」
「無害も……大丈夫です……」
「そうですか……。では今スープとサラダを持ってきますね」
混乱さんは厨房へ消えていった。
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