第36話 浅野昴は浮かれる
「別れたい訳ではないので」
このフレーズが何回も頭の中でリピートされる。
沙綾は俺と別れたくない!!!
「逆玉はどうでもいい! というか過去の自分を半殺しにしたいくらいだよ。いや、その勘違いがあったから沙綾との今があると思えば、あれは必要だったのか? 良くやった自分って褒めるべき? うん、俺の過去全てが今に繋がってるんだから、最低な過去もなきゃいけないことだったんだな。沙綾と出会う為に」
「……ちょっとクサイです」
体臭の話じゃないよな? キザなことを言ったつもりはないのだけど。
「俺と沙綾は別れない! お付き合いは続行。ってか、もう結婚しかなくないか?! 」
「それはまだ早いです」
「まだ早いかぁ。そうだよな。沙綾はまだ23だもんな」
まだというところを強調して言う。二十代前半じゃ、まだ結婚は考えられないだろう。せめて24……25歳になったらすぐ籍を入れて……などと考えていたら、沙綾がサラッと爆弾発言をした。
「あ……24歳になりましたよ」
「いつ?! 」
「3日前……です」
今日は12月15日。ということは、12月12日が沙綾の誕生日? そういえば、3日前(平日)は梨花の家でお夕飯を食べてくるとは言っていたが……。
「お祝いしてない……」
誕生日のお祝いなど、したこともされたこともないが、沙綾の誕生日は祝いたかった。
「いや、だって、あの日は浅野さん残業で遅かったですしね」
「言ってくれたら早く帰ってきた!あ……、ケーキ、ケーキ買ってくる!」
慌てて立ち上がった昴の手を、沙綾がグイと引き止めた。
「浅野さん、今はもうケーキ屋さんは閉まってます」
「コンビニにはホールケーキはないかな? 」
「クリスマスじゃないからないですよ」
ケーキもない。プレゼントもない。しかも誕生日は3日前。
昴がショボンとしてソファーに腰を下ろすと、沙綾がクスクスと笑った。
「お祝いしてくれようとしたのが嬉しかったです。ありがとうございます。それと、教えるのが遅くなってすみませんでした。ちなみに、浅野さんの誕生日はいつですか? 」
「1月1日」
「おめでたいですね」
今まで自分の誕生日をめでたいと思ったことは微塵もないが、もしかして今年は……。期待のこもった視線を沙綾に向ける。
「お昼間は親戚の集まりに行かないといけませんが……」
ああ、まぁ、そうだよな。正月だし、家族や親戚で集まる日だ。あんな集合写真をとるくらいだから、沙綾の親戚はみな仲が良いのだろうし、昴の誕生日よりは親戚との集まりをとるだろう。そう思ってはみたものの、やはり残念だと思うのはどうにもならない。
そんな感情が表情に出てしまったのか、沙綾が昴の頭に手を伸ばした。
「おせち料理以外にも誕生日の料理を作らないといけませんね。多少おせちが手抜きになっても文句は受け付けません。あと、ケーキを作るスキルは私にはないので、そこは期待しないでください」
頭をユルユルと撫でられ、もっと撫でてと思わず頭を差し出してしまいそうになる。
「……帰らないのか? 」
「昼間に2時間くらい抜けますけどね。あ、浅野さんも来ます? うちの新年会。狭い家なんで入れ替え制なんです」
「入れ替え制? 」
「母方の親戚と父方の親戚です。まったく、わざわざ一番狭い家に集まる必要はないと思うんですけどね」
「婚約者として紹介してくれる? 」
「そこはまだ恋人でお願いします」
またもやまだという言葉に頬が緩む。
「結婚前提でお付き合いしてますって挨拶するね」
「まぁ……」
自分の過去をさらけ出し、さらに最低な理由で近付いたことまで暴露したのに、沙綾は全部を受け止めてくれた。なんだろう? 今までも沙綾を好きだって気持ちは自覚していたのに、気持ちが爆上がりして天井知らずなんだけど。好き過ぎて心臓が痛い。
ついでに俺の身体も全部受け止めてくれないかな。もう友達兼恋人の友達は取れたよな? 心も身体も全部で繋がりたい!!!
「……沙綾」
頭を撫でる沙綾の手をそっと取り、その指に唇を押し当てた。緊張からか、沙綾を呼ぶ声が掠れてしまい、思わず咳払いする。
「ウウンッ!……いいかな? 」
「あ、そうですよね。お茶いれます。喉渇いてますよね」
「は? 」
「浅野さんけっこう泣いたし、喉渇いたんですよね。声カッスカスですもの。緑茶でいいですか? コーヒーとかのがいいですか? 」
「……緑茶で」
けっこう泣いたとか、確かにそうだけど、それを言われた後ではどうにもかっこつかないじゃないか! どの面下げて「抱きたい」とか言えるんだよ。また泣いてお願いすればいいのか?
キッチンに立ってお湯を沸かす沙綾を見て、昴は心の底から湧き上がるため息を封印した。
順番を追って、とりあえずはキスから頑張ろう!!
セフレとは会って数分でラブホに直行していた昴が、本気の恋愛ではキスすることすら覚悟が必要だった。
とりあえず落ち着いてからと、沙綾がいれてくれたお茶を飲む。熱すぎず、胃の中からジンワリと温まる。
横を見ると、沙綾もホッと表情を弛めてお茶を飲んでいた。その表情に癒やされる。なんだ、コレ?! 無茶苦茶可愛いんだけど。ちょっと細めの目も、低めの鼻も、薄い唇も、全てが昴のツボに嵌まる。お洒落感0の黒縁眼鏡さえ、沙綾がかけていると可愛さ倍増アイテムに見えてくるほどだ。
「そういえば一番最初に会った時、眼鏡してなかったよね。あれってコンタクト? 」
昴にしたら眼鏡は可愛さ倍増アイテムだが、一般的には沙綾を野暮ったく見せている一因でもあった。もし眼鏡をコンタクトにし、もっときっちり化粧なんかしたら、ごくごく普通に可愛い女の子になってしまう。可愛い沙綾は自分だけが知っていればいいし、誰にも見せたくない。
「いえ。あれはたまたま直前に眼鏡が壊れたから。全く見えなくて、それであんな失態を……」
「じゃあ、その眼鏡は新しく作ったんだ」
「いえ」
「いえ? 」
「同じ眼鏡を5つ持ってますから。あ、今は4つになってしまったけど」
「沙綾に似合ってるとは思うけど……眼鏡ってそんなに必要? 」
「予備とその予備。災害時用、災害時の予備です。今は予備が一つになってしまったので不安です。あの時は小さな鞄を持たされていたので、予備の眼鏡が入らなかったんです」
予備に予備が必要かは定かじゃないが、沙綾には眼鏡が必需品なんだということはわかった。
「じゃあ、誕プレで眼鏡一つプレゼントさせて。僕が選びたい。ちなみに予備じゃなくて普段付け用にして欲しいんだけど」
もちろんプレゼントはそれだけにはしないが、肌見離さない物をプレゼントしたかったのだ。
「ありがとうございます。……でも、眼鏡って高いですよ。私のはそうでもないですが、いいんですか? 」
「大丈夫。君の叔父さん、営業手当かなりつけてくれてるんだよ。契約がとれる度に倍々に上がって、一般的なサラリーマンよりはかなり高給取りだから。それに資産運用もしてて、そっちの収入はサラリーの数倍あるし。今度通帳見せるね」
「いや、けっこうです。それこそ逆玉の必要なくないですか? 」
毎月の給料だけで1本、さらに投資や株、不動産収入などもあった。みな、パトロンに貢いで貰ったものを増やしたり注ぎ込んだりしたもので、あまり綺麗な金ではないが、金は金だ。
「だから、何かあった時の保証だったんだ。もう逆玉はいいよ。もし何かあっても、沙綾と二人なら俺踏ん張るから。絶対に沙綾にヒモジイ思いはさせないように、最終手段は臓器でもなんでも売れる物は売るし」
「いえ、その場合は縁故採用で頑張りましょう」
かなり真面目に言ったのだが、まぁジジ専もいるから、ある程度の年齢まではこの身一つでも沙綾を養えるだろう。いざという時の為に健康にも気をつけておかないとだな。
「そうだ! あと、美味しい夕飯も食べに行こう。沙綾の作る夕飯が一番美味しいけど、沙綾の誕生日のお祝いだからね。土曜日、眼鏡作りに行って、その後ホテルでディナーね。予約しておく。いい? 」
「ホテルでディナー……はやり過ぎですよ。私の誕生日ですよね? 居酒屋とかそんな感じが妥当じゃないですかね。今の時期クリスマス間近ですし、予約も取れないんじゃないですかね」
居酒屋で彼女のバースデー?
ホテルでフルコース食べて、バーで一杯、ほろ酔いでホテルの一室になだれ込む……って流れはベタ過ぎなのか?!
「居酒屋でいいの? 」
「居酒屋がいいです。実は、居酒屋に行ったことないんです」
「は? 会社の飲みとかは? 」
「参加したことありません」
「大学の飲み会とか? 」
「短大ですが、サークルも入ってませんでしたし、友達もいなかったので。ハイ喜んで! とか言うんですよね? 私に言えるでしょうか? 」
「それを言うのは店員だから」
「そう……なんですね」
何故少し残念そうなんだろう。
「今回は居酒屋に行ってみる? 」
「ハイ喜んで! 」
「フフッ、俺もデートで居酒屋とか初めて」
実は、デート自体沙綾としかしたことないのだが。パトロンとしたのはデートではなく、仕事としてのエスコートだし、セフレとはデートした認識はない。せいぜいがバーで数杯飲むくらいだった。
「楽しみです」
居酒屋飲みで喜ぶなんて、
ああ、もう!
俺の彼女は可愛過ぎる!!
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