第28話 浅野昴、出張に行く
「浅野さん、今日はお疲れ様でした。浅野さんのおかげでサンヨウさんとの契約が取れそうですよ」
「いえいえ、僕は本社のプランニングのご提案をさせていただいただけですから」
週末を跨いでの出張は、名古屋支店で難航していた名古屋最大手文具メーカーとのコラボ商品の開発並びに東京での独占販売権獲得の為だった。
木曜日、金曜日でサンヨウと会議を重ね、なんとかゴーサインが出そうなところまで漕ぎ付けた。後は月曜日に何事もなければ本契約まで持っていけるだろう。
土曜日にあるというサンヨウ会長の喜寿祝賀パーティーにも招待されており、ここでサンヨウ社長とも顔合わせがある筈だった。
「どうですか? これから前祝いに一杯」
「いや、明日のパーティー前に企画書をもう一度見直したいので」
昴が飲みの誘いを断ると、名古屋支店の
「浅野さんとの飲食は経費で落ちますよ。お姉ちゃんのいる店もOKです。名古屋のお姉ちゃん達もなかなかですから。浅野さんならアフターもありじゃないですか? お持ち帰りもアリアリかと」
「そういう店はちょっと……」
欲求不満が溜まってないと言えば嘘になるが、沙綾以外はどうでも良いと思うようになってきた昴は、お姉ちゃんのいる店も、お持ち帰りも正直興味がなかった。
「あー、彼女さんに悪いとか? 大丈夫ですよ。バレませんって」
「いや、彼女同じ会社ですから、どこから話がいくかわかりませんから。じゃ、僕はこれで」
全く冗談じゃない。それでなくても恋愛のベクトルに差異があるのに、誤解されそうな事柄は少しでも少ない方がいいに決まっている。それにセフレとラブホ事件もある。付き合う前とはいえ、不誠実な姿を知られてしまったんだから、バレないならOKという安易な考えは危険このうえない。
残念がる多田中を放置し、ビジネスホテルに戻った。シャワーを浴び、買ってきたコンビニ弁当を食べながらスマホをいじる。
【昴】ホテルに帰ってきたよ。沙綾ちゃんはおうちに帰ってきたかな?
弁当を食べ終わった頃に沙綾から返信があった。
【沙綾】はい、家です。明日は昼頃にマンションに伺って掃除等をする予定なんですが、浅野さんがいらっしゃらないのにお邪魔して大丈夫ですか?
【昴】全然OKだよ。変なものは出しっぱなしにしてない筈だけど、あ、浴室乾燥に洗濯物干しっぱなしだ
【沙綾】畳んでしまっておきます
【昴】パンツもあるんだけど……
既読はつくが返信がない。
【昴】下着はそのままでいいからね
見られて恥ずかしいようなパンツではない(黒やグレーのボクサーパンツ)し、着古したヨレヨレのやつでもない。昴的には見られても触られても全然問題ないのだが、沙綾のように初心な娘には抵抗があるかもしれないと思ったのだが、少しタイムラグがあって返ってきた返事は……。
【沙綾】問題ありません
昴は、男物のパンツを前に固まる沙綾を想像して、無性に笑いがこみ上げてきた。今度、ブーメランパンツでも買って置いておいてみようか。履かないけど。
【昴】明日は取引先のパーティーに出るから、もしかしたら帰りが遅くなるかもしれない。メールが遅くなっても心配しないでね
【沙綾】心配はしませんが、わかりました。もう寝ます、おやすみなさい
【昴】もう寝ちゃうの?
【昴】おーい
【昴】まだ9時前だよー
それからの返信はなく、既読すらつかなかった。
素っ気なさ過ぎて、逆に感心してしまう。沙綾がデレる時がくるのか、もしデレたとしたらどんな沙綾なのか? 押されれば引きたくなるが、引かれると逆に追いたくなる。万が一沙綾が押してきたら引くのか?と言われれば、さらに引っ張り込んで押し倒す気満々なんだが。
「ヤバイなぁ、押し倒す想像するだけで勃つとか、中学生レベルなんだけど……」
昴はため息を一つ吐いて、今では少し慣れてきた行為に没頭することにした。
★★★
「社長、こちら株式会社KANZAKIの浅野さんです」
喜寿祝賀パーティー会場につくと、受付で待機していた多田中に連れられて、サンヨウの社長の元に挨拶に来た。サンヨウの社長は、小太りで小柄な人の良さそうなオジサンといった見た目で、とても大手文具メーカーの社長には見えなかった。確かサンヨウ創立者にして現会長(
「君が浅野君か! サンヨウ社長の
は?
ちょっと理解不能なんだが、今のは日本語だろうか?
昴は一瞬キョトンとしたが、すぐに笑顔を取り繕った。
「KANZAKIの浅野昴です。初めてお目にかかります」
名刺の交換をし、お祝いの言葉を告げると、孝夫社長(親族経営の為、役職はほぼ山田一色になる。)は本人に伝えてあげてよと、昴を会長の元へ連れて行った。確かに、社長のみならず会長にも顔を売っておくのは仕事をする上で有利に働くだろう。
「お義父さん、ちょっとよろしいでしょうか? 」
「あぁ、孝夫か」
洋会長は鷲鼻で厳しい顔つきの老人だった。孝夫社長よりは会社のトップにふさわしく威厳ある風貌をしていたが、昴の視線は洋会長でも孝夫社長でもなく、その横に立つ人物に注がれていた。そしてその人物も昴をジッと見ていた。
孝夫社長が昴の紹介をしてくれ、昴は貼り付けた笑顔で祝辞を述べたが、ほとんど何を言ってどんな会話をしたか記憶になかった。
「パパ、私のことも紹介してよ」
パパ? どんなパパだ?
「そうだな。浅野君、この子は僕の娘の
社長と会長の間に立っていた女性が、一歩前に出て昴に手を差し出した。どこに孝夫社長の遺伝子が入っているんだというくらい似ていない、彫りの深い日本人離れした顔立ちに、グラマラスな体型。栗色の髪の毛は緩く巻かれてハーフアップにされていた。
「山田美和です」
「浅野昴……です」
「私には名刺くださらないのかしら?」
「あぁ……失礼しました」
昴はノロノロと名刺を美和に渡す。美和は昴の名刺を受け取ると、唇の端をニンマリ上げて微笑んだ。
「美和は東京の大学にいるんだよ」
「大学生……でしたか」
「大人っぽいから見えないだろ。これでも先月二十一歳になったばかりなんだよ。美和、浅野さんとあっちで食事でもしてきたらどうだ? 浅野さん、このホテルのローストビーフは絶品ですよ」
「……はぁ」
「浅野さん、まいりましょう」
美和はスルリと昴の腕をとって歩き出した。フローラルのかなり甘めの香りが鼻につく。
「昴、まさかこんなところで会えるなんて思わなかったわ」
「……僕もだよ」
「ウフフ、運命なのかしら」
美和は胸元の大きく開いたドレスを着ており、その大胆に見えている胸の谷間に昴の腕を押し付けた。山田義親子が後ろにいるから腕も振り解けず、美和に促されるままに会場を歩く。
まさか、こんなところでセフレに会うとは思わなかった。しかも、美和は先日ラブホテルに放置したあのセフレだ。
「偶然じゃないかな」
「酷いわ。」
「OLって話じゃなかった? 」
「あら、少し年を盛っただけだわ。私からはどこで働いてるなんて話はしてないわよ。大学生なんて言ったら、昴は私の相手してくれなかったでしょ」
「当たり前だろ。しかも十代だったんならなおさら」
「知り合った時はね。でもすぐ二十歳にはなったし、ギリギリセーフじゃない? ね、私達相性は凄く良かったじゃない。この間私を放ったらかして帰っちゃったことは許してあげる。ね、パーティー抜け出して、上の私の部屋に行きましょ」
ビュッフェを素通りし、パーティー会場を出そうになり、昴はこれはヤバイと辺りを見回した。
「あ、多田中さん」
うまいこと多田中と目が合い、昴はニコヤカに多田中に手を振った。
「浅野さんと……美和さん? 」
多田中は美和のことを知っているようで、昴の腕をとる美和と昴を驚いた顔で交互に見た。
「ちょうど良かった。ご挨拶も終わったんで帰ろうと思ってたんですよ。お嬢さんがおなかが減っているようなので、多田中さんが彼女をビュッフェまで案内してもらえますか」
美和の手をつかんで外し、多田中の腕を取ってその上に置いた。そのまま足早に会場を後にする。
「ちょっと、す……」
「喜んでお供しますよ。ローストビーフですか? 行きましょう! 」
美和が多田中から手を離して昴を追おうとしたが、多田中に手をつかまれ、背中をグイグイ押されてビュッフェ方向に拉致られていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます