15.旅人は探さない

 シーラの皿から、物凄い勢いで中身のリゾットが消えていく様を、リタは慈愛の微笑みで見守っていた。

 そこに厨房へと戻っていた店主のリリーが現れる。


「いい食べっぷりだね、お嬢さん。まだお腹に空きは残っているかな?」


 リリーの手元に、珈琲とデザートが乗った盆を見付けると、シーラの瞳は分かりやすく輝いた。


「ベリーのパイだ!」


 シーラの向かいの席でリタがまた一人嬉しそうに微笑んでいる。

 これからレンスター邸宅では、この可愛い客人にリタの焼いた菓子がふんだんに振る舞われることだろう。


「サチベリーっていうベリーでね。この国にしかないベリーなんだ。お嬢さんは、甘いものは平気かい?」


「大好きだよ。でも、いいの?」


「世辞ならサービスはなしだが、お嬢さんは気持ち良く食べてくれたからね。そのお礼だ」


「やったぁ!ありがとう!リリーって料理も上手いし、優しいし、素敵な人ね!」


「また嬉しいことを言ってくれるね、お嬢さん。もっとサービスしたくなるなぁ」


「シーラだよ!シーラって呼んで!」


 シーラは言って返答を待たず、さっそくパイを頬張るのであった。

 それは、それは、幸せそうに。


 しかしよく食べる娘だ。


 パクパクと一口、また一口とケーキを頬張るシーラが、一度フォークを置いて珈琲を味わえば、またシーラの瞳が輝いた。

 なんというか。食べ方は美しいのに、いつも忙しなく、せっかくの綺麗な所作も台無しである。


「この珈琲も美味しいね!この国の豆?」


「それはライカルの豆なんだ。この国じゃ珈琲豆は取れなくてね」


「ライカルか。今度行ってみよう」


「そんなに気に入ったのなら、現地に行かずとも豆を分けてあげるよ?」


「大丈夫、自分じゃ淹れられないから!ありがとうね、リリー!」


 自信満々に宣言するシーラに、リタは少々の不安を覚えた。

 いつも元気なシーラから、そこはかとない危うさを感じ取ったのだ。


「シーラは世界を旅して周っているのかい?」


「うん、まぁ、そんな感じだね」


「もしかして、流行りのっていうやつかな?」


 シーラが目を丸くして、心底驚いたという表情を見せる。


「自分探しって言った?自分なんて探さなくても、ここにいるよね?どこかに失くしちゃう人がタークォンには沢山いるということ?」


 リリーがぶわっと勢いよく笑い出し、リタはことさらに慈愛を深めた微笑を浮かべるのだった。


 どこに行っても、シーラはそこに明るい雰囲気を紡ぎ出す。

 リタにはこの不思議な娘が、堪らなく可愛く見えた。


 そう遠くない未来に、もしかして、万が一、ひょっとしたら……

 という淡い期待を寄せながらも、幸せそうにパイを頬張るシーラはただただ可愛い。

 だけどやっぱり期待がある。


 シーラに呼応してのことだと言うのだろうか。

 長く側で仕えてきたが、主人があのように敬称も付けず若い女性の名を呼ぶ姿を、リタは一度とて見たことがない。




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