42 第一王子の誕生パーティー①

 わたくしはハリー殿下の瞳の色である空のような薄いブルーのドレスを身に纏った。色味は裾に向かって濃くなっていて、縫い付けられたビーズが夜空に流れる星のように煌めくマーメードラインのちょっと大人っぽいドレスだ。

 もちろん、殿下からいただいた扇もしっかりと手に持っている。



 今日は第一王子の誕生パーティーが執り行われる。

 正直言うと気乗りしないけど……というか、あんな人のことなんか祝いたくないのだけれど……ハリー殿下がエスコートをしてくださるので、それだけを楽しみに参加するわ。


 アルバートお兄様によると、第一王子はモーガン男爵令嬢をエスコートをして、更にファーストダンスも彼女と踊るつもりのようだ。しかも、王妃様が着るようなとびっきり豪華なドレスを彼女のために準備をしたそう。


 それを聞いて、わたくしは呆れ返って言葉も出なかった。彼はモデナ王国の姫と婚約をするのに、まだ男爵令嬢のことを囲って一体どうするつもりかしら。

 まさか今度は隣国の王女を謂れない罪で断罪するつもり? 今回はわたくしのときとは違って下手をすれば戦争に突入するわよ……。





「ロッティー、待ってたよ」


 王宮に着いて馬車を降りると、ハリー殿下が満面の笑みでわたくしを待ち受けてくれていた。


「今日は迎えに行けなくてごめんね」


「いいえ、とんでもないことですわ。むしろ王族の方はお忙しいのに、こちらまで来てくださってありがとうございます」


「今日は凄く綺麗だ。ま、いつも綺麗だけど。どんな時でも君は綺麗だね」


「そっ……そうですか。そ、それは……恐れ入りますわ」


 歯の浮くような言葉にわたくしは頬を赤らめた。

 で、殿下ったら、こんなストレートな褒め言葉をおっしゃる方だったかしら。前回の人生では――そうね、今は恋人同士だからそんな台詞も言う……のかしら?


 ハリー殿下はくすりとイタズラっぽく笑って、


「可愛いね、ロッティーは」


 わたくしの頬にキスをした。


「っつ……!?」


 火照る顔がもっと熱くなった。わたくしは思わずそっぽを向く。

 な、なんなのかしら……。恥ずかしくてまともに殿下の顔を見られないわ。


「行こうか?」と、殿下はニマニマと笑いながらわたくしの顔を覗き込んだ。


「は、恥ずかしいから見ないでください!」


「え~? いいじゃん、もっとロッティーの可愛い顔を見せてよ」


「駄目ですっ!」





 わたくしたちがパーティー会場に入場すると、たちまち貴族たちの注目の的になった。

 そのほとんどが好奇の視線で「男爵令嬢に負けた公爵」「いや、公爵令嬢の本命は最初から第二王子らしい」「いやいや、ドゥ・ルイス家と婚約をしてヨーク公爵家は王弟派に入ると聞いたが」……などと、無責任な噂話に花を咲かせていた。


「好き勝手に言われているね」と、ハリー殿下がくつくつと笑う。


「笑いごとではありませんわ、殿下。このような流言は王家自体への侮辱への呼び水になるのです」


「ロッティーは真面目だねぇ」


「もうっ、わたくしは真剣に話しているんです!」


「はいはい――おや?」


 ハリー殿下が目を向けたほうを見やると、アルバートお兄様とダイアナ様、そしてラケル様とドロシー様がなにやら深刻そうに話をしていた。

 ダイアナ様はお兄様がエスコートをしているけど、ラケル様とドロシー様はパートナーを連れておらずに、一体どうしてしまったのかしら……?



「ヘンリー王子殿下、本日は妹をエスコートしてくださってありがとうございます」


 お兄様がわたくしたちの視線に気付いて殿下に近付いて一礼をする。続いてダイアナ様たちもカーテシーをした。


「いやいや、こちらこそ妹君のエスコートを承諾してくれて感謝するよ」


「恐れ入ります、殿下。――ロッティー、殿下に無礼を働いたりしていないだろうね?」


「問題ありませんわ、お兄様」と、わたくしはムッと口を尖らせた。お兄様ったら、まだわたくしのことを子供扱いしているんだから。


 ハリー殿下はわたくしを見て含み笑いをしたあと、


「ところで、なにやら穏やかでない空気だね。どうしたんだい?」


「それが……」


 ラケル様とドロシー様は困ったように顔を見合わせた。


「「エスコートの約束を反故にされた!?」」


 わたくしと殿下は驚いて目をぱちくりさせた。令息たちのあまりの非常識さに、開いた口が塞がらなかった。

 今日は王室主催のパーティーだ。しかも国の第一王子の祝い事である。個人が開くような小規模な集まりではないので、夫婦や婚約者同士で赴くのが通例だ。

 婚約者のエスコートをしないということは、貴族社会では令嬢側のほうが問題があるのではと周囲から見做されてしまう可能性が高い危険な行為なのだ。


「それが……ジョージ様が今日はモーガン男爵令嬢のエスコートをすると言い出して……」


「オスカー様も、ですわ……」


 ドロシー様はジョージ・ジョンソン伯爵令息と、ラケル様はオスカー・コックス侯爵令息と婚約をしている。どちらの令息も今では男爵令嬢に熱をあげていた。

 二人は怒りや悲しみよりも、ただ呆れている様子だった。


「愚かな婚約者で恥ずかしいですわ……」


「同じく……」


「これを機に彼と婚約解消できないかしら?」


「私も、お父様にお願いしようかと思いますわ」


 わたくしは苦笑いするしかなかった。

 たしか前回の人生も彼らはずっと男爵令嬢に夢中で、今回もこのままだと二人が不幸になる未来しか見えないわ。わたくしが死んだあとのことは分からないけど、きっと彼らは男爵令嬢が王太子妃になっても隣でご機嫌取りをしていたのでしょうね……。


「ラケル様、ドロシー様!」


 わたくしは二人の手を握って、


「大丈夫ですわ。もし婚約解消になっても、お二人の根も葉もない噂が流れることのないように、ヨーク家が全力で阻止します! それに婚約解消自体もお二人の家が有利になるようにお手伝いしますわ!」


「そうですわ!」


 わたくしの手の上に更にダイアナ様がぎゅっと手を掴んだ。


「バイロン家もお二人の味方よ! それに、お二人の新しい婚約者を探すのも協力するわ! ね、シャーロット様?」


「もちろんですわ」と、わたくしはコクコクと深く頷く。


「「シャーロット様……ダイアナ様……」」


 二人の純真な瞳がじわじわと潤んだ。


「ありがとうございます!」


「私、勇気が湧いてきましたわ。もう我慢するのはやめようと思います」


「それがいいわ。きっと今日の令息たちの様子を他の貴族たちが見たら、婚約解消は止むなしって思うはずよ」


「そうですわ。お二人に非はありませんもの」




 そのときだった。にわかに会場がざわつきはじめた。

 喧騒の中心には、モーガン男爵令嬢をエスコートする第一王子。そして彼らの後ろには取り巻きのアンダーソン公爵令息、コックス侯爵令息、ジョンソン伯爵令息が得意げな顔で控えていた。


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