19 それぞれの手紙

「お嬢様、今日こそ手紙の返事を書いていただきますからね!」


 寝起き直後に怖い顔をしたミリーにそう言われて、わたくしは朝から自室でずっと机に向かっている。


 領地に来て約半年、わたくしは未だ縁談相手たちに返事を書いていない。


 ダイアナ様には何度か手紙を書いたんだけど、王子たち三人にまとめて返事を書かないといけないとなると、どうも億劫になってしまうのよね……。


 ハリー殿下と文通できるなんて凄く嬉しいんだけど……同時に第一王子と公爵令息にも手紙を出さないといけないのよねぇ。お父様が三人平等に、ってうるさいから。誤解を招くようなことはしてはいけないんですって。貴族って本当に面倒だわ。


 わたくしはおもむろにペンを持ち上げて、ふと動きを止めた。


「……まずはダイアナ様に向けて書くとしましょう」


 はじめに気軽に話せるお友達に手紙を書いて気分を上げなきゃね。ダイアナ様は気の置けない仲だから、なんでも話せるわ。


 わたくしは領地でのアルバートお兄様の様子と先日アーサー様と偶然に領地で出会ったことを記した。

 アーサー様は優しくて貴族然とした品格のある方だったんだけど、平民と対峙したときの態度がとっても怖かったわ。一体どちらが本当の彼なのかしら?


 ダイアナ様への手紙は書くことが多すぎて、便箋五枚にびっしりと文字を詰め込んでしまった。ちょっと読みにくいかしら? でも彼女のほうも毎回これくらい書いてくれるからおあいこよね。

 早く直接会ってお話したいわ。いろいろ話したいことがあるの。領地に遊びに来てくれるのが今から楽しみで仕方ないわ!


 ちょっと気分が乗ってきたところで、ハリー殿下への手紙を書いた。

 宛名を「ハリー殿下」と書きそうになって慌てて手を止める。

 いけないわ、今はまだ「ヘンリー第二王子殿下」よね。つい癖で前回の人生のときのように仲の良い友人のように接してしまいそうになるわ。


 ハリー殿下には手紙のお礼と、お茶会でのチェリーパイのお礼と、わざわざ公爵家まで来てくれたお礼と、そのときにくださったチェリーパイのお礼と……お礼ばっかりね。更に前の人生でわたくしを助けようとしてくださったお礼も書きそうになってしまったわ。危ない危ない。

 それからお話できて楽しかった旨を書いたわ。本当は前回の人生のときと同じように友人として気軽に言葉を交わしたいけど、今は微妙な関係なので我慢しないといけないわね。学園ではもっと気さくに会話できるといいけど……。


 次にアーサー様の礼状を書いた。手紙のお礼と先日の領地でのお礼ね。

 怒らせると恐ろしい方なので、当たり障りのない範囲の内容を書いたわ。彼のおかげで領地の中心街のことをよく知ることができたので、そのことを重点的に。あれは本当にありがたかったわ。

 あとは「学園でお会いできることを楽しみにしています」と、さり気なく領地でこれ以上は関わりませんアピールをしておいたわ。お父様から口を酸っぱくして公平に接しろって言われているし、なにより彼のことがなんだか苦手なのよね。ノブレス・オブリージュを体現していて立派な方だとは思うけど、どことなく背筋が寒くなるような冷たい雰囲気がするから……。


 最後に、一番書きたくない第一王子への手紙を渋々書く。

 なんでわたくしを嵌めて断罪した人間にお礼状を書かなくちゃならないのかしら? と、半ば怒りを込めて筆を取ったわ。


 「ご機嫌よう。

 先日はお茶会に招待してくださってありがとうございました。

 わたくしは領地にて恙なく過ごしております。

 では、学園でお会いしましょう。」


 ……特に書くことがなくて四行で終わってしまったわ。王子様相手に無礼かしら?

 でも本当に書くことがないので仕方ないわよね。それにお父様も手紙の中身まで見ないし、ちょっとくらい手を抜いても大丈夫よね……?


「……よしっ!」


 わたくしはそそくさと封をしてミリーに預けた。

 これで憂鬱な仕事が終了して、肩の荷が下りたわ。

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