第264話 騎士─女官
夜遅く皇太子殿下御一行様はドゥルグ侯爵領地に入った。
遅い時間なのに皇太子殿下の訪問に領地の町は湧いていた。
灯りが町全体に灯され、街道には沢山の人々が手に提灯を持ち、皇太子殿下専用馬車に向かって歓声を上げ千切れんばかりに手を振った。
アルベルトは馬車の窓を開けてその歓迎ぶりに手を振って答えていた。
馬車の窓から沿道の人々を見ながらふと思った。
皇太子殿下にキャアキャア言って手を振り、顔を赤くしている女性達がいる町は平和なんだわ……
ボルボン伯爵の領地はそれが無かった。
何時も何時も、何処へ行っても女性達からキャアキャア言われて……ちょっと嫌だと思ったけれども……
反対に、拝顔するだけでもこんなにも国民を幸せな気分にさせる皇子様の凄さを改めて感じた。
馬車は街を抜けてドゥルグのお屋敷に到着する。
暗いからか……
要塞みたいで不気味さを感じさせる巨大な邸宅であった。
正門を通り、玄関のエントランスにはズラリとドゥルグ邸の人々が並んでいた。
レティのウォリウォール領の当主はルーカスである。
ルーカスが皇都にいる事もあり、領地の屋敷の使用人は最小限であるのだが、当主のいるドゥルグ邸の使用人達の数は半端無かった。
レティ達は馬車から下り馬車の横に立ち頭を垂れて皇太子殿下が馬車から下りるのを待つ。
馬車のドアが御者達によって開けられ、皇太子殿下が馬車から下り立つと屋敷の全員が跪いた。
その光景は圧巻だった。
「 アルベルト皇太子殿下、ようこそ我がドゥルグ領へ 」
立派な髭のエドガーの祖父らしき男性が跪いたままで口上を述べる。
「 久し振りだな、バークレイ! おもてを上げよ 」
「 はっ! お目にかかり恐悦至極でございます 」
「 堅苦しい挨拶は無しだ、普通にしろ!」
アルベルトは笑いながら小さい頃から慣れ親しんだバークレイを見つめた。
ニコニコと笑ったバークレイがアルベルトを見て目を細める。
「 殿下……少し見ない間に益々男っ振りが上がりましたな…… 」
先の軍事式典の時に軽い風邪を引いていたが為に、歳の事もあり息子達から来ない様に言われて参加出来なかったらしい。
「 あっ! 待て! 紹介する……私の婚約者を連れて来ている 」
「 おお……これは誠に光栄な事でございます 」
バークレイが胸に手を当てお辞儀をする。
「 レティ、おいで 」
アルベルトがレティのいる女官達の方を見てるので全員が女官達の方を見た。
えっ!?
私……今、女官ですけど……
何処に?
何処に婚約者様がおられるのかと皆がキョロキョロし出した。
サマンサに行ってらっしゃいとばかりにトンと背中を押され………前につんのめった。
前に進み出たのは女官だった。
レティはアルベルトの横に立ち女官の制服のスカートを持ち軽く足を引き淑女の礼をした。
その所作は高貴な淑女だが……やっぱり女官だった。
皆はポカンと口をあけて見ている。
アルベルトがクスクスと笑い
「 彼女がリティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢、私の婚約者だ 」
いや………女官でしょ?
皆はどうしても受け入れられない顔をしている。
「 事情は説明しますので、取りあえずは殿下を中に入れて貰いたい 」
……と、クラウドが笑いを堪えながら言う。
整列していたグレイ達や女官達も笑いを堪えている。
アルベルトが女官のレティに手を差し出し、エスコートする形になる。
「 お手をどうぞ、婚約者殿 」
「 アル! どうするのよ?皆が混乱してるじゃない! 」
ひそひそと話すレティに
「 いいからいいから 」
……と、嬉しそうな顔をしたアルベルトが差し出した手に、レティは手を添えた。
どう見ても皇太子殿下が女官をエスコートしているのである。
皆がザワザワとし出した。
だけど皆は直ぐにあの女官が婚約者の公爵令嬢だと分かった。
何故なら、噂に聞く皇太子殿下の婚約者への溺愛っぷりが手に取る様に分かる程に、皇太子殿下は甘い甘い顔をして女官を見つめているからなのである。
じゃあ……婚約者様は何で女官の格好をしてるんだろう?
……と、言う疑問がふつふつと湧いてきた。
もしかして……
皇太子殿下はそう言うプレイがお好きなの?
……と、暫くは皆からそう思われたのであった。
居間に案内されると直ぐにバークレイが聞いてきた。
「 殿下、これはどう言ったご冗談ですかな? 」
「 まあ、貴方お待ちになって……殿下、先ずは婚約者様をわたくし共にご紹介をして下さいますか? 」
リリアンはバークレイを手で制して、優しくレティを見た。
「 私の婚約者のリティエラ・ラ・ウォリウォール嬢だ 」
レティは女官のスカートの裾を持ち丁寧にカーテシーをした。
「 リティエラ・ラ・ウォリウォールと申します 」
顔を上げたレティをまじまじと見たバークレイは大声で笑った。
「 ほんに……ルーカスの娘じゃわい、そっくりじゃないか!」
クラウドが皇太子殿下の婚約者である公爵令嬢が何故女官なのかを説明した。
皆は理由は理解したが納得はしなかった。
同行するなら婚約者として同行すれば良いだけだと思うのは当然の事だった。
しかし……
クラウドの思い付きで女官として同行する事にはなったが、もし婚約者として同行する様に言われたのならレティは頷かなかった。
そんなつまらない旅は彼女はするわけは無いのだから……
「 ローズは元気? 」
リリアンが美しい所作でお茶を飲みながら言う。
「 お母様をご存知なんですね 」
「 ええ、古い知り合いだわ……それにラウルはエドとレオと一緒によくここに遊びに来たものよ 」
ああ……そうだった。
彼等はエドのお祖父様とお祖母様なのである。
そしてグレイの祖父母でもあった。
夜も遅い事から思い出話しもそこそこに解散をした。
「 私は女官のままで良かったのに…… 」
アルベルトと部屋に向かいながら静かに話す。
「 そんなわけにはいかない。ここはドゥルグ侯爵領地だよ? 我が国の3大貴族の1つだ。その貴族にウォリウォール家の君を紹介しないわけにはいかないよ 」
ねっ?分かった?……と、アルベルトはレティの顔を覗き込んできた。
確かに……
「 お嬢様のお部屋はこちらでございます」
案内の為に2人の前を歩いていたメイドが足を止める。
「 じゃあ、お休み……」
アルベルトはレティのこめかみにそっとキスをした。
***
私は今は女官だ。
賃金を貰ってる限りは女官なのである。
旅の5日目の朝は溜まった洗濯をしなければならない。
ドゥルグ邸の洗濯場を借りて、ゴシゴシと洗い広い庭で干した。
気持ち良い~
「 リティエラ様は何でもお出来になるんですね? 」
「 ナニアさん達は何処で習ったのですか? 」
答えにくい質問には質問返しだ。
ナニア達は貴族である。
貴族はメイドがいるから家事は普通はしない。
レティの家にも洗濯メイドがいる。
女官は家事全般をしないといけないので家のメイド達に習ったのだと言う。
私は騎士時代にやらなければならなかったからね……
ふとジルを見ると黙って洗濯を干していた。
ああ……失敗だ……
きっとこんな会話が彼女に壁を作らせているのだわ。
「 ジルさん! 手伝います 」
「 私……学園の寮生活で初めて洗濯をしたのです 」
ジルがポツリと話してくれた。
家では何時も勉強ばかりさせられていたからと彼女は言った。
貧しい父母から奨学制度で学園に入る為に彼女は勉強ばかりさせられていたと言う。
女官になれた今は両親の自慢する娘になっているのだと言う。
それから学園の話に花が咲き、殿下が入学してきた時の話になった。
嘘でしょ!?
殿下の1年の時は何時も沢山の女生徒達に囲まれていたらしい。
あのアホなウィリアム王子と同じ様なハーレム状態だったって事!?
女生徒達に褒美だとキスをして……(←アホのウィリアム王子しかしていない)
レティは自分が入学してからのアルベルトしか知らなかったのである。
レティはアルベルトにちょっと幻滅した。
洗濯が終わった頃
ワーワーと騎士達の声が聞こえてきた。
訓練をしているのである。
レティは馬に乗るために乗馬服を持ってきていた。
もう、訓練に参加したくてうずうずする。
ここはドゥルグ邸なので女官の仕事はこれで終わりだと聞いて、レティは乗馬服に着替えてきた。
訓練場は皇宮の訓練場並みに広かった。
皇宮騎士団の騎士達と国境警備隊の騎士達が合同で訓練をしていた。
長らく訓練をしていないので柔軟体操から始める。
真剣を使ったのは3度目の人生で死ぬ前の事であった。
騎士の訓練では毎日の様に真剣で対戦をし、弓矢を射ていたのだから……
訓練に集中しなければならない騎士達が、訓練場の隅っこで柔軟体操を始めた可愛らしい公爵令嬢が気になって仕方ない。
皆が幸せそうな顔をして……訓練にならない。
「 それで………君はここで何をしてるのかな? 」
アルベルトだった。
「 柔軟ですわ! 見て分かりませんの? 」
学園で女達に囲まれて鼻の下を伸ばしてハーレムを楽しんでた最低な奴だわ。(←ジルはそこまでは言っていない)
あれ?
何かツンツンしてる……
可愛い……
「 だから何で柔軟をしてるの? 」
「 何でって……一緒に訓練をする為ですわ 」
当たり前の様に言うレティに驚いたアルベルトは慌てる。
「 レティ! 騎士の訓練は真剣でするんだ、騎士クラブとは違うんだから参加は出来ないよ 」
「 だから参加するのよ! 」
「君は真剣なんか使った事は無い筈だ! 」
いや……
あの武器屋で見た真剣を持った君は……以前に真剣を扱った事がある筈なんだ。
だけど……
「 兎に角、駄目だ! 絶対に駄目だ! これは皇太子命令だ! 」
ふんだ……ケチ!
「 じゃあ、隅っこで木剣を振るわ! それなら良いでしょ? 」
レティは立て掛けてある木剣を取った。
アルベルトはため息を付き、怪我をしない様にと言って訓練に戻っていった。
木剣を振るうのも久し振りだ。
暫くは木剣を振っていたが、騎士達が対戦をし出したらうずうずしてきた。
良いな~
私も対戦したいな~
訓練が休憩に入るとレティは木剣を2本持って駆け出した。
「 誰か、わたくしと対戦して下さいませ! 」
皆の前で木剣を胸の前に付き出した。
周りがザワザワとしている。
アルベルトが何か言いかけた時にさっと誰かがレティの前に立った。
「 私が相手になろう 」
名乗りを上げたのはグレイだった。
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