第246話 夜会─仮面舞踏会
兄に手紙が届いた。
真っ赤な封筒である。
レティはこの真っ赤な封筒には見覚えがあった。
そう、夜会への招待状が学園を卒業したラウル宛に届いたのである。
兎に角、公爵家には手紙が多い。
特にレティが皇太子殿下の婚約者になった時から、父母宛やラウル宛、レティ宛にも沢山の色んな招待状が連日届けられているのであった。
それを母が全部に目を通し対処しているのである。
皇都の公爵邸と領地の屋敷の管理に対外的な関わり全般、何時もコロコロと笑ってる公爵婦人の仕事も実は大変なものであった。
公爵邸には主であるルーカスだけでなく、公爵婦人の執務室もあるのである。
招待状を送って来た主の名前はボルボン伯爵。
あの怪しい仮面舞踏会を月1でやっていた。
「 お兄様……行かれますの? 」
赤い封筒をラウルの部屋に持って行く。
「 そうだな、課題も少なくなってきたし、エドとレオを誘って行くかぁ…… 」
机に座り文官の勉強をしていたラウルは、ストレス発散も大事だよなとぶつぶつ呟いてウーンと伸びをした。
夜会へはカップルで参加しても良いし1人で参加するのも良しとされ、1夜のアバンチュールを求めて行くのも有りなのである。
「 私も行って良い? 」
「 はあ? 妹と行く馬鹿が何処にいるんだよ? 」
「 良いじゃない、行ってみたいの! 」
「 第1お前はまだ学生だろ? 参加資格は無いね 」
「 だから、仮面を被れば分からないじゃない 」
ラウルはレティの好奇心旺盛さを知っている。
このキラキラした目をした時には中々しぶとく食い下がるのである。
「 お前なぁ、それにその日はお前の誕生日だろ? アルは? 一緒にお祝いするんじゃないのか? 」
「 アルは……何時も私の誕生日頃は軍事式典の準備で忙しいから大丈夫よ 」
多分……
多分だけど誕生日の日は家にドレスを贈って来てくれると思う。
昨年もそうだったし……
「 兎に角、駄目だ駄目だ! 何が悲しくて妹と行かなならんのじゃ? 」
はあ……駄目かぁ……
レティは、今、どんなドレスが流行っているのか?
これからどんなドレスが流行りそうなのかのリサーチに行き、社交界で流行の先端を行く素敵なドレスを必要とする女性達を捕まえたいのである。
***
その日はレティの誕生日。
「 アルベルト・フォン・ラ・シルフィード皇太子殿下からの贈り物です 」
予想どおりに皇宮からの使者がやって来てプレゼントを公爵邸に運んだ。
わぁ……
淡いサーモンピンク色のドレスで、デコルテから腰までは白のレースが斜めに縫われ、露出の少ないものの見た目は涼しげな可憐なドレスであった。
そして今回は、ヘアバンド風のダイアが散りばめられたシルバーのティアラも贈られたのだった。
「 まあ、素敵……可愛らしいドレスにヘアバンド風のティアラなんて……お嬢様! 髪はアップにしましょうね 」
「本当に殿下はセンスが良いわ 」
皆がドレスとヘアバンドティアラにうっとりと見とれていた。
高そう……
早く私の店も皇室御用達店になりたい!
レティは燃えるのであった。
そしてその日はお洒落をして仮面舞踏会にいそいそと行ったのである。
兄妹で……
実はあれから頼みに頼みまくって、肩叩き券の発行をする約束で同伴にこぎ着けたのだった。
肩叩き券は10回使用券で兄妹が小さい頃に父母や爺やに発行したプレゼントであった。
こんなもんの発行だなんて……どんだけ疲れてるねんとラウルに突っ込んだのは言うまでもない。
勿論両親には2人の共通のお友達の普通の夜会に出向く事になっている。
その辺は皆で口裏を合わせてある。
受付は招待状さえ提示すれば名前を聞くなんて野暮な事はしない。
レティは1度目の人生では何度か夜会に来たことがある。
勿論学園を卒業してからなので1人でドレスのリサーチに来ていたのである。
その時レティは19歳。
学園を卒業し、厚化粧も止めた彼女の美しさは際立っていた時である。
勿論、最高の物件でもある彼女は社交界でも注目されていた。
しかし……
彼女が学園の4年生である18歳の時に皇太子殿下と王女の婚約発表があり、失意のどん底だった彼女はデザイナーレディ・リティーシャとして店を立ち上げ最高のブランドを作り上げるべく仕事に邁進していたのである。
そう、猪突猛進気質の彼女は邁進して邁進して……
ブランドを立ち上げてから僅か1年の20歳の時には他国にも名声が広まり、イニエスタ王国から王女のウェディングドレスを発注されたと言う………
今が過去だか未来だか最近は何だかよく分からなくなっているが……そんな実力と実績が今のレティにはあった。
さあ!この頃のお姉様方はどんなドレスに夢中になってるのかしら?
見せて頂くわ!
レティは仮面の奥で燃えていた。
レティが見た19歳の夜会よりも今は2年前になる。
流行は1年単位で変わるのでモード界のリサーチは必要不可欠なのである。
華やかな会場は怪しげな音楽が流れ、怪しげな甘い香りに包まれていた。
大人な女性達の色とりどりの身体のラインに沿ったドレスが艶かしい。
デコルテは広く開けられ、はみ出す程の豊かな胸がプリンと揺れる。
皇宮舞踏会の様な豪華なドレスを演出するコルセットをしてる女性は少なく、カクテルドレスが主流の様だ。
皆が悪役令嬢風の派手な扇子を口元に広げ、時折甲高い声をあげたり、あまったるい声で笑い声が聞こえてくる。
勿論、それだけの目的だけでは無く、気軽な社交場として会話を楽しんだり流行を楽しむ息抜きの様な場でもあった。
ふむふむ……
これはいくら何でもちょっと下品だわ。
色も原色ばかりで……
成る程ね。
ドレスの生地は……
レティは目立たない様にくすんだクリーム色のドレスを着てきていた。
緩やかに三つ編みにした亜麻色の髪は片側に1くくりに束ねていた。
しかし……
いくら目立たない様にしていても
彼女の美しさは際立っていた。
小さい頭に透き通る様な白い肌、唇は紅を付けずとも赤く愛らしい。
その上に小柄で細身のそのスタイルは本来の17歳の初々しさが溢れだしていた。
高貴な淑女だと一目で分かるその所作や雰囲気が男達の視線を1人釘付けにする。
レティが会場に入ったとたんにハイエナ達が一斉に目をつけた。
横にはラウルがずっといたが……
「 あっ! アルが来た! 」
頭上でラウルが言う。
「 えっ!? 」
隣の女性のドレスの生地をチェックしていたレティが顔を上げて見る。
レティ達がいる場所と反対側の壁際にいるその男性(ひと)は……
背が高く金髪の髪。
白の夜会服に身を包み女性達に囲まれていた。
「 アル? 」
殿下がここに来てるの?
ローランド国では兄達と遊び回って、こんな場所にもよく出入りしていたと言う事は彼等の会話からうすうす感じ取っていた。
何せ1年余り生徒会室であの4人と一緒にいたのである。
よく喋る仲良しB4は、ともすればレティがいるのを忘れて話が脱線していたのである。
あの時の女が………とかである。
しかし……
例えそんな事になっていたとしても、それは私と出会う前の事で、今は……
まあ、兄も息抜きと言っていたから殿下も息抜きに来てるんだわ……
……………と、無理やり納得する。
やっぱり何処へ行ってもモテモテね。
彼は奇抜なドレス姿の女性達に囲まれている。
暫く眺めていると……
彼は1人の女性の肩を抱き会場から出ていった。
はみ出そうな胸の女性は彼にしなだれかかっている。
許せない!
私と言うものがありながら……
レティはドレスの裾をガバッと持ち、2人を追いかけた。
会場を一直線に横切るドレスをたくしあげながら走る女性の足は恐ろしく早い。
あの高貴な淑女であるとは思えない勢いである。
2人は見つめあい……キスをしながらある部屋に入ろうとする……
あれ程……私しかいらない、私だけだと愛を囁いたくせに……
逆上したレティは彼に飛び蹴りをしようとする……
……寸前に後ろから腕を引かれ……抱き抱えられた。
えっ!?
「 怖いなあ……僕の奥さんは…… 」
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