第238話 彼女の喜ぶ顔─1

 


 今日は新学年になって初めての騎士クラブのある日で、レティがクラブに参加する日でもあるから彼女は弓矢の導入の話を聞く事になるだろう。( レティは騎士クラブには週に2回行っている)


 アルベルトはレティが宮殿に何をしに来たのかを分かっていた。


 あれ程執着していた弓矢なのである。

 何処で、誰から習ったのかは明らかにはしてくれないが、彼女は弓矢を習得している。

 あの、武器屋で矢を射る構えをした彼女は本物だった。

 弓を極めた者の構えであり、それがたいそう美しかったのである。

 あれを……

 アルベルトは、もう一度見たいとずっと思っていたのだった。




 早くレティの喜ぶ顔が見たい。

 どんな風にお礼をして貰おうかな?

 頬っぺにチューはして貰いたい………

 なので……執務室からクラウドを追い出し待っていた。


 しかし……

 待てど暮らせど彼女は来ない……

 一体レティは何処に行ったんだ?

 またもやアルベルトはレティを捜す羽目になってしまったのだった。



 何処だ?

 何処に行ったんだ?

 正面玄関の警備員の話では宮殿に入ったのは間違いないらしい。



 いない

 ここにもいない……

 こんなに宮殿を歩き回り誰かを探し回るのは、子供の頃にしたラウル達とのかくれんぼ以来である。


 厨房まで行ってみる……

 食いしん坊の彼女の事だから……もしかして……

 しかし、周りが騒ぐだけでレティは見つからない。


 宮殿で働いていても皇族と会うことは殆んど無い中で、こんな風に皇子様がうろうろしてる事で宮殿は大騒ぎをする事となっていた。



 皇宮の警備員がレティが皇太子宮に入って行ったと言う……

 慌てて戻ると、皇太子宮の警備員が今度は俺を捜しに行ったと言う。

 全く……何のすれ違いだ?

 警備員に彼女を見掛けたら皇太子宮に戻る様にと伝える様に指示をする。




 !?

 皇太子宮の廊下で待っていたらレティが突然姿を現した。

 制服のままだ……

 家にも帰らずに俺に会いに来たんだね。

 愛しくて胸がキュンとする。


 愛しい彼女は俺を見付けて嬉しそうに長い廊下を駆けて来た。

 走るとサラサラな前髪からオデコが露になり、その可愛さに目を見張る。

 彼女のちょっと広めのオデコがアルベルトは好きであった。

 両手を広げると彼女は破顔して胸に飛び込んで来た。


「 アル……有り難う 」

「 嬉しい? 」

「 有り難う……嬉しい 」

 そのままレティを抱き上げ、執務室に入る。


「 心配したよ、何処にいたの? 」

「 迷子になって……気が付くとボイラー室の前にいたの 」

「 あんな所まで? 」

「 そうしたらそこにシエルさん達がいて……メンテナンスに来たんだって…… 」

 シエルだって!?

 レティとシエルがかなり親しいのも気になる。


「 ………それで、それを見学してたんだ? 」

「 そうなの!……興味深かったわ! 」

 アルベルトはふーっと溜め息を付き抱き上げていたレティをそっとソファーに座らせる。


「 アルが弓矢の導入をしてくれたんでしょ? 」

 ニコニコとご機嫌な彼女は本当に嬉しくてたまらないと言う顔をしている。

 どんだけ弓をやりたかったんだろうと改めて思う。


 しかし……

 ネックレスや指輪をプレゼントした時よりも嬉しそうなのはちょっと面白くない。



 そして……

 全く面白くない事がある。


 まだ公にはされていないが……

 騎士クラブの弓矢の指導にはグレイが行くことになってしまったのである。


 弓矢は危険を伴い、また、初めて学園のクラブに導入する事なので騎士団から指導者を派遣する事になったのであるが、その指導者にグレイが選ばれたのである。



 グレイが弓を本格的にやり始めたのは、昨年の軍司式典の時に国境警備隊の弓兵部隊が騎士団の訓練に参加した時からである。

 弓兵部隊の話を聞いて弓兵の重要性を認識して弓矢の練習を始めたらしい。


 そして……

 弓矢をやると決めたのは、おそらくレティがあの時に弓兵達と一緒にいたからであろう。

 グレイはレティから弓をやりたいと聞いた筈である。


 あの時のグレイと一緒にいるレティの嬉しそうな顔は忘れられない……


 俺がレティの喜ぶ顔を見たいが為に学園の騎士クラブに弓矢の導入を考えたのと同じ様に、グレイもレティが弓矢に精通してるから弓矢の訓練をしたのじゃ無いのかとも思ってみる。


 全てはレティの喜ぶ顔を見たいが為に……



 レティ……

 指導者がグレイだと知らされた時には……

 君はどんな顔をするのだろうか……





「 レティ、お礼のキスは? 」

「 お礼のキスなんてあったっけ? 」

「 今、作った…… 」

 レティはクスクスと笑いながらチュッと頬にキスをしてくれた。


「 あっ!そうだ!今日、騎士クラブにキー君が入部してきたのよ 」

「 誰だ? キー君って? 」

「 エドの弟 」

「 キースか? 」

「 もう、エドそっくりで、エドを小さくしたみたいで……可愛くてハグしたかったんだけど…… 」

 やっぱり初めましてでいきなりハグは……と、言い掛けた言葉をアルベルトに遮られる。


「 レティ! ハグは駄目! 」

「 えっ!? キー君は小さな弟だわ 」

「 キースはエドの弟で、レティの弟では無いぞ! 」

 第一キースはもう立派な男じゃないか!

 騎士団の訓練にもたまに参加していたぐらいなのに……


「 ………分かったわ……ハグはしない 」

「 良い子だ……それから、これからも俺以外にハグをしたら駄目だよ 」

 しゅんとして耳が垂れたレティが可愛らしくて、頬にキスをしようとするとドアがコンコンとノックされた。



 ちっ!

「 入れ 」

 女官がお茶とスイーツをワゴンに載せて入ってきた。

 女官はあっ!?……と言う顔をした。

「 スミマセン……殿下お1人だと思い、お1人分しか用意しておりませんでした………直ぐにお持ちします 」


「 いい! 構うな! 俺の分をレティにあげるから 」

「 はい……申し訳ありません……婚約者様がお越しになるとは聞いておりませんでしたので……… 」


「 ごめんなさい……急に来ちゃったものね…… 」

「 レティ、謝罪をしなくていい、ジル! 余計な事は言わなくていい! 下がれ! 」

「 ………はい……申し訳ありませんでした 」

 まだ若い女官は深々と頭を下げ部屋を後にした。


「 レティ……嫌な思いをさせて悪かった、彼女はまだ入ったばかりなんだ 」

 え!?……彼女は……

 いや、まあ良いわ……



「 食べて良い? お腹の虫が鳴っちゃうわ 」

「 レティのお腹の虫の音を聞かせてよ……謁見の間では派手に鳴らしてたあの音を…… 」

 アルベルトはクックッと笑う。


「 あれは……お兄様なの! 」

「 2回目も? 」

 すると……グーっとレティのお腹の虫が鳴った。


「 あっ! 」

 お腹を押さえるレティを見てアルベルトは腹を抱えて笑いだした。


「 もう、早く食べさせて! 」

 顔を赤くしながらスイーツを見つめる目が可愛らしい。

 彼女の口にスイーツを運ぶと、彼女は待ってましたと口を開いて……パクっと食べた。

 レティの腹芸にアルベルトはまだ笑いが止まらない。


 今では2人の間でこのイチャイチャ食べが当たり前となっている。


「 美味しい? 」

「 美味しい 」

「 お腹の虫は満足した? 」

 レティの口にスイーツを運びながらアルベルトは笑う。

 口いっぱいにスイーツを入れた彼女は嬉しそうに頭をコクコクとした。




 良かった。

 元気そうだ……


 ルーカスから昨夜の事を聞いた。

 レティが爺達がイニエスタ王国に向かった理由を聞き、これで良かったのかと涙を流したと言うのだ。


 レティ……

 良いか悪いかなんて俺にもわからない……

 だけど俺はレティしかいらない。

 レティがいなきゃ駄目なんだ。

 こんなにもこんなにも君が好きなんだから。




 レティの口にスイーツを運ぶ。

 スイーツを食べながら話を続ける彼女は上機嫌だ。

「 あっ! それからね騎士クラブに女子が4名も入部して来たのよ 」

 練習着を渡したら彼女達にピッタリで、自分はまだブカブカなのにと残念そうに言う。


 そうだ……

 あの可愛らしい練習着姿を見られなくなったのは残念だ。



「 それから……今日はどんな事があったの? 」

「 あのね…… 」


 ああ……

 これ良いな……

 こんな風にレティと話をする時間があれば良い。



 ……で、皇宮に慣れる為にもレティのお妃教育が始まる事となったのである。





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