第227話 卒業─別れの時

 


 学年末試験が終わり今日は卒業式である。


 アルベルトは500点満点で有終の美を終えた。

 眉目秀麗、文武両道、人としてのあらゆる賞賛を一人占めにする様な皇子様であった。


 その優秀が当たり前とされ、皇子様だからと期待され、それを裏切らないで生きるのには、陰でどれだけの努力をして来たのであろうか……


 シルフィード帝国のたった独りの皇子様……

 アルベルト・フォン・ラ・シルフィード皇太子殿下である。



 彼の背負った宿命と孤独を、共に手を取り並んで歩いて行こうと思える女性に出逢った事は、彼の何よりの希望であった。



 卒業式の生徒会代表として、そして皇太子としての挨拶をしている姿を1人の女性が見つめていた。


 シルフィード帝国のたった1人の公爵令嬢

 リティエラ・ラ・ウォリウォール……皇太子殿下の婚約者である。



 殿下は壇上に立っていた。

 入学式と同じように……

 本当に格好いい男性(ひと)である。


「 期待と希望を持って入学したこのジラルド学園で、失望し、他国に逃げ出した事もあったが、それでも残りの2年間は俺は楽しかった。皇子である俺が、皆と同じ目線で同じ釜の飯を食べた事は俺の何よりの財産となった。礼を言う。

 これから其々の道に進むが、我が帝国のために皆が力になってくれる事を願う。俺も我が帝国の為に全身全霊でこの身を捧げる事を誓う。 」



 会場から割れんばかりの拍手と大歓声が沸き上がる。

 皆が泣き出している。

 もう、滅多に皇子様とは会えない。

 特に庶民棟の生徒達は、それこそバルコニーに出る皇子様を拝顔するしかこれから見る機会は無いのである。



 レティも涙がボロボロ溢れていた。

 もう……殿下に会えなくなる……

 学園で見る事は無いのね。


 お兄様も、エドガーも、レオナルドも皆居なくなる。

 皇子様と悪役令嬢対決も出来なくなるんだわ……

 ハンカチを握り締めてオンオン泣いている公爵令嬢を見て、生徒達はまた、泣くのであった。


 高位貴族でこれだけ感情を露にする令嬢は珍しい事であった。

 自由奔放に育った令嬢である。

 だから、レティの周りには人が溢れ、皆が彼女を好きになるんだろう……

 そして……

 彼女によってこの国の淑女の定義も少し変わる事になるのである。



 卒業式は在校生は出席をしないが、レティは生徒会の役員として参加をしていた。


 卒業生達に花束を贈る事が生徒会の仕事である。

 会場の外で、3年生達が卒業生の1人ずつに花束を渡し、別れに彩りを添える。

 渡す方も貰う方も皆が喜んでくれた。



 この後、卒業生達は一旦帰宅し、ドレスアップして卒業プロムが開催される。

 これは卒業生達のお別れのパーティーで、レティ達在校生は参加をしない。



「 何だよレティ、ブスだな 」

「 お兄様、うるさい 」

 卒業式が終わり生徒会のメンバーで集まっていた。

 泣き過ぎて顔がぐちゃぐちゃなレティであった。


「 アル……今日はお兄様と帰るわ 」

 そう言ってラウルにハグをする。


 だって……お兄様とも、もう一緒に帰れない……とまた号泣するレティに、ラウルは嬉しそうにそして寂しそうにレティの頭を撫でた。

 レティは朝にも、もうお兄様と一緒に登校する事は無いんだわ……と号泣していたのだった。


 ブラコンだと言われればそうなんであろう。

 レティはラウルもエドガーもレオナルドも小さい頃から大好きなのだから。



「 エドも…… レオも…… 」

 レティが2人にハグする。

 今日は特別だからな ……と、アルベルトはキリキリ我慢をする。


「 アルも…… 」

「 おいで…… 」

 アルベルトは花の手配ご苦労さんと言いながら 、レティを腕の中に入れ優しく涙を拭ってあげるのであった。





 ***





「 お兄様行ってらっしゃい 」

 レティと一緒に帰宅したラウルが、タキシードに着替えて卒業プロムに出かける。


「ああ、行ってくる 」

 手を上げたお兄様がカッコ良い。


 いや、お兄様は十分にカッコ良いわ。

 エドもレオも……

 彼女がいないのが不思議だわ……


 ううん……やっぱり嫌よ……皆に彼女が出来たら邪魔しちゃうかも知れないわ……

 ラウルだけで無くエドガーとレオナルドにもいつの間にか小姑が出来ていた。




 夜の帳が下りる頃に殿下が家に来て、私を見るなり抱き締めて来た。


「 ごめんレティ……」

 今日はクラスの女子全員とダンスを踊ったと言う。

 卒業する記念に踊って欲しいと言われたらしい。

 ずっと同じクラスだったから、ずっと一緒にいたから、迷惑も沢山かけたし、世話になった事もあるから断れ無かったと………


「まあ、もう私との約束を破ったの? 」

「 だから……ごめん……」

 殿下は私の肩に顔を埋めて来た。

 さらりと癖の無い金髪の髪が頬に触れる。


「 まさか……嫌々踊ったんじゃ無いんでしょね? 」

「 うん……いや……僕も彼女達と踊ってあげたかったんだ 」

「 じゃあ、良かったじゃない……楽しく踊れたんだから 」


 私の言葉に目を丸くして少し驚く殿下。

 こんな事で怒ると思っていたのかしら?


「 レティ……大好きだ 」

「 私も大好きよ 」

 殿下がギュウギュウ抱き締めてくる。


「 アル~早くしろ 」

 遠くから兄の声がする。


「 あっ! お兄様が呼んでるわ 」

 これからクラスの野郎達で飲みに行くらしい。


「 行ってらっしゃい」

「 行ってきます 」

 殿下はチュッと私の唇にキスをして、兄達が乗ってる馬車に戻って行った。


 私以外の女性と踊らないって宣言したものだから、私に謝りに来たのね。

 フフフ……可愛いわ……


 これで、少しは分かってくれたかしら?

 ダンスも1つのコミュニケーションの手段だと言う事を。

 何で公務として踊らされてるのかを分かってるのかしら?


 はあ……だけど……殿下から香る香水の匂いが半端無い。

 色んな香水が混ざりあっている。

 彼女達も、今夜は絶対に皇子様と踊るんだと気合いを入れて頑張っておめかししたのね。

 

 ちょっと皇子様と同じクラスである彼女達が羨ましくなったレティなのである。




 ***




 お兄様は朝方にベロンベロンで帰宅したらしい。

 勿論、私は夢の中にいたので朝に執事のトーマスに聞いたのだけれども……


「 お母様、お兄様が起きたらこれを飲ませて差し上げてね 」

 コップをテーブルの上に置く。

 これは二日酔いに効く薬で、こうなることを予想して昨日に作っておいたのだ。

 薬学研究員達にも評判になった苦いお薬なのだ。


 もしかして………殿下もベロンベロンに酔っ払ったのかしら?

 ウフフ……ベロンベロンな殿下も見てみたいかも。

 殿下にもこのお薬を届けられたら良いのだけれども……残念だわ。




 今日から私は1人で馬車に乗り学園に登校する。

 お兄様がいない馬車に泣きそうである。


 そう、皇子様も兄もエドガーもレオナルドもいない学園である。


 学園中が火が消えた様にしんみりとしていた。

 皆が淋しい思いをしていた。


 何時もよりも静かな学食で食事を終えて、何時もの様に生徒会室に行ってみた。

 自分達の私物はもう皆で片付けていたが、何だか皆がいる様な気がして……


 カラカラカラ……ドアを開けると……


 何と………

 ゴージャスな生徒会室が、すっかり元の生徒会室に戻っていた。


 1年前に見た、長テーブルに椅子と言う生徒会室に……

 あのゴージャスな生徒会室はやっぱり皇子様仕様だったのね。

 影……仕事が早い。


 可笑しくて笑ってしまった。

 そして……笑いながら……淋しくて涙が出て来た。


 彼達が居ない生活に慣れるのには、まだ暫く時間が掛かりそうです。







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これで第2章のレティが16歳でアルベルトの18歳の話は終わりになります。


第3章は17歳のレティと19歳のアルベルトの話になります。

アルベルトが学生で無くなった事で、彼の成長する姿も書けたら良いなと思っております。


この後は本編で書きたかった事や、書けずに置いてきた話を閑話として少し書いて行く予定です。


これからもレティとアルベルトを宜しくお願いします。


読んで頂き有り難うございます。

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