第226話 最初で最後の制服デート

 


 料理クラブが終わり……

 扉を開けると殿下がいる。

 そんな日々も今日でお仕舞いだ。


 今学年の料理クラブは今日で終了し、後は学年末試験を待つばかりである。


 そして……

 それが終ると殿下達の卒業式。

 いよいよお別れの時が来る。





「 お帰り、レティ 」

「 ただいまです 」


 何時の頃からだろう……

 お帰り、ただいまの挨拶をしだしたのは……


 ドアを開けると殿下がいる事が嬉しくて

 殿下の1つ1つにドキドキして……


「 今日でお仕舞いだね 」


 差し出された手をそっと繋いだ。

 恋人繋ぎはドキドキするけれども普通に手を繋ぐ方が好きかも……


 殿下を見上げると

 なあにとばかりに眉を上げて聞いてくる。

 何だか胸がいっぱいで言葉にならない……



 少し春めいた並木道を、2人で名残を惜しむ様にゆっくりと歩く。


 すると……

「 僕が初めてここに来た時には、もうレティの事を好きになっていたんだと思う 」

 殿下は繋いでいる手をギュッと握り締める。


「 レティ、大好きだよ……僕はこんなにも君を好きだ 」


 この惜しみ無い私への愛が、ともすれば挫けそうになる私を支えてくれている。

 私を好きになってくれて有り難う。

 私を好きでいてくれて有り難う……


「 私もアルが……大好き 」

 素直に好きと言える様になった事が何より嬉しい。



 そんな2人で歩く最後の並木道はあっと言う間に終わり、待機していた馬車まで到着した。


 婚約してからはレティはラウルの待っている公爵家の馬車では無く、皇太子殿下専用馬車で公爵邸まで送って貰っている。

 少しでも一緒にいたいと言うアルベルトのいじらしい申し出だった。



「 レティ、デートしよう 」

「 えっ? 何時? 」

「 今日、これから放課後デートだ 」

「 じゃあ、急いで着替えてこなくっちゃ 」

「 いや、このままで……街へ出て制服デートしよう 」


 えっ!?

「 制服デート……? 」

「 嫌か? 」

「 でも……バレちゃう……それに……殿下が街を歩いたら民衆に囲まれちゃうわ 」

「 デートの邪魔をするなと命令するよ 」

 そう言って、いいからいいからと言って私を馬車に乗せた。


 そもそもこの皇太子殿下専用馬車がどうかと思う。

 乗ってますよと知らせているようなもんじゃないの?

 いや……乗ってますよと知らせてるのか……


 皇太子殿下専用馬車は皇族の紋章が入っている真っ白で一際大きくゴージャスな馬車である。

 皇太子妃でさえも皇太子が同乗しなければ乗れないと言う、皇太子殿下専用馬車である。



 でも……この場合はまずいんじゃ無い?

 もうドキドキしてきた。

 それに私はシークレットで……

 目と目の間が離れてる顔で……

 不安そうな顔をしていたら


「 じゃあ止める? 制服デート…… 」

 意地悪な顔をして聞いてくる殿下が憎たらしい。

 うう……どうしたら……

 殿下が学園を卒業したら出来ないのだ……制服デート。

 どんなに悔やんでも……


「 止めない……制服デートします 」

 もうこうなったら覚悟を決める!


「 じゃあ、何処へ行く? 」

「 スィーツ店 」

「 さっき、料理クラブで食べて来たんじゃないのか? 」

 呆れる様に言う殿下に

「 スィーツなら無制限で食べれるわ 」

 いつか、スィーツの大食い大会に参加したいと思っている。

 自分の実力に挑戦してみたいのだ。


 そんな話をしていると……

 馬車が静かに止まった。


「 覚悟は良いかい? 」

「 ええ! もう、見られて見られて見られまくってやるわ! 」

「 アハハハハ……それでこそレティだ 」

 

 馬車の扉が開いて皇子様が馬車から下りた。

 馬車だけで誰が乗ってるのかが分かるもんだから、もうキャアキャアと大騒ぎになっている。



 学園でも皇子様の一挙手一投足にキャアキャア騒がれてるが……

 街の騒ぎは桁違いだった。

 そこには皇族に慣れていない老若男女がいるのだから。


「 レティ、おいで 」

「 おう!」

 自然と気合いが入る。

 殿下はクックと笑いながら私に手を差し出し、殿下に手を添えながら馬車から下りた。


 先程のキャアキャア言う声は無くなり、ざわめきに変わった

 見られてる……

 視線が突き刺さって来る……

 こ……これは……婚約式よりも遥かに緊張する。


 殿下と手を繋ぎ歩く。

 見なさい……ほら、ワタクシが皇太子殿下の婚約者ザマスよ。

 ごらんなさい……噂と違い、目と目の間は離れて無いでしょ?



 すると……

 ─皇太子様はまだ学園の生徒だったんだ。

 ─皇子様の学生服姿……素敵……

 ─皇太子殿下の制服姿は始めて見るわ。


 そんな声が聞こえてきた。

 そうか……

 殿下は学生服で街をうろうろしないもんね。

 ウフフ……制服姿の殿下………格好良いでしょ?


 あーっ!!

 豚が出てるーっ!!

 あかーん!

 私は殿下の前に回り込みマフラーに手を掛ける。

 すると殿下は、私がマフラーを組み直す事を嬉しそうにして、前屈みになる。


 キャアーーっと言う声が爆発した。


「 レティ……こんな街中で大胆だね…… 」

 殿下が耳元で囁いた。

 なっ!?……私の顔が赤くなってるに違いない。

 殿下を見ると、ウィンクをしながらチュッと口を尖らした。

 そんな綺麗な顔で何をするんだ?

 またまたキャアーっと大騒ぎになる。


 しかし……有難い事に、私達に近寄って来る事も無く皆は遠巻きに見ているだけだった。

 勿論、殿下の護衛騎士は最初は何時もの2人だったが、今は凄く沢山周りにいて警備をしていた。



「 殿下……何処のスィーツ店に行くんですか? 」

「 さあ? スィーツ店は全然知らないからレティにお任せするよ 」

「 ええ!? 自国よりローランド国の方が詳しいってどうなのよ? 」

「 まあ……色々と……もっとレティとデートしなきゃ駄目だな ……ハハハ 」


 何? ハハハって……

 怪しい……

 ローランド国ではやっぱり彼女がいて街でデートしたんだわ。

 ………まあ、良いけどね。

 これだけ格好良いんだから……仕方無い。



 私の行き付けの店。

 学園帰りにマリアンヌとユリベラ達と寄り道して入る店がある。

 ベージュのベレー帽に同じベージュで襟元に赤いチェックの可愛い制服を着た、赤い髪のイケメンのシェフがいる店である。


 勿論、イケメンシェフもスタッフも店内にいた客も大層驚いた。

 しかし……ここには学園の生徒達が多くいて、二人が現れた瞬間はキャアキャアとピンクの声をあげるが、直ぐに皆が自分達の楽しいお喋りを取り戻していた。


 見慣れると言う事は有難い。



 奥に目をやると、誰がオーダーを取りに行くかでスタッフのお姉さん達が争っていたが、シェフ直々にオーダーを取りに来た。


「 これはこれは皇太子殿下、ようこそわが店にお越しくださいました……本日は誠に…… 」

「 いい、構うな!今は婚約者とデート中だ 」

 殿下は手をさっと上げ、これ以上の口上は必要ないと制した。


 ここでイケメンシェフは初めて私に気が付いた様だ。


「 えっ!? 君が皇太子殿下の婚約者? 」

「 はい、実はそうなんです……ホホホ 」

 そりゃあ、何時も友達とキャアキャア言って食べに来ている客が、皇太子殿下の婚約者なんだから驚くのは仕方無い。


「 そうかぁ……君だったのか……目と目の間が離れているなんて、何でそんな噂が流れたんだろうね? 」(←噂の元凶がここにいる)


「 また、お友達と来ますので、宜しくね 」

 何なら大食い大会を開いて下さいまし……

 2人でニコニコと笑いあっていたら


「 俺は、コーヒーだ! 」

 殿下が不機嫌そうにメニュー表をパチンとたたみながら言った。

「 じゃあ、私はアップルパイと、紅茶 」

 ここのフルーツのパイはどの果物でも本当に美味しくて、私達は季節のフルーツパイを完全制覇していたのである。


 店のスタッフ達は今度は誰が運ぶかで大揉めをしている。

 しかし、やはりイケメンのシェフがトレーに乗せて持ってきた。


「 はい、甘い物が苦手な皇太子殿下に、あまり甘くない杏子パイです 」

 これはサービスですと言って何時ものウィンクをした。

 先程の破壊力のある皇子様のウィンクを見たら……カスみたいなウィンクだった。



 殿下は別に甘い物が苦手では無い。

 カッコつけてコーヒーにしてるだけだと思う。

 私は殿下を見て、ウフフと口を押さえてニヤリとした。


「 何だよ? 」

「 何でもない 」

「 悪そうな顔をしてるぞ 」

 そう言って私の頬をグニっと摘まんだ………ら、学園の生徒達がキャアキャアピンクの声を上げた。




 結局……

 店の前には凄い人だかりとなり、このままじゃ怪我人が出るかも知れないと考えて制服デートは早々に切り上げ、騎士達に囲まれながら逃げる様にして皇太子殿下専用馬車に乗り込んだ。



「 ……レティ、ごめん……もっと楽しめると思っていたのに 」

 デートがいまいちに終わった事が申し訳なさそうに、殿下は耳を垂れ子犬みたいにシュンとしていた。


「 あのね……私、制服デートをするのが夢だったの 」

「 ……… 」

「 夢を叶えてくれて有り難う 」

 嬉しそうに言うレティがとても愛おしい。


 実は今日ラウルから、制服デートが1度も出来なかったとレティが嘆いていたと聞かされて、急遽制服デートを決行したのだっだ。


 こんな中途半端なデートでもこんなに喜んでくれるのなら、民衆の目なんか気にせずにもっともっとレティと制服デートすれば良かった。

 普通の恋人同士みたいにしてあげれば良かった……


 アルベルトはレティに我慢をさせてる事に胸が痛んだ。



「 今度はお互いに変装して行きましょうか? 」

「 ああ……それも良いな…… 」


 そうだよ、レティ……もっともっとデートしよう。



 学園を卒業すると、今までみたいに会えなくなるのは分かっている。 

 アルベルトは皇太子としての本格的な公務が始まるのである。





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