第225話 卒業試合

 



 4年生は最後の騎士クラブとなった。


 この部活最後の日は、2、3年生が4年生の先輩達と卒業試合をする事が伝統であった。

 1年生はまだまだ未熟であるが故に見学する事になる。


 2、3年生が4年生を指名して最後の口上を述べてから試合をするのである。


 泣きながら縁ある先輩と試合をする。

 勿論、一番指名が多かったのは3年、4年と部長をしたエドガーだった。


「 部長! 憧れてました! 将来、騎士団に入団する部長の後を絶対に追い掛けます! 」

 もう、号泣である。

 試合にならない程に号泣である。

 いや、実際に泣き崩れて大号泣し、そのまま肩を抱かれて退場した輩もいた。



 4年生には女子部員のエレナ先輩がいる。

 レティは、その先輩に試合を申し込んだ。


 レティが入部した時には4年生と3年生に1人ずつ女生徒がいたが、去年4年生の先輩が卒業したので、エレナ先輩とレティの2人だけになってしまったのであった。

 彼女が卒業したら女子部員はレティ1人になるのが淋しい所である。


 彼女は3度目の人生でも先輩だった。

 だけど3度目の人生ではそれ程親しくはなかった。

 彼女は無口で取っ付きにくく、レティも友達の必要性を感じずに生きていたから、挨拶程度のただの先輩後輩の関係だった。


 だけど……

 今の人生ではレティは友達が必要だった。

 クラスで、料理クラブで、語学クラブで……

 どんどん友達が出来る事を何より嬉しく感じていた。

 だからこの人生では彼女に積極的に話し掛け、仲良くなりたいと思って行動していたのだった。


 そして何が違うって……

 騎士クラブに殿下が来てると言う事である。

 それが彼女にどんな影響を与えていたのかは分からないが、彼女はレティによくしてくれたのであった。



 3度目の人生での彼女の卒業後は騎士の道には進まなかった。

 だけど……

 今、彼女は騎士の道に進むと言う。

 皇太子殿下を守りたいのだと言った。

 そして将来の皇太子妃であるレティを守りたいとも……


 レティが騎士クラブに入部した事でエレナの未来をも変えてしまったのである。

 騎士団には女性騎士が少ない。

 だからエレナは余計に騎士になる必要性を感じたのであった。


 レティのエレナとの試合も、涙、涙の試合だった。


 

 エレナが騎士へ進むと言う選択は男子部員達も同じだった。


 騎士クラブには庶民棟の生徒達もいる。

 彼等が騎士の道に進む事は並大抵の事では無く、余程の手柄を立てなければ昇進は出来ない。

 しかし、この太平の世の中で手柄なんぞは立てる術も無かった。

 だから多くの部員は騎士の道には進まずに街の自警団に入る事を選択していた。


 しかし……

 今、守るべき皇太子殿下がすぐ側にいる状況なのである。

 そして彼等の目指す皇宮騎士団の騎士達も殿下と共に来ていてる状況で、その憧れる気持ちが倍増していた。

 騎士達の護衛任務の様を目の当たりにして、彼等にやる気スイッチが入ってしまったのだった。


 エドガーと同じく、4年生全員が騎士養成学校に入校する予定である。




 そしてその後も試合が続き、レティ達弓兵(予定)の31名は、何と、皇太子殿下を指名した。


 大体、皇太子殿下はレティがいるから来てるだけで、正式な部員なのかどうかも定かでは無いのである。

 だけど……

 レティを含む32名は、皇太子殿下が直接指導してくれた愛弟子であった。


「 殿下! 僕達は殿下よりも強くなり、何時の日か必ずやお守りします! 」

 俺も、僕も……と、皆が涙した。


 アルベルトは感動した。

 こんなくすぐったい様な……何とも言えない気持ちになる事は初めてだった。



 そして……

 1対32の戦いをする事になった。


「 全員まとめて掛かって来い! 」


 アルベルトは木剣を構える。

 皆がかかって行く……

 アルベルトの強さは半端無かった。

 速い……

 アルベルトの木剣の動きが速すぎて見えない程で、32名の相手をしても息さえ乱れる事は無かった。


 毎朝騎士団の早朝練習に参加し、真剣を使っての訓練は伊達では無い。

 学園を卒業したら、本格的に騎士団の訓練にも参加する事になるだろう。




 皆が次々と倒されて、あっと言う間にレティだけとなった。

 そう、レティはどさくさに紛れてちゃっかり2度の試合に出ていたのであった。


 皇太子殿下と婚約者の公爵令嬢のスペシャルなカードだ。


「 殿下! 私に付き添い、親切なご指導を有り難うございました! 」

 レティが口上を述べるとワッと歓声が上がった。


 レティは真剣だった。

 皇太子殿下と手合わせ出来るなんて夢にも思わなかったのである。

 レティは騎士だ。


 木剣を構える手が震える……

「くっ……」オーラが凄くて打ち込めない……

 アルベルトは左手に木剣を持ち替えた。


「 レティ!来い! 」

 やーっ!とレティが木剣を振りかざす。

 足を後ろにずらすだけの動きで素早くかわす。


 かわされたレティは振り向き様に、腹に斬り込む。

 しかし、またもや足をずらすだけでかわされる。

 何度も何度も斬り込むが、彼の木剣にすら当たらない。


 足だ!

 足を払え!

 エドガーが叫んだ。


 足を払うと見せ掛けて腹を狙った……が空を切った。

 すかさず斬り込むと、木剣を叩き落とされた。


 全然駄目だ。

 アーチャーになったから剣が上達しなかったんだわ……


「 参りました 」

「 良い手合わせだった 」


 殿下を見たら涙が溢れて来た。

 この方を守る為に、来る日も来る日も訓練したのに…

 一太刀も当たらなかった。

 こんなんじゃ守れない……


 へなへなと座ったレティをアルベルトが手を添えて立ち上がらせ、そっと抱き寄せ彼女の頭を優しく撫でた。


「 怪我はしなかったか? 」

 レティはコクリと頷き、アルベルトは泣き続ける彼女の涙を拭った。



 その時

「 このお2人が、我々が命を賭してお守りする方達だ 」

 エドガーがそう言って、胸に手を当て片膝をついた。


 すると……

 皆が一斉に片膝を付き胸に手を当て騎士の敬礼をした。

 アルベルトの護衛騎士達も片膝を付く。


 肩を寄せ立ち並ぶ2人を前にして、ここにいる全員が片膝を付いて頭を垂れると言う圧巻の光景だった。



 皇太子殿下とその婚約者である公爵令嬢。

 アルベルトはやがてシルフィード帝国第16代の皇帝となるその人である。



 これが皇太子妃になると言う事であった。

 アルベルトに抱き寄せられたレティは、この光景を生涯忘れる事はなかった。


 感動して涙が次から次に溢れて止まらなかった。










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