第194話 皇宮の長い一日
「 やっちゃったね 」
「 やっちゃったわ 」
「 この後(あと)どうしようか? 」
唇を外し、額をコツンと合わせながら二人はクスクスと笑う。
「 二人で逃げる? 」
「 逃げよっか? 」
頷きあった二人は……両陛下にお辞儀をし、踵を返して、手を繋ぎ、歩いてきた青い絨毯の上を駆け出した。
アルベルトに手を引かれ、レティはドレスの裾を持ちながら走る。
走る……
まるで……
悪戯が見付かり、逃げて行く子供の様な若い二人に、場内からは、微笑ましいと笑いが出たり、素敵だと溜め息を付いたり……中には顔をしかめたり……
そして、この国の大臣や議員達は、これは案外世継ぎの知らせも遠くないかもと、ひそひそと楽しげに話していた。
走ってくる二人にスタッフが慌てて扉を開ける。
扉の外に出て、扉がバタンと閉まると、視線が会うままに、自然とチュッとキスをし、二人で笑った……
「 皆、驚いてたわ 」
「 驚いてたね 」
二人は、悪戯が成功したかの様な爽快な気分になっていた。
アルベルトはこの後、両陛下と共に帝国民からの参賀を受ける為にバルコニーに立つのである。
アルベルトから一緒に出ようと言われたが、レティはまだ皇族では無いと言い、バルコニーに出るのは無理だと断ったのであった。
顔出しNGの事もあるが、それよりも、あんなに大勢の帝国民の前で、手を振ると言う行為をするのは、まだまだハードルが高かったのである。
生まれつきの皇族でも無いレティには、人の上に立つ者の覚悟も、矜持も備わってはいない。
それを備えさせる事が、やがて始まるお妃教育をする必要性の、最も重要な事なのだろう。
しかし……
元々、躊躇無く弱い者を助ける事が出来るレティは、本当の意味では、上に立つ者として相応しい女性(ひと)であると言う事は言うまでも無い。
アルベルトと分かれ、レティは控え室に入る。
夜には舞踏会があるが、それまでは少し時間があった。
部屋にはマーサがいた。
気が緩み、フーっと溜め息を付く。
出してくれたお茶で一息付き、外して貰ったティアラを入っていたケースに戻し、暫く眺めながら考えていた。
ティアラの意味は母ローズから聞いていた。
「 まだ、皇太子妃になってもいないのに……畏れ多い事だわ 」
すると
ラッパの音が鳴り響き、大歓声が聞こえてきた。
凄い歓声だ。
今頃……殿下は……手を……
昨夜はあまり眠れなく、朝早く起きて支度をしていたこともあり、すっかり疲れてしまったレティは、ソファーでトロトロと眠ってしまっていた。
***
寝てる……
可愛い……
帝国民からの参賀を終え、アルベルトはレティのいる控え室に戻って来た。
侍女がレティを起こそうとしたが
「 いいよ、そのままにしておいて…… 」
そう言って、レティが起きたら呼ぶから、食事の用意をしておくようにと言い、侍女達を下がらせた。
肘掛けに突っ伏して寝ていた為、ドレスが邪魔で寝にくいだろうと、アルベルトはレティの横に座り、レティの頭を肩に寄せた。
レティは起きずにスヤスヤと寝息を立てている。
婚約式でのキスはアルベルトの考えてた事だった。
自国だけでは無く、各国使者にインパクトを与えようと思っていたのである。
レティには拒否されると思い、キスをする事は伝えてはいなかった。
しかし……
まさか手を回してくるとは……
何時もは、人前でキスをするのを嫌がるレティだから( ←それが普通である )、最悪、泣き出してしまうかも知れないと思っていたが……
あれで余計に印象付けた事は間違いない。
明日にはニュースになるだろう。
彼女の、度胸の良さと言うか……
引きの強さと言うか……
何をもってしても驚かされるものがある。
これがまだ16歳の少女なんだから……
そんな彼女を好きにならずにはいられないのである。
これが結婚式なら良かったのに……
ずっと一緒にいられる……
いつの間にかアルベルトも眠っていた。
ノックをしても返事が無いと言われ、様子を見に来た皇太子宮の侍女長モニカは、頭を寄せ合い眠る微笑ましい二人に、胸が熱くなるのであった。
***
気が付くと、誰かの肩に凭れていた。
「 疲れちゃった? 」
「 ………… 」
「 レティ? 」
顔を上げると目の前に殿下がいる……
ぼんやりして、ここが何処だかよく分からない。
「 ここは皇宮だよ 」
「 あっ!……私……寝ちゃってた……舞踏会は? 」
凭れてご免なさいと、慌てて殿下から離れる。
「 まだ、時間はあるよ……それよりお腹空いたでしょ? 」
「 うん……ちょっとお腹空いたかも…… 」
殿下はクスリと笑って、侍女を呼び、軽食を持って来るように言う。
「 凄い歓声が聞こえたわ 」
「 うん……婚約おめでとうって……皆が祝福してくれたよ 」
嬉しそうに言うアルベルト。
良かった……お祝いしてくれてるんだわ……
3度の人生では、自分が辛かった事もあり、皆がどう思っているのかが一番気掛かりであったのだ。
勿論、自分と同じ様に辛い思いをしてる女性(ひと)達は大勢いるのだろう……
すると、直ぐに食事が運ばれて来た。
「 レティは疲れているみたいだから、僕が食べさせてあげる 」
どれが欲しい?と、嬉しそうに言う殿下に、じゃあこれ!と言うと、フォークに刺し、口元に運んでくれる。
「 美味しい? 」
「 うん、美味しい……じゃあ……次は殿下…… 」
「 名前! 」
「 あっ、次はアルね 」
そう言いながら、殿下の口に運ぶと、嬉しそうにパクっと食べる。
可愛い……
これは病み付きになるわ。
ローランド国のジェラードのお店で発見して以来、レティは食べさせて貰うよりも、アルベルトに食べさせたいとウズウズしていたのである。
そうして……
疲れも吹っ飛ぶ楽しい時間を過ごし、舞踏会の時間が近付いた。
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