第174話 悪夢




辺境の地に、魔獣ガーゴイルが現れたと一報が入った。

空を飛ぶ魔獣には矢が効果的だと、弓騎兵部隊も召集され、一昼夜馬で駆けて、皇太子殿下率いる皇宮騎士団が現地に到着した。


夜明けと共に

辺りが暗くなる程に大群のガーゴイルが現れた。

圧倒的な数の多さに、もはや絶望感しか無かった。



弓騎兵隊班長グレイが先頭に立ち、9名の弓騎兵隊が最前線に並んだ。

皇太子殿下の「 討伐開始! 」の清んだ声に、僅か10騎の弓騎兵達が何百ものガーゴイルに向かって駆けて行く。


後ろには白馬に乗った皇太子殿下を守る様に、弓兵30名が弓を構えて控え、その周りを剣を抜いた騎士達が待機している。



10名の弓騎兵達が、縦横無尽に駆け回り弓を射続けた。

次々に墜ちて行くガーゴイル……

指から血が噴き出しても射続ける弓騎兵達。


私は矢が無くなりかけ、補充の為に弓兵隊のいる場所まで戻ると、突如横からガーゴイルが現れ、皇太子殿下に襲いかかった。

弓が間に合わない!

私は矢を手に持ち、ガーゴイルの目を直接突き刺した。

暴れたガーゴイルに馬ごと飛ばされ、地面に頭を打ち付け絶命した。



しかし……

その続きを夢に見る……


矢で墜とした筈のガーゴイルが再び舞い上がり、何百ものガーゴイルが再び空を覆い尽くし、次々に矢が無くなった弓騎兵達を薙ぎ倒して行く……

剣を抜き、1人闘うグレイ班長もやがて血まみれで倒れた。


そして……ガーゴイルの大群は主君を襲う。

綺麗なアイスブルーの瞳はくりぬかれ、キラキラ光るブロンドの髪は血に染まり、胸から血を吹き出しながら横たわる私の最愛の人……皇太子殿下………


そこで、泣き叫びながら目が覚めるのだった。



これは夢なのだ。

3度目の人生にも続きは無い筈だ。

1度目の人生にも2度目の人生にも続きは無かったのだ。

現実は……

ループして4度目の人生を歩んでいるのだから……

いくらそう言い聞かせても悪夢を見続け、眠れない夜を過ごしていたのである。






***






帰宅して昼食も済ませた後

私は父や殿下にローランド国への留学の話を聞いて欲しいと言って、皆に話しをした。


他国で一番困った事は、馬車であった。

私は女性1人でも馬車に乗れる様に、乗合馬車を皇都に走らせて欲しいと要請した。

そうすれば平民達も気軽に乗れるし、貴族の馬車も軽減出来る。

馬車の数が減ると事故も減ると思ったからだ。


お兄様が

「 なる程ね、乗合馬車は良いアイデアだ、俺も気軽に街に行って遊べる…… 」

「 そうでしょ? 馬車が街の同じ道を巡回すれば、待っていたら馬車に乗れるのよ 」

「 それで、好きな場所で降りる……いいね! 」

殿下も目をキラキラ輝かせた。


馬に負担がかかるなら、錬金術師に風の魔力で軽く走らせる様にする事が出来ないのだろうか?とも提案した。

途中から、父がメモをし出した。

これは案外いけるかも……

何しろ私は、自分の家の馬車が無い生活で、心底不自由な思いをしたのである。



そして……

自警団では無く、帝国が管理する治安部隊を設置し、小さな駐在所を数多く作る事が、犯罪の抑止力にもなるのでは?

……と言ってみた。

1人で街を歩いていたら何度も声を掛けられ、危ない目にあったと言うと……

「 レティ、その話しは後から二人でじっくりしようね 」

……と、殿下が怪訝な顔をして言った。


し、しまった……余計な事を言っちゃったわ……

1人で行くなと言われていたのに……


やはり父はメモを取ってくれていた。



次に、王立図書館で本を読むと、シルフィード帝国で知らなかった事を知る事が出来たと言うと、

殿下が

「 王立図書館は他国の者は入館出来ないのに、何故入館出来たんだ? 」

「 そこは……色々とありまして……」

「 その色々を聞きたいね 」

「 あの……ウィリアム王子様がね、私を泣かしたお詫びにと……」

「 えっ!? 」

皆が身を乗り出した。


「 王子の前で泣いたの? 」

殿下が私の横に座り、手を握って来た。

「 殿下は………王女様と……結婚するから、私は側室になるしかないと…… 」

「 余計な事を……分かった……もう、言わなくて良いよ 」

殿下が私の頭を撫でた。


「 その件に関しては、私はレティに謝らないとならないね 」

殿下の意向も聞かずに、レティに伝えてしまったと、父が私に頭を下げた。


お兄様が何気にニヤニヤして、殿下は頬を掻き、気まずそうな顔をしていた……



そして、爺ちゃん達と王立図書館に行った時に調べた医療の話や、魔獣の話をした。



魔獣の話をし始めた時には……

私は涙がボロボロと溢れた。


そうなのだ。

ガーゴイルは聖なる矢でしか殺せないのである。

あの時

私達が血を流しながら射た矢は無駄だったのだ。

情報開示しあって知っていれば……

いや、知っていても備えていなければ何にもならないのだ。


皆は、泣き出した私にオロオロとしている。

殿下が抱き締めてくれた……


悪夢に出てくる、殿下の終末……

私は殿下にしがみついて泣きじゃくった。


無力な戦いをした3回目の人生が哀れだった。

グレイ班長に伝えたかった……

一緒に戦った弓兵達に伝えたかった……


殿下が優しくなだめる様に私の顔を覗き込んで来る度に

私は殿下にしがみつき声をあげて泣いた。



「 よっと…… これで抱き付きやすくなったよ 」

殿下は、殿下にくっついて泣き止まない私を、殿下の膝の上に横抱きに乗せた。

どう? ………と、眉を下げ、よしよしと私をあやす様に言う殿下に、また涙がブワッと出て来て、殿下の首に手を回し泣いた。



殿下の死に……

守れなかった皇太子殿下の死に……

無力だった自分達に……涙が止まらなかった。

殿下の腕の中で、泣き疲れて眠るまで泣き続けたのだった。

まるで幼子の様に……


殿下の胸の中で安心したのかも知れない。

殿下に、ただの夢だと言って欲しかったのかも知れない。

泣きじゃくる私……

殿下はずっと優しく私の背中や頬を撫でてくれていた。



その日

私は何日かぶりにぐっすりと眠る事が出来た。








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