第120話 殿下の白馬





「レティ、馬に乗って少し駆けよう 」



殿下に手を引かれて馬立てまで行くと、殿下の白馬が居た………




殿下は………

デートを楽しみにしてくれていたのね。

私は………

このデートは自分の目的の為に誘ったデートだったのに………

ごめんなさい………

罪悪感で胸がチクリと傷んだ。






「 良い子だね、ライナ 」

殿下が白馬の顔を撫でて優しくキスをした。

すると、白馬と目があった。

彼女は勝ち誇った様な目を私に向けてきた………


あら………何か、挑戦的だわね………



「 ライナ、今日はレティも乗せるよ、意地悪をしちゃ駄目だよ 」


「 えっ?!、殿下、私は馬に乗れますよ 」

いや、寧ろ、1人で馬に乗りたい。

久しぶりに馬に乗れると思うと、ワクワクしてきた。



「 そのスカートでは乗れないよ 」

殿下が片眉を下げながら言った。


「 あっ………」

今日の私はワンピースにカーディガン姿で、ワンピースの丈は膝下までしか無かった。

これで馬に跨がれば、足が見え、風でスカートが翻ってしまうだろう。



「 おいで、レティ 」

アルベルトがレティの方に手を伸ばす。



アルベルトの手を借りて馬に跨がり、横座りに座り直して、スカートの裾を巻き込んだ。

アルベルトも馬に跨がり、レティの後ろから手綱を取った。



馬が嫌そうにしたが

「 ライナ、駄目だよ、俺の大切な人なんだからね、ちゃんと乗せて……… 」

皇子様の命令は絶対らしい。

馬が急に静かになって出発の合図を待っている。




馬に2人乗りをするのは初めてだった………

近い………

近いどころか、殿下の腕に抱き抱えられている。



殿下はコホンと咳を一つし

「 行くよ 」

………と、手綱を引き、馬が歩き出した。

パカパカパカ………



何度も殿下には抱き締められてはいたが………

改めて見ると………

殿下は細身ではあるが、毎朝騎士団との訓練を欠かさない事から、腕も胸も筋肉質で………かなり逞しい………



キャア………どうしよう……

私は今まで、この逞しい腕に抱き締められていたのか………

意識したら

ドキドキした胸の鼓動が更に高鳴る。




馬が少し加速した。

パカッパカッパカッ………


「 しっかり掴まって……… 」

手綱を持ったアルベルトの両腕が、レティの腰を強く締めた………

レティの手は、アルベルトの腕を掴んだ。




殿下もドキドキしている………

春の風が二人の熱を冷ます様に心地好かった。




すると、何かが馬の前を横切ったのか、馬が嘶きと共に前足を上げたので、馬から落ちそうになった。



「 キャア~………」

レティは咄嗟にアルベルトの首に両手を回し、しがみついた。


「 どう、どう………ライナ、大丈夫だ……」

馬が落ち着くのを待って

レティが目を開け上を見上げたら、二人がキスをする寸前の位置にお互いの顔があった………



咄嗟に、空を見上げたアルベルトは、耳まで赤い………

俯き、両手で顔を隠すレティの身体からは火が出そうだった……



殿下の首に手を回すなんて………

何て大胆な………

は………恥ずかしい………



お互いに黙ったままで

再び馬を走らせて、湖に着いた。


この湖の周りを進むと………深い森がある。

そこに、皇族専用の狩り場があるのだった。





アルベルトが先に下り、両手を伸ばしレティの身体を抱え、馬から下ろした……

まだ、お互いに顔が赤かった。



「 わぁぁ……綺麗………」


春の暖かな光で湖の湖面がキラキラと輝いていた……





「 レティ、返事はまだ貰えない? 」

アルベルトがポツリと言った。


固まるレティに……

「 僕の事を好きか、大好きかのどちらなのかを聞かせて貰おうか? 」


レティは………ブッと吹いた。

「 何? その選択肢…… 」


アルベルトが尻尾をフリフリしながら、レティの手を握りしめ、返事を待っている………



どうしょう………

返事が出来ない………したくない………




その時………

「 キャアーっ!! 」

レティは後ろに仰け反った。



馬におもいっきり髪を引っ張られたのだった。

正確には、後頭部に付けている、アルベルトからプレゼントされた髪留めごと馬に咥えられ、髪を引っ張られた。


慌てて、アルベルトがレティの腕を引っ張り、倒れない様に腰を支えた。


「 ライナっ!駄目じゃないか! 」

アルベルトが、馬を叱る……



馬が焼きもちを焼いたのだった………



しかし………

レティの髪も、アルベルトから貰った髪留めも、馬のヨダレでベタベタになり、

アルベルトがハンカチを取り出し、ゴシゴシと拭いてくれた。




私は馬にお礼を言った………

馬………グッジョブ!



馬の目がキラリと光った……

大丈夫、安心して………貴女の大切な人を取ったりしないわ……

これからも、ずっと殿下をお守りしてね。

小さい声でそう言いながら、馬を撫でると、馬は優しく私に頬擦りをしてきた。

私達は仲良くなった。



殿下が、何で急に仲良くなったんだと不思議がっていた。

私は馬が大好きなんだから、そこに彼女の嫉妬が無ければ仲良くなるのは当たり前なのである。





湖で、二人で石切対決をした。

レティは、前回、皇宮の池で石切をした時と同じ5回が最高だったが、アルベルトは10回から12回は軽くいけた。


魔力を込めたらどうなるのかと、ワクワクしたが………

そんな事をしたら、魚が感電死したら大変だと渋々諦めた。

殿下の魔力を見たかったな………




帰りには

二人の密着している熱と、離れがたくなっていた………


離れたく無いな………


殿下も同じ気持ちだったらしく

公爵邸まで、このまま馬で送ると言ってきた………




いや、待てよ………

我が国の白馬は、皇帝陛下と皇太子殿下だけが騎乗出来る特別な馬なのである。



このまま2人で皇都を走るわけにはいかない。

皇太子殿下と一緒に乗ってるのは誰だ?

………と、街の噂になるのは勘弁して貰いたい。



白馬に乗ってるのが公爵令嬢だと知られれば、

その後に起こる残酷な結末になった時に

もう、私は皇都には住めないかも知れない………

駄目駄目と頭を振った。


夕方になり

寒くなって来たから馬車で帰りたいと殿下に言った。



離したくないな………

アルベルトは、馬の手綱を握り締めながら、そっとレティの頭にキスをした。

愛しくて愛しくてたまらなかった………





「 レティ、楽しかったね、また来よう 」

殿下は私を馬から下ろしながら、私の耳元で甘く囁いた………



もう、この人は………

どうしてこうも私のドキドキする事ばかりするのかと………

赤面しながら睨み付けた。


殿下が眉を上げ、ニヤリとしながら

私の髪を一救いし、口付けをした。



「 また、ライナに焼きもちを焼かれちゃうわよ 」

私は、頭を押さえながら、プイっと横を向き

殿下はクックッと笑いながら、ライナの手綱を馬立てに結んだ。





でも、多分………

もう、殿下とは来ることは無いだろうな……

………と、夕陽を見つめながら思った。








私はその夜、夢を見た。


牧場で殿下と馬と遊んでいたら

湖の奥の狩場の森から

殿下の腕に王女が指を絡め、二人が歩いて来たのだ。


私の側にいた優しい殿下は、いつの間にか居なくなっていた。



そして………

その二人から断罪されている………


ごめんなさい

ごめんなさい………と土下座をし、謝り続ける私………



「 私を騙したのか? 」

………と、冷たく言う殿下………




私は泣きながら目を覚ました。


あんなに優しい殿下が………

あんなに冷たい顔と、声で………

私は暫く涙が止まらなかった………




これは………

正夢になるかも知れない。

皇族や王族と、ただの貴族との身分の差を思い知らされた夢でもあった。


私はやはり相応しく無いのだ………




殿下………

掛かった費用は、必ず出世払いでお返ししますから……… と、私は固く誓ったのだった。





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