第90話 初雪
熱も完全に下がり、心身のリハビリも兼ねて、牧場にいる私の子馬のショコラに会いに来ていた。
日中は陽の光が暖かく、小春日和だった。
牧場の柵越しに母馬と戯れるショコラを楽しげに見ていた。
弱っちい………
全てを、3度目の人生である、騎士で20歳の私基準で行動するから駄目なんだわ。
この身体は、まだ何の訓練もしていない15歳のただの公爵令嬢なのよね………
身体と心のバランスが取れない………
結局、皆に迷惑を掛けちゃったわ。
だけど、体力だけは継続してやり続けるしかない。
やっぱり、あの禁じ手を出すしか無いか………
本当は駄目なんだろうけど………
今度、エドに言ってみよう。
弓矢の強化は殿下の力で何とかなりそう。
権力なんて言葉は大嫌いだけど、どうにも抗えない時は、殿下がいてくれたら心強い。
何せ、我が国の皇太子殿下なんだから………
これからは大いに利用させて貰う事にしよう。
「 何か、悪そうな事を考えてる顔だな 」
「ギャッ!、急に声を掛けないでよ!」
心臓に悪い………
と言いながら見ると………
殿下がいた…………
殿下は何がおかしいのかクックッと笑っていた。
「 殿下………どうしてここに? 」
「 ここは僕が経営してる牧場だよ、私的にね 」
「 経営? 」
「 そう、皇族だけど、税金だけで暮らしてるわけじゃ無いからね 」
衝撃の事実に驚愕する。
「父上も母上も、私的にちゃんと収入があるしね 」
殿下のお父様とお母様と言う事は………
皇帝陛下と皇后陛下………
おお………
経済力のある皇族一家だったのか………
「 だから、レティへのプレゼントも僕の私的のお金からだよ、安心してね 」
殿下は私の髪留めを見てニヤリと笑った。
コートを着てるから外からは見えないけれども、クリスマスプレゼントのネックレスもちゃんと着けている。
税金でこんな高いものを買いやがって………
………と、思っていた事を心の中で、謝罪した。
「 だからたまに視察に来るんだけど、レティがいてビックリしたよ、今日はラッキーだった 」
殿下が嬉しそうに笑った。
「 体調はどう? 」
殿下が私の手を取り、近くのベンチまで連れて行って、二人で座る。
「 もう、絶好調よ、今日は良い天気だからリハビリも兼ねて、私の馬を見に来たの 」
「 絶好調なんだ 」
殿下はクスクス笑う。
「 レティの馬はどれ? じゃあレティは僕のお客さんだね 、お買い上げ有り難う 」
殿下が、おどけながらペコリと頭を下げた。
皇子様が商売してるなんて………
私はクスクス笑いながら
チョコレート色の馬を指差し、名前はショコラだと話す。
二人でするこんなたわいもない会話が楽しい。
だけど………ある思いが心に棘を刺す。
殿下は自分の経営する牧場を見せたくて、あの日、王女をここに案内したんだわ…………
(実は狩りの後、王女から街へのデートにしつこく誘われていて、行きたくないので時間を潰そうと、わざわざ遠回りをしてここに寄っただけ)
腕を組んだ二人の姿が目に浮かぶ。
そして
アルベルトも、グレイを見た時のレティを思い出していた。
あの時の、グレイを愛おしそうに見るレティの姿が焼き付いて離れない。
二人にとっては
ここは良い思い出の地では無かった………
ベンチに二人で座り、お互いに手袋をしたままだが、手はずっと繋いだままでいた。
だけど…………
黙ったまま悲しい気持ちが流れて行く………
「 あっ、雪 」
空を見上げると雪がチラチラと降ってきた。
「 初雪ね 」
「 ………… 」
二人で空を見上げる…………
「 恋人同士が初雪の中でキスをすると、永遠に結ばれるんですって」
「 ……………… 」
暫し沈黙が流れる………
あっ、しまった…………
不味い事を言っちゃった………
生汗が出る………
「 レティ………僕達の事? 」
殿下のスイッチが入る。
熱く潤んだ瞳で見つめてくる………
うわぁ~えらいこっちゃ~
「 私達はまだ恋人では無いわ 」
「 まだ? 」
「 あっ、また、熱が出て来たかも……… 」
「 絶好調なんでしょ? 」
殿下はクックッと笑いながら抱き締めて来た。
「 大丈夫、キスはしないよ、まだ 」
「 まだ? 」
「 えっ?! 今、する? 」
殿下の、アイスブルーの瞳の、綺麗過ぎる顔が近付いて来る。
ギャーっと仰け反る。
「 何か、傷つくなあ………」
殿下は笑いながら腕を解いた。
「 さあ、帰ろう、いくら絶好調でも風邪引いちゃうからね 」
殿下は私の手を引いて歩き出した。
「………で、その初雪の話は何処で聞いたの? 」
「 魔法使いと拷問部屋 3 の本に書いてあったわ 」
ぶっっ!
殿下は吹き出し、笑いだした。
「 また、その本……… 」
初雪が降る中
青い空の下、キラキラと輝く雪
ブロンドの髪の、背の高い紺色のコートを着た青年の横には、青年の肩までも無い、亜麻色の髪の赤いコートを着た小さな少女がいた。
牧場の小道を、二人が手を繋ぎ、時には顔を見合せ、笑いながら楽しげに歩いて行く。
まるで1枚の絵の様だと、護衛騎士達や使用人達が目を細めながら見つめていた。
二人の悲しい思い出の地が
楽しい思い出の地に塗り替えられて行った………
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