第97話 お嬢様は譲らない②
モッカは覚悟を決めていた。
年商数兆円ともいわれるヒトメモーターのご令嬢。
幼少期より英才教育を受け、世話人が常に付き添い、金で人を動かすことを教え込まれてきた。
それは、創業者である比留億真(ヒトメオクマ)の一人娘故の運命。
モッカは、それに抗わなかった。
婿を迎え入れ、比留家を存続させる為の道具として育てられていると分かっていても尚、その道を選んだ。
お金は絶対的な存在。
地位は何も裏切らない。
権力は己の存在意義。
父親の期待に応える為、母親を安心させる為、自分の意思は押し殺し、金と権力を守る。
それが幸せになれる絶対的な真理、揺ぎ無い信念。
だからモッカは躊躇無く宣言する。
「ハレオさんは今日から私の所有物です」
その堂々たる態度に、一同唖然とし、しばらくの沈黙が続いた。
「いやいや、お嬢ちゃん、所有物ってハレちゃんは物じゃないのよ?」
年長者であるユウが口を開き、呆れ顔をモッカに向けた。
「それに、あなた、そんなお人形さんみたいな顔して、どう見ても未成年じゃないの、おとなしくお家へ帰りなさい」
「わたくしは現在15歳、もうすぐ高校生、立派な大人です」
「15……年上……」
小柄で長髪、ユウの言葉通り、人形の様な容姿、自分と同じくらいの背丈のモッカに、トウカは対抗心を覚える。
「高校生は、まだ子供です。そこのお梅ちゃんも高校生なんでしょ?もしかしてセバス……いやお松ちゃんも?」
「うむ」
ユウの問いに、低姿勢で答えるお松。ここに居る理由が一番薄い故、なるべくことを荒立てぬように振る舞う。
「女の子を連れ込むのは、ハレちゃんが男としての本能に目覚めた喜ばしいことではあるのだけど、節操無さ過ぎは見過ごせないわね、すぐに帰ってもらいなさい」
「……ユウさん、節操とか本能とか意味は分からないけど。流石にこんな恰好で外に放っておくのはどうかと思うから、とりあえず着替えだけでもさせてあげようよ」
「……それもそうね、じゃあタクシー手配しておくから着替え終わったら教えて」
バトルでボロボロになったお松とお梅の服を見て、ユウは我に返る。
「タクシーなど不要です。なんならリムジンをご用意しますので、皆さんが出て行かれては?」
話の主導権を握ることは、権力者の嗜み。モッカは引き下がらない。
「可愛い顔してるくせに可愛くないわね。ここはハレちゃんの家でしょ、ハレちゃんが出て行けと言ったら、それに従わなくちゃ。高校生が大人って言うのなら、それくらい分かるでしょ?ねぇハレちゃん」
「……いや、ユウさん、モッカとは色々あってさ、お梅さんとお松さんはともかく、モッカはもしかするとしばらく家に……なんというかモッカのお父さんからも頼まれてて」
「父親公認?馬鹿げてるわ、ハレちゃんの保護者として抗議します。連絡先を教えなさい」
その毅然とした態度。出会った際の最悪な印象は、味方に付けると、これほど心強いものなのかと感心するトウカ、スミレ、ボタンの3人。
「ハレオさんの家なんですよね?ハレオさんが良いと言っているのですから、何も問題ないのでは?」
「モッカお嬢様の言う通りです。そもそも客人である我々を玄関先で足止めするなど失礼千万」
「お嬢、命令をくれれば、こいつらすぐにでもヤっちゃうアルけど?」
モッカに迎合するお松とお梅は懐の武器に手をかける。
「ちょっと皆、そんな喧嘩腰にならないで、話し合おうよ、俺だけじゃ解決できそうにないから連れてきたんだ。頼むから落ち着いてくれ」
それはハレオの本心だった。
威厳を漂わせるモッカの父親からの頼みでもあるし、モッカに対する好意も否定できない、だがやはり、これ以上この家に人を住まわせる、しかも全員女。
それが何を意味するか、ハレオ自身も薄々気付き不安を覚えていた。だからユウやトウカ、スミレとボタンに力を借りたかった。
「お兄ちゃんっ、お兄ちゃんがそんな優柔不断だから、こんなことになってるんじゃないの?」
「そうよハレオくん、私も絶対に反対だからね」
「ハレオ、ここはキッパリと断るべきだと思うわ」
「多数決で決まりね、なんなら玄関で着替えてもらいましょう」
「なんて失礼な人達なんでしょうか、ハレオさんの教育に良くないと思います。ハレオさん、すぐにこの方々に出て行ってもらいましょう」
「お嬢様、ハレオどの、お手伝い致します」
「多数決って言うのなら、ハレオきゅんと合わせて、こっちも4人アルよ」
「ちょっと、ハレちゃんはこっち側でしょ」
「……い、いや、俺は……」
「お兄ちゃんっ」
「ハレオくんっ」
「ハレオっ」
「ハレオさん」
「ハレオどの」
「ハレオきゅん」
「あの……」
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