第95話 忍者が恋なんてするわけない⑭

 「ちょっと待ってください。モッカを頼んだってどういうことですか?」

 ハレオは、捨て台詞の様に重要な言葉を残し高級車に戻ろうとするモッカの父親を呼び止めた。


 「ダテオさんの息子とは言え、娘を無下に扱ったら承知せんからな」

 「で、ですから……」

 「モッカよ」

 「はい、お父様」

 人の話聞かないったらありゃしない、とハレオは肩を落とす。


 「嘘を付いたことは謝らない、見破れなかったお前の落ち度だからな」

 「は、はい」

 「そして、これは次の試練だ。比留家の今後に関わる重大な任務だ。心して聞け」

 「はいっお父様」

 モッカは父親の声に背筋を伸ばし、両手を腹部にあて聞き入る。

 こわばるモッカにモッカ父は、他の人に聞こえない声量で呟いた。

 「ハレオを落として見せよ、さすれば、世界はお前の意のままだ」

 「せ、世界……」

 世界なんて欲してはいなかったが、その父親の気迫と勢いに、謎の使命感を覚えたモッカは

 「必ずや世界を比留家のものに」

 と、ゆっくりと頭を下げた。

 「帰る場所は用意しておく、ゆえに青春を謳歌せぇい、ガハハハハハハ」

 モッカを連れて帰るつもりで来たモッカ父だった。しかし、ハレオの瞳に魅せられ、ハレオの父ダテオの面影を感じ取る。

 それは己の娘でさえ任せられると思わせるほどの何か、ダテオを知る者ならば首を横に振らない理由があった。


 「セバスチャンよ」

 次にモッカ父は、帰り際、なかばクビを宣告したセバスチャンに耳打ちする。

 「はい」

 セバスチャンもまた、全身を強張らせ直立する。

 「モッカの護衛はイエライシャンに任せた、お前はハレオ君の護衛に回れ」

 「は、ハレオどののですか?」

 「拒否権は無い」

 「も、もちろんでございます。しかし、なぜ……」

 「ダテオさんの能力、ハレオ君が受け継いでいるのならば、これからが大変だろう。しっかり守ってやれ。そうすればお前の未来も安泰だ」

 「……わ、わかりました」

 セバスチャンは納得しなかった。しなかったが、ハレオの護衛にあたれればモッカと離れずに済む、なにより職を失わなくて済むことに安堵した。

 「ただし護衛だと悟られるなよ」

 「御意」

 セバスチャンの応えに頷き、ゆっくりと高級車に向かうモッカ父。 


 「あ、あのう……」


 ブロロロロロロロ~。

 ハレオは最後まで無視され、立ち尽くす。

 

 「なかなか癖のある父親アルな、だけど嫌いじゃないアル、お松……いやセバスチャンもこれからよろしくなアル」

 イエライシャンは、新たな職、しかも好待遇をGETできて機嫌がいい。

 「ふん、気安く呼ぶなよ、お梅」

 「……聞いてたアルよ、お嬢様にもハレオにも内緒の任務、バレたらまたクビにされるアルね」

 「くっ貴様」

 「貴様じゃないアル、イエライシャンと呼ぶアル、ここは休戦協定を結んだ方がお互いの為なんじゃないアルか?」

 「……わかったよ、イ、イエライシャン……これでいいか」

 「ふふふ、顔が赤いアルよセバスチャン」

 「なっ、貴様」

 「にゃはは、きゃーモッカお嬢様ークビになったセバスチャンがなんか怒ってますー」

 ご機嫌はイエライシャンはモッカの背中に逃げ込んだ。


 「お梅、お松、ちょっと落ち着いて下さい。ハレオさんが目のやり場に困ってますよ」

 モッカの言う通り、ハレオは戦いで破れしまった衣服から零れ落ちそうな2人の柔肌を直視できずに、自分を置いてどんどん話が進んでいることにどうすることもできず下を向いたままだった。

 「モッカお嬢様、私はお松では」

 「私もお梅はイヤアル」

 「いいえ、今日からは2人とも本名で呼びます」

 「「ええーーなんでーー」」

 「なんででもです」

 モッカも本当の理由には気付いていない、これは彼女の女としての本能から来るもの、目立った名前はハレオの気を引いてしまうかもしれない、ただでさえ自分よりも発達した恵体を持つお松とお梅に嫉妬していることに気付き始めたモッカの小さな抵抗。


 「さぁハレオさん、お家に帰りましょうか」

 「あ、あのう……」

 「ハレオどの、諦めなされ」

 「ハレオきゅん、お世話になるアル」

 「……と、とりあえず、みんな風邪ひくから、タクシー呼んで、一回落ち着いて話し合おうか」

 

 ハレオはタクシーの中で頭の中を整理する。

 モッカの父親にモッカを任せると言われたこと。

 そのモッカの護衛を頼まれたお梅も一緒に任せられたということ。

 比留家の破産が嘘だったから憐れむ必要も無いし、気になる女性と同じ屋根の下で暮らすという心の準備が整っていないことから、この2人は、もう一度モッカの父親と話をして引き取ってもらおうと決心する。

 もう1人、モッカの護衛をクビになったのに一緒に付いてくるお松のことが、どうしても納得いかなくて、何度もお松の顔を確認するが「よろしくなっ」と、清々しい笑顔でクナイをチラつかせながら返してくるから溜め息で返すことしかできない。

 無職になった女の子を放置してはおけないことは確かだが、一時的とはいえ一気に3人の女性を自宅に連れ込むのは流石にどうかと思うハレオ。


 ここは家に居る4人に相談して助けてもらおう。皆の力、知恵を借りれば……。そう思うと少し気が楽になったハレオ。

 待っているのは修羅場だけということに気付かずに……。

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