第56話 ネット遠足は終わらない④

 「我、欲する、厳酷なる地維より出づる生命の息吹を。我、問う、我が手に添えられた供物への移管を。我が冀求こそ全て、我が冀望こそ起源、今此処に撥弦せよ、セラフィックヒールッ」

 どこからともなく響いたその声の後、淡い光がトウカのアバターを包み、赤く点滅していた体力ゲージが5分の1程回復し、緑に変わった。


 「これは回復弾、初期装備だけど助かったわ、でも一体誰が」

 ゲームだから別に体力ゲージがミリになっても普通に動けてはいたが、ハレオの悲壮感たっぷりのボイチャに乗っかって動けないフリをしていたトウカ、辺りを見回し再び剣を握る。


 「我、欲する、厳酷なる地維より出づる生命の息吹を。我、問う、我が手に添えられた供物への移管を。我が冀求こそ全て、我が冀望こそ起源、今此処に撥弦せよ、セラフィックヒールッ」

 再び聞こえた言葉と光で、トウカの体力は半分近く回復。


 「ちょっとスミレちゃん、回復弾撃つだけなのに、そんなセリフ必要?」

 「なに言ってるのよボタンちゃん、これはBL転生ボーイジャー魔法学校の有名な魔法詠唱セリフよ、こういうのは雰囲気が大事なの」

 「魔法って言ってるけど、その手に持ってる武器、完全に銃じゃん近代兵器じゃん、まぁ弾を当てて体力回復させる時点で意味不明だけど」

 スミレの胸の大きな女のアバターと、ボタンの小人女のアバターが、ハレオの方へ近付く。


 「スミレさん、ボタンさん、来てくれたのですね」

 「その可愛らしいアバターは、スミレとボタンか助かったよ、でもどうして助けに?」

 スミレとボタンのアバターは、決めポーズのエモートを駆使してハレオのアバターの正面に立った。ハレオに可愛らしいと言われたことが嬉しいらしい。


 「“トウカー”って、VRヘッドセット越し、いや、あんなに離れた部屋からでも聞こえるくらいの叫び声だもん、ピンチだって分かるよ」

 「……すまん、あまりにもゲーム画面がリアルなもんだから、つい没入してしまった」

 「あはは、ハレオくんらしいね」

 スミレの声に、ハレオのアバターは微動だにしなかった。だがボタンには、聞こえてくるハレオの声色から、照れて頭を掻いている様子が手に取るように分かった。


 「スミレさんとボタンさんは、もうレベル上がったんですね」

 「私のジョブは遠隔得意なガンナーだからね、低レベル帯なら余裕だわ。盾ジョブのボタンちゃんとの相性もバッチシだったし」

 「スミレちゃん、私を囮にして後ろから撃ってるだけなんだもん」

 「流石ですね2人とも」

 「トウカちゃん、いえトウカ師匠のアドバイスのお陰ですよ」

 「このまま私ら2人は援護に回るから、ちゃちゃっとレベル上げちゃってよ」

 「助かるよ」

 ハレオは、再び剣を握ると、背中を向けてモンスターに切りかかった。


 「トウカちゃん、ハレオくん、なんか元気そうだね」

 「はい、脈ありです。レベルが上がったらトレインの巻き添えを回避する為に、あの丘まで行きましょう、そうすればモンスター群のターゲットも切れるハズです」

 「了解です師匠、さぁガンガン撃つわよ~ガンナーだけにねっ」

 「ボタンちゃん、はり切るのはいいけどギャグ寒いし、あと私たちがモンスター倒しちゃったらハレオくんに経験値入らないからね」

 「し、知ってるし、援護するし」

 

 メンター達により、次々に送り込まれるモンスターは、このゲームを初めてプレイする生徒のアバターを蹂躙していった。


 後に【血の遠足】と呼ばれることになるネット遠足は、こうして始まったのである。

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