第35話 男の子は男の娘らない⑤

 「まず、大前提として、日本において同性婚は認められていない、なぜか?性別が同じ2人は結婚できないことが、法律で定められているからだ、つまり、この国にホモの居場所は無い」

 「今回のテーマは同性愛であって同性婚ではない、法律で同性婚が認められていなくても、同性カップルを証明し宣誓を受け付けるパートナーシップ制度を取り入れている自治体は多い、そして同性結婚を認める国は30近い、遅れているのは日本だ」

 「ホモを禁止している国は30を超えていることも忘れるなよ」

 「ホモという呼び方は止めろ、差別だぞ」


 W高の人気授業「グループディスカッション」生徒がテーマを決め、生徒が自ら指揮し、是非を問う、ルールも無く、答えも無い、ただ、熱い討論という戦いは人の闘争本能を掻き立てる。


 それが、誰かの心を蝕んでいることも忘れるくらいに。


 「差別?ホモセクシャルを略しているだけだが?こういう場合、差別と定義する奴の方が差別的だろうよ」

 「関係の無いテーマを提示しないで欲しいのですけど」

 インテリメガネの照男による挑発的な発言は、ハレオを含めた賛成派の神経を逆撫でする。


 「では、BLと呼ぼうか?ボーイズラブ、流行っているのだろう、滑稽な呼び名だ」

 「馬鹿にするのもいい加減にしろよ、BLは作品の総称であって、同性愛の人達を指す言葉じゃない」

 「趣味嗜好の問題だろう、この際、呼び方などどうでもいい」

 「ふざけるな、性の不一致は趣味で片付けられる問題じゃない」

 身を乗り出し照男に掴み掛る寸前のハレオ。

 「じゃあ、今からLGBTと呼びましょう、金田先輩、それでいいですよね」

 スミレは、ハレオの袖を掴み発言した。

 「いいですね~流石は南志見さん、素晴らしい、では皆さん、今後はLGBTで統一をお願いします」

 スミレと会話ができた金田は上機嫌で指揮を執った。


 「でもさーオレLGBTの人なんてテレビでしか見たことないんだけど」

 「だよねー身近に居ないから良く分かんないよ」

 「タレント性重視の見世物だよな」

 「一過性のものだとも言うし」

 「性同一性障害とかいう病名もついてるよね」

 「性癖だろ、年齢重ねれば、そのうち気が付くでしょ」


 「LGBTが病気だなんて、他の国に笑われちゃうよ」

 「自分らしさ、個性だとも言うよね」

 「性って生まれながらのものだし、変えられないよね」

 「そうそう、自分そのものだって、今時、男らしさとか女らしさってのもNGだって」

 「身近に居ないとか言ってる奴って、自分のことしか考えてないですって認めてて笑える」

 「そうだよね、当事者が言えないだけ、そういう懐疑的な人達が言えない雰囲気をつくっちゃってるだけだよね」

 反対派、賛成派、両方の意見が飛び交い、誰が発言しても問題ない雰囲気が作り出された。


 「同性愛は、異性愛の様な打算的ではない、純愛だとも感じます」

 そして、その様々な意見に触発され、噤んでいた人物が口を開いた。


 「そもそもLGBTとは、レズ、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーといわれる性的少数者の総称です。同性愛がテーマのこの議論には不向きだと思います。これに限らず男女どちらにも恋愛感情を抱かない人や、自分で決められない、分からない人もいて悩み苦しんでいるそうです。自分の性をどのように認識しているか、身体の性と心の性が一致している人が普通の人なら、一致せず違和感を持った人は普通じゃない人なのでしょうか、僕はそうは思いません、自分がどういった人間なのか理解している分、幸せだと思います」

 ハレオは、ナリヤスの肩に手を乗せ、よくやった、よく言ったと頷いた。

 ナリヤスは、場の空気に馴染み、己を解放させて行く。


 「誰かも言っていた様に、偏見に苦しみ、言いたくても言えない人が多いそうです。統計では日本でのLGBTの割合は人口の8%~から10%、つまり10~13人に一人は性の不一致を感じているそうです。さらに割合が高い国も存在します、おそらく、割合が高くなるにつれ言い易い環境の国という認識が生まれるのでしょう。世代によっても変化しているそうです」


 パチパチパチパチ。

 「素晴らしい意見ですね」

 金田が、ここぞとばかりに手を叩きながらナリヤスに近付いた。

 「遠何成泰くん、とても良い主張でしたよ、詳しいのですね~もしかして誰か知り合いにLGBTの方が?」

 「止めろっ」

 白々しく語りかける金田に違和感を感じたハレオは、ナリヤスと金田の間に割って入った。


 「大丈夫だよ、ハレくん」

 だが、ナリヤスは、そんなハレオを押し退けて前に出る。


 「僕は、トランスジェンダーです」


 LGBTの当事者がカミングアウトする事、それがどれだけの勇気を必要とするか。それは自殺未遂まで至ったナリヤス本人が一番知っていた。

 新たに始まった高校生活が、また音を立てて崩れてしまうかもしれない、新たな友達など望めない、それどころかまたイジメに遭うかもしれない、それでもナリヤスは打ち明けた。


 「僕の身体は男だけど、心は女です」

 

 この議論の場の空気が、そのカミングアウトを引き起こしたのかもしれないし、ハレオやボタン、スミレの存在が背中を押したのかもしれない。

 

 「僕は女になります。お金を貯めて治療を受けます。出来る事ならば手術も受けたいと思っています」

 ナリヤスは、もう自分を偽るのを止めた。

 

 金田は、ナリヤスのその告白に歓喜した。

 思惑では、ナリヤスを庇うハレオが、同性愛のテーマの賛成者として奮起し、ナリヤスとの関係を匂わせ、追い込み、認めさせるつもりだった。

 

 だが、ナリヤスは自分から打ち明けた。

 「それは、それは、ということは、晴間くんとは、そういう関係ということですかね」

 それは、その文言を付け加えるだけで、ハレオに同性愛者のレッテルを貼ることが容易に出来るということだった。


 「いや、ハレくんとは、そんな関係では……」


 キャンパス内が騒めき出し、全ての視線がナリヤスとハレオに向けられた。

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