第2話 幼馴染は気が付かない②

 一週間後。


 ピンポーン。


 ハレオの住む六畳一間の安アパートのチャイムが鳴る。

 学校から帰宅し、夕飯の支度を始めていたハレオは、エプロン姿でドアスコープを覗き、チャイムを鳴らした人物を確認すると、ドアの鍵を開けた。


 「どうしたのこんな時間に」

 「こんな時間って、まだ17時前だよハレオくん」

 ハレオの通う高校の制服をしっかりと着込み、鞄を後ろ手に持ち、屈託のない笑顔でそう答えた彼女の名は、長名牡丹(オサナ・ボタン)

 ハレオとは、幼稚園からの知り合い、いわゆる幼馴染。


 「上がってもいい?」

 最初の上目遣いから、ハレオのエプロン姿を含み笑いしながら見つめるボタン。

 「別にいいけど、人のエプロン見て笑うんじゃないよ、ウサギか?この胸ポケットのウサギが可笑しいのか?」

 「えーほんとに上がっちゃって良いの?一人暮らしの男の子の家に、こんな可愛い女の子入れちゃって、ホントにいいの?」

 悪戯顔のボタンは、そう言いながら、ずかずかと家の中に入って行く。

 ハレオの家に入るのに了承など必要ない、幼馴染の2人はそういう間柄だった。

 中学時代から一人暮らし同然のハレオの家は、恰好の遊び場。男女としてではなく、なんの気兼ねも無い気の合う友達。そういう間柄。


 「あのな、自分の事を自分で可愛いとか他の奴の前で言うなよ、嫌われるぞ」

 「他の人の前でなんか言わないよ、ハレオくんの前だけ……」

 そう言ったボタンは、顔を少し赤らめ俯いた。

 それを見たハレオは違和感を覚える(なんか雰囲気変わったな、どうしたんだろボタンの奴)

 

 実際問題、ボタンが変わっていたのは、その雰囲気だけではなかった。

 それは明らかな成長、小学校高学年から伸ばし始めた髪はポニーテールが良く似合う赤髪、リップを塗った唇は潤い、大きな瞳は少しの化粧でその魅力を増し、短めのスカートから見える生足は、透き通るほど白い。

 そして、一番成長していたのは、目のやり場に困るほどの胸。

 しかし、ハレオは気が付かない、物心付いた時から自分の周りに居た綺麗なお姉さん達、父親が築いたハーレムで育ったが故の鈍感さ、男として致命的な欠点だった。


 「はぁ~お腹空いた~今日の晩御飯何?」

 「お前のは無いぞ、自分家で食べろよ」

 有り余る胸を強調し、ねだるボタン、ハレオは照れもせず背中を向ける。


 「え~お父さんもお母さんも帰り遅いんだもん、それまで持たないヨ、おなかすいたー」

 ボタンは両親と3人家族、お世辞にも裕福とは言えず、両親は共働きで忙しく働いている。


 「ちっ、しょうがないな、少し時間かかるかもしれないが待ってろ」

 ハレオはそう言うと、真新しい料理本を手に取る。普段はネット上でレシピを拾うのだが、宝くじが当たったのだから、これくらいは……と購入した。


 「流石、料理の達人ハレオさん、娯楽を捨て家事を極めし者、そんな料理本まで購入して本気ですな」

 「娯楽、捨ててないのですけど?家事は極めたいけど」

 「どれどれ見せてー私、リクエストしたいー」

 「やめろ、ボタンのリクエストは聞かん、俺が食べたい物を作るんだ」

 「何よケチー見せてくれたっていいでしょー、あー私これがいい、これ食べたいー」

 「止めろ、引っ張るなよ」

 「やだーみせてー」

 ボタンは、プッタネスカのページを頑なに離さず、食べたい食べたいとごねる。

 プッタネスカのページには、アンチョビ、オリーブ、ケッパー、唐辛子等の辛味を利かせた材料を用いたパスタが載っていた。

 料理を紹介する一言コメント欄には「イタリア語で【娼婦風の】意味があり、料理名の由来には【刺激的な味わいが娼婦を思わせるパスタ】説や【娼婦同様たまに味わえば美味だが、毎日のように食べれば飽きるパスタ】説など様々あり、刺激的なイタリア料理が楽しめます」と記載されていた。


 「あっ」

 ビリリッ。

 「きゃっ」


 プッタネスカのページが破れた拍子に、ボタンは足を滑らせ体勢を崩してしまう。

 それを見たハレオは、透かさずボタンのうなじに右腕を回す。

 「うっ重っ」

 だが、高校生になり胸の容量も増えたボタンの支える事は叶わず、2人はゆっくりと倒れ込んでしまう。


 「……」

 2人の間に沈黙が走った。


 理由は、ただ一つ、うなじに腕を回したまま倒れた所為だ。

 ハレオは右肘を突き、両膝でボタンを挟む様にボタンに覆い被さっている。

 倒れたボタンは、スカートが少し捲れ、緩めていた制服から胸元が少し見えた。


 2人の顔の距離は、あまりにも近く、目を逸らす事も許されない。


 ボタンの頬は、段々に赤らみ、息も荒くなる。


 長い沈黙に思えた一瞬の時間、先に動いたのはボタンだった。

 荒くなった自分の吐息がハレオに触れる事を恥ずかしんだボタンは、顔を横に向けた。向けた場所にはハレオの腕、高校生になり程良い筋肉の付いたハレオの上腕二頭筋にボタンの唇が触れる、その刹那、ボタンの鼓動は激しさを増し、ついには、その言葉の羅列を導き出してしまう。


 「いいよ……ハレオくんになら、わたし、食べられてもいい」

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