四_089 痛まぬ癒し手



「僕は誰も殺したくなんかないんだぁ!」


 叫びながら、血飛沫を上げて。


「って、やっぱおもしれぇってお前さぁ」


 ヤマトの言葉を繰り返してげらげらと笑う。


「きっちり腹座ってるくせに、殺すつもりでよ。滅茶苦茶だぜお前」

「うるさい!」


 茶化されたヤマトが怒鳴り返した。

 言われたくないだろう。こんな滅茶苦茶な男には。


「怒んなよ、褒めてんだろっ!」

「うぎぃぃ」


 相変わらずわけのわからない自身の理屈を並べながら、光弾を放つ治癒術士を踏み込んで切り裂いた。



 凶刃を振るう狂人ミドオム。

 唐突に現れて、治癒術士にその刃を向ける。

 この男の行動指針がアスカには全く理解できない。


「助けてやんよ」


 信じられるか、そんな言葉を。


「仕事だからな」


 そうだ。ミドオムは前にも仕事がどうとか言っていた。

 彼は教会に所属していて、だけれど治癒術士とは別の一派。

 だからアスカ達を助ける理由があるのかもしれない。



「ヤマト」

「わかってる!」


 問答している暇はない。

 少なくとも今は、数の多い治癒術士を減らしてくれるミドオムは利用できる。

 ミドオムにより混乱している治癒術士に、ヤマトが気を取り直して躍りかかった。


「はぁっ!」

「ひゃ」


 ヤマトの槍をかろうじて避けた治癒術士だったが、避けられる程度の速さにしている。


「ぶべぇっ!?」


 態勢が崩れた治癒術士の腹にヤマトの蹴りが深くめり込んだ。

 悶絶する。

 呼吸が出来なければ動けないのは治癒術士だって変わりはない。



『グァン!』


 グレイが吠えて、ヤマトを撃とうとした治癒術士トゥマカに迫る。


「魔獣などに」


 光弾の向かう先がグレイに変わるが、遅い。

 放たれた光弾の下を駆け抜けたグレイが、その爪でトゥマカを薙ぎ倒す。


「くひぃっ!」


 腹を斬り裂かれ転がるトゥマカ。

 仲間意識があるとも思えないが、他の治癒術士どもの光弾がグレイに集中した。

 さすがに数が多い。後ろに飛びずさるグレイと、代わりに前に出るアスカ。


「あんたらは!」


 時間がない。

 騒ぎを聞きつけて他の連中が集まってくる前に。


「邪魔なのよ!」



 殺したいわけではない。

 アスカもヤマトも、誰かを殺したいと思うわけではない。ミドオムと違って。

 だけど、そうしなければ生きられないのなら。


 森で獣を殺すのと同じ。

 そう思わなければ出来ない。


 そういう意味ではよかったのか。この治癒術士という敵は。

 同じ人間だなんて思わない。思えない。


 三つの光弾の軌跡の間を踊るように潜って、アスカの持つダガーが治癒術士の脇と腕を滑った。

 肉を切る感触。

 やはり、これが人間だと思ってしまうと気持ちが鈍る。


「邪魔をするから!」


 逆手で持ったもう一つのダガーを肩に突き刺した。


「くぎぃぃ」


 肉と、骨の感触。顔はわからなかったが女の悲鳴。

 不愉快だ。

 刃を抜くついでに蹴り飛ばした。



「ちゃあんと」

「が……は、ふ……」


 転がったその治癒術士に、さらに刃が突き立てられた。

 いつの間にかアスカの近くにいたミドオムの刃が、深々とその胸を貫く。


「仕留めてやんねえと」

「諦めて我らにその肉の素を委ねよ!」


 はっと飛び退いた。

 ミドオムとアスカ、ばらばらに跳んだ間を光弾が抜ける。


「……さっき、あんた」


 先ほどグレイに裂かれたはずのトゥマカだ。服は裂けたままだが、何事もなかったように動いている。



 治癒術を使ったのか。

 光弾の光に紛れて気付かなかったが。


 だとしても、傷を治す際の苦痛などはどうなっている。

 ヤマトは泣き喚いた。アスカがネフィサの痛みを肩代わりした時は寝込んでしまった。

 治癒術を受けて、即座に戦闘に復帰できるなど信じられない。


「こいつらは頭がイカれてるんだって」

「神の恩恵であるぞ」


 ミドオムが言うなとも思うし、トゥマカの言い分もまともに聞くに値しない。

 さっきから思っている。


「ヤマト! こいつら」

「怪我を怖れてない! 痛くないんだ!」


 痛覚がおかしい。

 鈍いのかないのか、あるいは痛みを別の感覚に捉えているのか。

 悲鳴はあげるけれど、痛みのあまりというより衝撃で漏れているだけのように聞こえた。


「痛みなど超越しておるのじゃ!」

「ってほら、頭おかしいだろ」

「あんたが言うな!」


 いい加減、我慢が出来ずに言ってしまった。


「俺はまともさ。ここじゃあよほどマシって奴だ」

「……」



 戯言に付き合っている場合ではない。

 フィフジャ達に向かった治癒術士の腕を、グレイが横から飛びついた深く噛み砕いた。


「うぇへっ」


 気味の悪い声を上げて逃げる治癒術士。逃げながらぼんやり傷を光らせて。


 脳内麻薬とか言うやつだろうか。

 あるいは、実際に怪しい効果の薬でも飲んでいるのかもしれない。

 傷が治る過程で、見えている口元が涎でも垂らしそうな喜びに歪む。

 本当に頭がおかしい。


 かなりの深手でも、自分で癒して戦列に復帰する。

 治癒術と知らなければ化け物と思ったかもしれない。ゾンビのような。

 ヤマトもアスカも治る時の苦痛を知っているから、その激痛を我慢できるとは思わなかったのだけれど。



 甘かった。

 ここにきてまだ甘かったと思い知る。

 殺さなくても、骨を砕き足を切り裂けば戦えなくなるだろうと。そういう考えも捨てきれなかった。


 人を殺す。

 獣と同じだとかそういう考えさえ捨てて、アスカも腹を決めた。

 守らなければならないのは自分と大切な家族の命なのだから。



「我らの悲願! 万変なる肉の素を!」

「知らないわよ!」


 何を求めているにしても、その為に犠牲になる理由はない。

 裂かれた腹帯をだらりと垂らした男、トゥマカの光弾を避けた。

 そして一気に距離を詰めようとしたところで、横からの光弾に邪魔をされる。


「ちっ!」


 舌打ちして斜めに下がった。背中にクックラ達を置いたら避けた光弾が当たるのだから。


「お前は僕が!」


 さらにアスカを狙おうとしていたトゥマカを、ヤマトが貫いた。

 貫いたようにアスカには見えたが、かろうじて躱している。

 が、構わずそのトゥマカを蹴り飛ばした。


「ぶふぅ」


 よろめくトゥマカに止めを思ったのだろうが、すぐさま他の治癒術士が短剣でヤマトに襲い掛かった。

 止めを諦めて短剣を持つ腕を跳ねのけ、続けて襲って来た治癒術士を槍の柄で殴り倒して。



「こうやるんだって、さぁ」


 よろめいていたトゥマカの胸を貫いた。

 ミドオムの剣が、胸から背中まで突き抜けて。


「っ!」


 手本を示す。

 まだ命を奪えないアスカ達に、人殺しとはこうやるのだと。


「ひ、ひ」

「これでまだ笑ってやが――?」

「いまひゃ!」


 胸を深く貫かれたトゥマカが、ミドオムの手を掴んで叫んだ。

 ミドオムでさえ虚を突かれた。


「ぶほっ! っく、そ!」


 左右から飛んできた光弾を避け、避け切れずに腹に食らう。


 魔術の光弾は石壁を削るほどの威力がある。

 石の塊でもぶつけられるような衝撃のはずだ。ミドオムの口から苦悶の呻きが漏れた。

 トゥマカの手を振り払い距離を空ける。だが膝が揺れる。



「化け物かっての」


 ふらつくミドオムに向かった光弾を、ヤマトが槍で叩き払った。

 愛用の槍は光弾の破壊力にも負けない。叩き払うヤマトの腕に衝撃は伝わっているはずだが、苦にした様子はない。


 ミドオムなど守ってやる必要があるのかと。

 ヤマトも咄嗟のことだ。今は味方なのだからつい体が動いてしまったのだろう。


「ふ、ひひぃ」

「……化け物じゃんか、ほんと」


 もう一度呟く。

 胸に刺さった剣を抜き、その傷が光と共に塞がっていくのを見て。



「有り得ない、でしょ……」


 いくらなんでも、心臓を貫かれてそれを癒せるなんて。

 苦痛を感じないとかそういうことではなく、人間の自己治癒能力の限界を超えているのではないか。


 アスカとクックラが協力すれば、他の誰かを治すことは不可能ではないかもしれない。

 ネフィサの深手を癒した時のように。

 熟練の治癒術士だからといって、そんなことが可能なわけが――


「万変の肉の……万能、の肉……」


 この世界の言葉でなんと呼ぶのか知らないが。

 万能幹細胞とか。


 先ほどアスカに対してそのようなことを言っていた。

 人体実験を繰り返して何を求めているのかと。


 かつて超魔導文明とやらは不老不死を求めたとか。

 寿命の限られた生き物の細胞分裂の回数には限度がある。

 コピーと増殖を繰り返すうちに摩耗して、老いていく。それが自然の理だ。だが万能の肉の素となるものがあるのなら。



「これぞ、長い歴史の中で我らに与えられた神の恩恵よ」


 息を飲んだアスカ達に気をよくしたのか、治癒術士どもの攻勢が止んだ。

 誇らしげに。


 素晴らしいだろうと、見せつける。

 他の誰かに対して、この研究成果を自慢する機会などないのだろうから。

 治癒術と、無限に分裂を繰り返しあらゆる組織に成り得る細胞。

 他にも要因はあるのだろうが。


「だがまだ足りぬ。ヘレムの肉片が」

「……」


 これでもまだ完成ではないと。

 ここまで研究を積み重ねる間に、いったいどれだけの人を犠牲にしてきたのか。倫理観も道徳心もなく、ただ己の欲求の為に。



 ――治癒術士。あいつらは腐っている。


 フィフジャはそう言っていた。


 ――こいつらは頭がイカれてるんだって。


 ミドオムも言っていた。

 彼らの言っていたことは正しい。


「お前たちは……」


 ヤマトの槍が僅かに震えた。

 気持ちが悪い。


「狂っているのね」


 やはりこれは人ではない。

 人の痛みを失い、目的の為にただ宝を探している亡者のようなもの。


 フィフジャは治癒術士の狂った実情を知っていて、船でケルハリが治癒術士だと知った時に強い嫌悪を示した。

 ケルハリはこの連中とは違うけれど、これが治癒術士というものだと認識していたのだから仕方がない。

 狂った亡者の一味が、フィフジャを追って来たのだと勘違いして。



「……不老不死の研究の為に、どれだけの命を犠牲にしてきたの?」

「神への道であるぞ」


 知ったことか、そんなこと。

 トゥマカの口元が厭らしく歪んだ。

 攻撃を食らったミドオムの息を整える為の間のつもりだったが、汚らわしい気配にアスカの呼吸が苦しくなる。


「さて、のう」

「どれほどかと言えば」

「いかほどかと」


 重ねて、彼らの哄笑が宵闇に響く。

 月明かりさえ歪むような気持の悪さ。


「数千の歴史、その証しが教母ゆえ」

「……?」


 奇妙に思ったのは、やけに治癒術士どもが落ち着いていること。

 先ほどまでの攻め手とは違い、妙にのんびりと。




「貴様ら、おとなしくしろ!」

「やぁれやれ……」


 闇を払うような凛とした声と、ミドオムの溜息交じりのぼやき。


「よくもこのような騒ぎを……」


 時間がかかれば警備が来るのも当然ではあるのだが。

 少し早かった。


「胸騒ぎがして見回りをしていれば……」


 潜入前に木陰に転がして置いた衛士二人と、それらを従えた青年。

 ムース・ヒースノウ。黄の樹園の衛士長。


 わざわざこのタイミングで胸騒ぎとは都合がいい。

 これも仕組まれていたのではないか。

 アスカはそう思ったが、ムースはここ連日寝つきが悪く見回りをしていたのだった。今日に限ったわけではない。



「ムースさん……」

「駄目だヤマト」


 足の苦痛が消えたはずはないのだが、フィフジャが進み出た。


「そいつは……駄目だ」

「おとなしくしろ、フィフジャ。お前たちも」

「そんなの聞けるわけないじゃん」


 ここで捕まったらどうなるのか。

 じりじりと距離を詰めてくる治癒術士どもに刃を向けながら、強行突破を考える。


「しゃあねえ、俺がそいつをやるからよ」


 へへっと笑うミドオムは、こんな状況を楽しむように前に出た。

 自分がムースの相手をするから、その間になんとか逃げろと。


 クックラがいるし、足を治癒したばかりのフィフジャもいる。

 暗がりでの無理な突破は避けたくて、先に道を切り開きたかったのだけれど。

 異常な回復力の治癒術士の為に時間がかかり、いらない強力な敵の護衛を呼び寄せてしまった。



「仕方が――」


「んぁっ!?」

『ヴァン!』


 建物を背に、入り口にクックラを匿いフィフジャが彼女を守っていて。

 だけれど、兄弟子ムースの出現にフィフジャが離れたから。


「クックラ!」

「しまった!」


 アスカが叫び、ヤマトが追う。

 出て来た建物に引き摺り込まれたクックラを。


「なぁ!?」

「なに!?」

「なんと?」


 ミドオムもムースも治癒術士までも、想定外の事態だと声を上げた。

 だが聞いている場合ではない。


『グァン! グルゥゥ……‼』


 グレイが外の敵を牽制するように唸るのを横に、クックラを追った。


「んっ! おねえ、ちゃんっ!」


 閉ざされていた正面の鉄の扉が口を開けて、クックラの声が飲み込まれていく。その奥へ。



  ◆   ◇   ◆


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