四_088 神々の斜陽



「あなたは世界を割ったのよ!」


 糾弾する。


「力があるからって許されることじゃない!」


 弾劾する。


「イスヴァラ!」

「ならばどうしろと言うのか!」


 世界中が、敵と味方とに分かれて戦う中で。

 彼はどうするべきだったのか。それはヘレムにもわからないけれど。


「凌霄橋の力を……こんな風に使っていいはずがない」


 元々、異質な力なのだ。

 生まれた世界で発見された限度のない力。高次元の力の活用。


 これはきっと努力により発見したのではない。

 向こう側から齎されたのだ。ヘレム達の生まれた世界に、それより上から。

 偶然ではなく何か意図があったとすれば、善意とは思えない。


 その力を生まれながらに活用できる者が生まれるようになり、隔離された。

 危険な子供たちを隔離したけれど、結局世界は滅び去り、ヘレム達は凌霄橋の力で別世界へと辿り着いた。


 翻弄されている。

 力に翻弄され、振り回されて。


 この世界に決定的な影響を与えないように制限してきたつもりだった。

 だけど開いた穴から水が溢れるように世界に異質な力が広まって、こんな終局を迎える。


 こんなことになるとは思わなかった。

 自分たちにとっては制御出来ている力だからと、ヘレムや他の仲間にも油断はあったのだと思う。

 誰でも手が付けられない事態になってから言うのだ。こんなことになると思わなかった。



「ノウスドムスが死んだのだ」

「……」

「これ以上、人間どもに任せてはおけん」


 争っているのは、人間たち。人間同士。

 ヘレム達を信じてくれる人々と、そうではない人々と。


 自分たちを信じないから、だから殺すのか。

 異常な力を振るって、その力を欲する人間たちを滅ぼそうというのか。

 それでは、まるで本当に神の所業ではないか。


 正直に言えば、敬われ慕われることは悪い気分ではなかった。

 ちやほやされた。

 生まれた世界では忌み子として疎まれたヘレム達が、まるで神様のように。


 浮かれたのだろう。

 ヘレムだけではない。ノウスドムスもルドルカヤナもアグラトゥだって、誰もこんな風に生きる日々を知らなくて。

 神様ごっこに興じた。その罰なのかもしれない。



「虹が」


 空を見て気が付いた。


「二つ出ていたわ」

「……そうか」


 有り得ない。

 同じ地点から観測して、同時に別方向にそれぞれ虹の橋が架かるなんて。

 小さなものではない。大きな虹がそれぞれ曲線を描いていた。


 光源が別々にあるのなら起こるかもしれない。あるいはよほど光が乱反射したか。

 そうでない以上、普通なら見えるはずがない二つの虹。


「世界を……円を、断ち切ったのね」

「……そうだ」


 イスヴァラの頷きは重く、彼とて悩んだのだとはわかる。


 円環を成す世界を割り、歪む断面を作った。

 この世界を正しく巡らない閉じた世界にしたのだろう。

 断面の歪みで光の差し方がおかしい。だから虹が二つに分かれた。地磁気だって乱れているかもしれない。



「この星にどういう影響が出るか私にもわからん」

「そんなことを」

「自転まで止めたわけではない。ただ単に」


 この場所からは見えない西の空を指差して、


「何者も世界を巡れぬよう、断ち切っただけだ」


 そのままぐるりと回す。

 大聖堂の天蓋、煌めく柱が立つ辺りを。


「電磁加速しつづけ衛星軌道から襲ってくる弾丸など、他にどうすればいい? わかるかエメレメッサ……」


 ヘレムのを囁くように叫ぶように、涙はないが嘆くイスヴァラ。


「壁を作り、穴蔵の中に隠れて暮らせとでも? かつてのように」

「そんなこと……」

「〔あの子〕にそんな惨めな生き方をさせられるものか!」


 隔離されていた頃のような不自由な暮らしなど。

 惨めさを知っているから、我が子にそんな思いをさせたくない。

 イスヴァラの言い分もわかる。


「ノウスドムスを殺した忌まわしい兵器は、トゥルトゥシノ達が破壊に向かった。だが人間どもはまた作るだろう。もっとひどく、もっと容易く私たちを殺せる道具を」

「そんなことばかりじゃ……」

「私には〔あの子〕を守る責任がある」


 親として。


「エイシャに……私は、約束したのだ」


 エイシェンデリア。

 イスヴァラの妻であり、ネーグリナティオの妹。


「ネージェは……」

「トゥルトゥシノと共に。あれは自分だけでは目的を見失う。〔あの子〕を守る母になるのだと」


 妹の残した子供の為。

 そういう気持ちもあるだろうし、イスヴァラを思ってのことでもある。イスヴァラだって見ない振りをして彼女の気持ちに気づいているはず。


 ネーグリナティオは大した力があるわけではない。

 エイシェンデリアが隔離された際に、それの付き添いとついでに危険かもしれないと思われただけで。

 どこでも眠ってしまうことがあるトゥルトゥシノと同行してくれたというのなら、それはそれでいい。



「……私たちの力でこの世界の戦いを変えてしまうのは、反対だわ」

「既に、遅いのだ。ヘレム」


 先ほどと違って愛称で呼んでくれた。


 この世界に流される際、一番幼かったヘレム。

 皆がヘレムを可愛がって、慈しんでくれた。


 エイシェンデリアのお腹に子供がいることがわかって、皆で悩んだ。

 異世界というのは、都合が良いことばかりではない。

 元の世界にはない自由は手に入れたのだけれど、不都合なこともある。


 寿命の減り方が早い。

 それに最初に気が付いたのはアグラトゥだった。

 彼が大事にしていた海洋生物が、通常より早く寿命を迎えるのを見て。


 数倍の速度で時間の影響を受ける。およそ三倍。

 それを食い止める為に凌霄橋の力を使うことになった。

 だけれど、時間の影響を止めれば子供が成育できない。


 エイシェンデリアは、子供を産むことを選び、そして死んだ。

 どうにも出来なかった。


 生まれた子供は、この世界に生まれた者として受け入れられた。

 へレム達とは違う。けれど、弱く儚い。

 亡くなったエイシェンデリアの分までと、皆で過保護なくらい赤子を守ってきたのだけれど。



「人間どもは凌霄橋の力を使っている」

「……」

「既に、我々と同じ力を用いて戦っているのだ」


 どうしてなのだろうか。

 人間たちに伝えた技術は、あくまで物理法則に沿った工作道具や簡単な電気仕掛けだったはず。

 それすら知らなかった彼らには、未知の新技術として大いに喜ばれたけれど。


 凌霄橋の力は、文字通り次元が違う。

 この百年そこそこでどれだけ技術が進歩したとは言っても、だからと言って辿り着くものではない。

 出来たとして、せいぜいがあの黄褐色の月に足跡を刻む程度だろう。

 銀色の偽月には辿り着けない。はず。


 辿り着くはずがない。異次元の力。

 それを使い、ノウスドムスを滅ぼすにまで至った。



「……裏切り者がいる」

「アグーは違う!」


 一番に名前の挙がるだろうアグラトゥ。

 この町を離れ、ただ独り孤独の道を選んだ仲間を信じる。


「わかるものか」

「違うわ! アグーは……絶対に、私たちを裏切ったりしない」

「だとしたら」


 イスヴァラが、眉間を押さえて首を振った。


「……後は、逆らう人間を皆殺しにするだけだ」

「イスヴァラ」

「解決策がないのなら否定するな、ヘレム」


 対案がない。

 ただイスヴァラのやり方を非難するだけでは守れない。




「……〔あの子〕は?」

「いつも通りだ。眠っている」

「……会ってもいい?」

「ああ……そうだな。話をしてやってくれ」

「わかったわ」



 大聖堂の奥の一室に、その寝台はある。

 時の流れが澱む寝台。

 もっと暮らしやすい世界にしてからと、この子はゆっくりと育てられていた。


 結局、最初より悪くなってしまったのだけれど。

 うまくいかないものだ。

 この子には何一つ危ないことや不自由な思いをさせたくないと、そう思っていたのに。


 つまるところ、誰も自信がなかったのだと思う。

 子供を一人前に育てるという経験がなくて、怖くて、後回しに。引き延ばそうとした。

 エイシャ亡き後、誰もが親になる覚悟がなかった。

 覚悟が、できなかった。


 起きて過ごすのは年に数日。

 それでももう子供くらいの姿にはなっている。



「……ヘレム?」


 誰かが近づけば目を覚ます。時間の影響が普通に戻る。


「起きる時間、だった?」

「ううん、違うのよ」


 そのまま横になっていていいと、そっと額を撫でた。


「あなたに伝えておきたいことがあって、ね」

「?」

「前に言ったでしょう。この町にはいっぱい秘密の仕掛けがあるって」

「教えてくれるの?」


 やや身を乗り出す姿に、こんな事態なのにおかしくなってしまって。


「ええ」


 微笑む顔は、ちゃんと笑えているだろうか。


「教えておかないといけなくなったの」


 この子の為に。


「困った時には隠し道を使って町を出るのよ」

「町を……父様が駄目って」

「お父さんも連れて逃げないといけないかもしれないわ」


 ノウスドムスが殺されたという以上、ここが安全という保障もない。

 だから、この子に必要な情報だ。

 イスヴァラも把握しきれていない隠し道を教えておかなければ。


 ヘレムが、次また会って話が出来るとも限らない。

 人間が相手というだけなら、まだ心配は少ないのだけれど。


 裏切り者がいる。

 イスヴァラの言う通りだ。誰かが裏切った。でなければこんなことにはならない。


「……悪い奴は使えないように禁じて・・・おくから、ね」



  ◆   ◇   ◆

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