四_021 魔獣の村
リゴベッテ大陸西部。
沿岸側と内陸部とを隔てるように縦に山脈が続いている。
大陸南から伸びて来た山脈が途中で不意に途切れる。
断層とか地殻といった問題なのかもしれない。しばらく北へ行くと、また別の山岳地が北西に向かって伸びていくらしい。
山脈が途切れた場所に広がる森林地帯には、街道はあるが大きな町はない。途中、ちょっとした砦のような関所の町はあったけれど。
国境と言うラインが曖昧らしく、沿岸部を領土とするヒルノーク王国はこの辺りは不干渉地帯としている。内陸側の国も同じく。争う理由になりそうな資源もないのだろう。
街道から少し外れた開けた場所、内陸寄りにその開拓村はあった。
途中で聞いた話では、こうした集落はいくつかあるという。
町で養えない人間をまとめて国境沿いの未開の場所に住まわせるというのは、国の方にも理由があるのか。
運よくうまく開拓が進めば税収になる。そうでなければ、厄介者の口減らし。
口減らしはしたくとも、難民を皆殺しにしていては庶民からの反発も予想される。かといって甘く対応しすぎればそれも不満を生じるだろう。
ヤマトたちにはわからない他の理由もあるのかもしれない。
「女の人、少ないよね」
浮浪民たちの男女比が、かなり男に偏っている。
ヤマトがネフィサに話しかけたのは、彼女に向けられる視線を気にしてだった。
一行の中では、ネフィサが最も女性らしい女性だ。
男所帯の浮浪民が、悪意はなくともつい目を向けてしまうのは仕方がないのだろうけど。
「女は
他の集落に受け入れてもらう為の金。
女の方が安いというのも理由は想像できる。気分の良し悪しは別として。
女子供の多くは他の集落に身を寄せて、残されたのはやや年嵩のいった者と男衆。
ヤマトたちを襲撃した際には別の場所に隠れていた幼子と女性などもいたが、数は少ない。
「この丘の向こうです」
アスカが人質にしたベイフの父親、ビエサが指す。
丘と呼ぶには木々が多い印象で、ヤマトの感覚では小さな山という雰囲気に見えた。
住み慣れた大森林ほどではないにしろ、見通しはあまりよくない。
「わぁ! 出た!」
指した先から姿を現したのは、ヤマトにも見覚えのある魔獣。
「バムウ、か」
既に聞いていたけれど、直接見て自分の知っているものと変わらぬことを確認する。
茶色っぽいつるつるとした表皮。
ヤマトの腿までくらいの、楕円形の体に無数の足を蠢かせる魔獣。
ズァムナ大森林でも一度見た。バムウだ。
季節的な問題なのか地域的な違いなのか、少し色が濃い気がする。
浮浪民の口から発せられた大きな声に反応したのか、うぞうぞと数匹が続く。
だが、こちらを確認するとその動きが反対へと向かった。
一斉に逃げ出す。
「?」
「こっちの数が多いからな」
気の抜けたヤマトに掛けられたフィフジャの説明は、聞けば当たり前のようなことだった。
バムウだってただの生き物だ。
巣穴などを守るわけでもなければ、無駄に好戦的である必要はない。
むしろ野生動物なら臆病さがあっても不思議はないものだ。
浮浪民を含めれば、数匹のバムウから見れば数倍の集団ということになる。
体格だってバムウより明らかに大きい。
逃げ出す方が自然だ。何も人間に対して深い恨みを抱いて襲ってくるわけでもないのだから。
「……美味しいって話だったのに」
「そうね、一匹くらい獲ってこようかな」
食べ損ねたと言うヤマトとアスカに浮浪民たちが目を丸くした。フィフジャたちはいつものことという様子だったけれど。
「何考えてるのよアスカ」
「お前ら、ちょっとどうかしてるぞ」
ネフィサとズィムからも、頭がおかしいとでも言うように責められる。
「角壕足をやっつけた時にも、第一声が『これって食べられるかな』でしたもんね。あははっ」
エンニィの笑い声が渇いて響き、聞いていた他の面々が息を吐く。
大事なことだと思うのだ。食べられるかどうか、は。
獣を狩る労力が食べることに繋がる方がいい。
それにバムウの肝が美味しいという話を聞いていたので、少しばかり楽しみにしていたところもある。
「俺らは、あの魔獣に村を潰されたんだが……」
ビエサの目が、戸惑いと怖れを浮かべている。
彼にとってはただ恐ろしい魔獣。
狩って食べるなど考えも及ばなかったのだろうが。
「まあ殺して食うってぇのは自然だな。ちぃと食い意地が張りすぎかもしれねえけど」
やれやれ、とラボッタが頭を掻いた。
「可愛げがねえのはフィフジャに似たんだろうよ」
魔獣を見て、恐れるどころか食べることを最初に考えたヤマトたちを可愛げがないと評する。
フィフジャに似ているのかどうかは、よくわからない。
「実際、バムウはうまい。ぎゃあぎゃあ怯えるよりかはマシな反応だわな」
つまらなそうな物言いだが、印象は悪くないらしい。
そんな様子のラボッタと共に林を抜けた。
「あれか」
小山沿いに小川が流れるほとりに家屋が見えた。
人が集団で暮らす以上、水場は必要になる。
その辺りだけ木々がないのは、建物を作る為に伐採したからだ。生活する場所を切り開くのと同時に木材を調達して住まいの材料にしたのだろう。
遠目に見ても建物はやや歪んでいた。。
少し心得のある素人が立てた山小屋といった雰囲気で、隙間を埋める為に泥で壁を塗っている。
金があるわけでもない浮浪民が職人を雇えるわけもなく、皆で協力して作った家屋。
それらは今では魔獣の住処になっていた。
壊れた戸口や壁の陰から這い出る薄茶色の楕円。
大きさは多少ばらつくが、大体がヤマトの腿あたりまでの高さ。
近付いてきたヤマトたちを察知したのか、湧くように姿を現す。
「結構いやがるな。さすがに俺一人じゃ無理だ」
「手伝うよ」
数十を超えるバムウの群れに嘆息するラボッタに、ヤマトが槍を手に進み出た。
アスカも愛用の鉈を手にして、荷物をクックラに預ける。
「他にもいるかもしれないから、フィフとネフィサはこっちを見てて」
「ああ、一匹ずつでいいから無理をするな」
突出しないよう注意をするフィフジャに荷物を渡して、わかってると頷いた。
「グレイ、行くぞ」
返事はなかったが、承知していると言うようにグレイも歩を進める。
二人と一匹。
揃い踏みという恰好は、なんだか久しぶりだ。
「じゃあ行くぜ」
言いながら、何でもないように進むラボッタ。
まるで散歩でもするかのような足取りで、湧いてくるバムウの群れに向かっていった。
「おっと」
近付いたラボッタに飛びかかるバムウを、ぬらりとした動きで回転して躱す。
と、地面に落ちたバムウが向きを変えようとして、かくんかくんと妙な動きになった。
楕円の体の下についているうぞうぞとした無数の足。その側面を十ほど斬り落とされていた。
すれ違いざまに、いつの間にか抜いたラボッタのナイフで。
「すごい」
側面の足を失ったバムウは、おかしなバランスでその場をぐるぐると回り出す。
「尻尾は残ってるから近付くなよ」
ヤマトたちに向けてだったのか注意を促してから、次々に襲ってくるバムウを躱しつつ対処する。
その姿は、決して極度に素早いわけではないが、空中の綿毛のように掴みどころがない。
ちかりと、ラボッタの左手が光った。
素手の左手から放たれた光が、襲ってきたバムウを弾き返して他のバムウにぶつかる。
数が多く避け切れないと見て、倒すついでに次の敵の行動を阻害した。
目もいい。判断力も素早い。
冷静に目の前の敵に対処して、強い。
特別なことをしているわけではない。魔術以外は、同じことをやれと言われたらヤマトにも出来そうだ。
けれど、それを無数の敵の中でミスなく続けることがどれだけ難しいか。
避けて倒す。倒して避ける。
あらかじめ決められた踊りのように、無駄を感じさせない動きに目を奪われた。
「そっちに行ったぞ」
ラボッタに集まるバムウの他に、ヤマトたちに向かってくる数匹。
バムウからすれば、水場があり家屋という穴蔵のような場所があるここは、巣穴に適しているのかもしれない。
そこに踏み込んできたラボッタやヤマトたちは、縄張りを侵す敵。
「アスカ、油断するなよ」
「自分こそ」
『ウォン』
ラボッタと同じことは出来ない。
簡単に出来そうに見えてもあれは出来ない。
向かってくるバムウを一匹ずつ対処する。ヤマトの動きがいつもより小さく、静かに。
目にしたラボッタの動きは、どうだったか。
リゴベッテ最強の男の戦いぶりは、派手ではなくとも、ヤマトたちに十分に影響を与える。
(フィフの師匠か)
魔獣を仕留めるのに派手さなど必要ない。
無駄を排除して、次の行動を考えながら対応。
もっともよい手本を見せてもらったことを感謝しつつ、襲ってくるバムウを槍で叩き落とした。
「アスカ!」
言われるまでもなく、アスカがそのバムウに鉈を叩きこむ。
槍を突き刺してしまったら次の行動が遅れる。
無数に魔獣が寄ってくる今の状況ならアスカに任せた方がいいと判断した。
しかし、バムウもただでは死ななかった。
闇雲に振り回す尻尾の先には鋭い棘と毒がある。
伸縮する尻尾は、外見から想像するよりかなり遠くの間合いまで針を届かせた。
避け切れない。
「っ!」
しまったと、後悔しても遅い。
間合いが近いアスカより、距離が取れるヤマトが止めを刺していれば。
断末魔のバムウが振り回す毒針の間合いは、アスカを捉えていた。
極端に近すぎる間合いで。
「っと」
尻尾の根元。
先端ではなく、付け根の辺りがアスカを打つ。
それと同時に反対の手に持っていたダガーが、その尾を半ばから断ち切った。
「油断はしてないんだよ」
毒針の攻撃は、過去に見ている。
アスカは尻尾の動き出しを見て、自分の体をバムウが振り回す尾の内側に潜り込ませていた。
毒針があるのは尾の先端なのだから、付け根側にはない。
振り回される尾の打撃も根元の方では大したことがないと判断して、それに体をぶつけながら尾を断ち切った。
「割といいじゃん」
面白くもなさそうにぼやいたのは、手にしたダガーのことだったか。
先日の襲撃者、双子の姉のミイバが投げつけていったダガーを使って、その切れ味に納得している。
嫌な敵の武器で、面白くない。
けれど使える。
金属製の武器は決して安くない。
拾ったものでも、良質な道具なら使うべきだ。
鞘替わりに適当な皮を被せておいたダガーを、ここで使った。
右手に鉈を、左手にダガーを。
年頃の娘の出で立ちとするにはやや剣呑だが。
アスカには似合っているか。口からも刃は出るし。そう考えたら三刀流だ。
などと、安堵して余計なことを考えていたところだった。
「うぉっ!?」
楽勝といった様子で先行していたラボッタから、余裕のなさそうな声があがったのは。
「なんだこいつぁ!」
「何が――っ!」
最強の男が何を慌てることがあるのかと見れば、納得だった。
大きい。
大きいと言うのはそれだけで脅威を感じさせる。
強大な味方の存在が勇気を与えてくれるのは魔獣でも同じらしい。
ラボッタに壊滅されつつあったバムウの群れが、勢いを増すかのように震えて集まってきた。
「で、か……」
ヤマトの背丈よりも大きな、つやつやした桃色の楕円。
濃い桃色――ショッキングピンクという色が地球にはあったはず。
衝撃的な、ピンク色の塊。
姿を現したそれに、後方で待機していたフィフジャや浮浪民たちからもどよめきが上がった。
巨大なバムウ。色も鮮やかになった異常個体のそれは、おそらく変異した妖獣の類ということになる。
「こいつぁ、食いでがありそうだぜ」
ラボッタが口にしたのは、食い意地ではなく強がりだったのかもしれない。
バムウを食べたいと言っていたヤマトたちを思い出して、フィフジャの師として弱音は吐けないと。
だが、声音には少し焦りがある。
ラボッタの声に含まれる怖れを感じ取ったわけでもないだろうが。
巨体が、その体積を凝縮させるように沈み込んだ。
「来る!」
ヤマトの叫びと同時に、巨大なバムウの姿がブレた。
振り回す尾と共に周囲を削りながら跳ぶ。回転しながら扇風機のように。
その巨体の重量は尋常ではない。普通のバムウでも数十キロほどの重さがあるのだから、その数倍の重量は凶悪な破壊力になる。
「どわっ!」
近くにいたラボッタを巻き込み、他のバムウたちもいくらか巻き添えにしつつ、爆ぜるような破壊音と共に家屋の壁を吹き飛ばした。
◆ ◇ ◆
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