閑話 陰の棘



 人というのは思考を放棄するものだ。

 誰かがやっているから、昔からそうやってきたから。

 だから疑問に思わず無駄なことを続けている。


 たかが倉庫の管理。

 ノエチェゼに入ってくる様々な資材、食料、鉱物。個人の所有ではなく町として管理している倉庫があった。

 腐りやすいものは古い物から消費するとして、そうでない物は無思慮に積み上げ必要になったら出していく。

 同じ種類のものをまとめるくらいのことはしていたが、やけに能率が悪い。


 十二の頃だった。無駄が多いと感じて倉庫の大整理を提案した。

 実験的な部分もあった。公共の倉庫でうまく行くようならヘロの私財の管理も同様に変えていこうと。


 資材を修める箱の大きさを統一する。

 倉庫の中に仕切りの線を引き、あえて荷物を置かないスペースを設ける。

 それでは倉庫に無駄なスペースが出来てしまうと反対された。


 それまではいつ収めた何が入っていると札をかけて管理していた。

 資材管理の台帳にある物品を探すのに手間取って、取り出すのも一苦労。

 空いた空間に荷物をスライドさせることで、新しいものが奥に行って古い物が前に出てくるよう倉庫の作りを改造した。

 物を眠らせて置いても意味がない。もっと効率的に回転させていった方が金の回りもよくなるのだと。


 ジョラージュの発想は一年と経たないうちに多くの人に認められ、町の活性化に繋がった。

 こんな簡単なことも思いつかないなんて、と少し浮かれたものだった。



 その数年後に久しぶりに倉庫を訪れたところ、また様子が変わっていた。

 ジョラージュの提案した形はそのまま、箱にそれぞれ図形が書かれていた。赤い丸印であったり、同じく赤い四角印だったり。緑だったりと。


 図形は中身。色は年代別になっているらしく、満足に文字を読めない人間でもわかるようにしたらしい。

 ジョラージュの倉庫改革の後、チザサの家ではそうしたらしい。

 五色に分けて、赤の箱が空になったら入れ替わるように。なるほど見ただけでわかるのは思考を放棄した人間でも間違いが減る。


 子供の発想だったと言う。

 チザサの跡取り息子。ヒュテ・チザサ。


 ――ジョラージュは色々考えるんだね。他にも何か面白いことあったら教えて。


 七歳だったか八歳だったか、その頃には何度か話す機会があった。

 たしかチザサの先代が金の無心にヘロの家にたびたび来ていたのだ。

 ジョラージュには幼い妹がいたが、彼女は自分の話を理解するには幼過ぎた。純粋な尊敬のような視線のヒュテに気をよくした部分もある。



 そのヒュテが、ジョラージュの発想をさらに上書きした。

 おかげでずいぶんと管理しやすくなったと笑う町の倉庫番に苛立ちと、こんな簡単なことを思いつかなかった自分に憤りを覚えた。

 ヒュテの存在を棘と感じるようになったのもその時。


 ――一緒にこの町をもっとよくしていこう。ジョラージュ。


 金に困って訪問してきた家の子供のくせに。

 僕の功績を掻っ攫って、へらへら笑って。


 ――そうだね、ヒュテ。今度鉱山に視察に行くから一緒に来るかい?


 嬉しそうに頷く少年を見て。

 棘が。

 棘が、自分の胸に刺さる気がした。


 ばかなことを。

 ただの錯覚だ。

 ヒュテだって他の人間と同じ。何も考えていないバカな町の人間と。


 だから、その痛みのことはもう考えないことにした。

 まだ大人になりきれなかったジョラージュのつまらない迷い。



  ◆   ◇   ◆

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