二_045 半円卓会議_2



「――と、火事そのものの被害は軽微。もともと火災ではなく、狼煙という意味合いのようでしたので。早朝に響いた轟音は、一定まで燃えたら上の資材が転げ落ちるように積んであったようですね」


 と、白髪青年の説明が進んでいた。彼らは幻聴を聞いていなかったらしい。

 あるいは慣れているのかもしれない。普段からここにいるのだから。


 何事もなかったかのように話が進んでいる。

 聞き逃してしまったが、今朝の火事騒ぎの話だったらしい。


(今朝の火事もスカーレット・レディの?)


 そういうことなのだろう。だから話している。


「と、そこに残されていたのがこれです」


 ヘロが、周囲に控えていた兵士の一人を促す。

 そこには一枚の木板と、親指ほどのひとつの石の塊。

 その石は、木の板に強引に捻じ込まれるように刺さっていた。


「ほぉ」


 面白そうに声を上げるアウェフフ。 の面々からも感嘆や驚愕、不快な舌打ちなどのどよめきが上がる。

 木板に何か書かれているが、ヤマトからは少し遠くてよく見えない。近くても文字が読めないので同じことだが。


 何も反応を示さないものもいる。

 既に事情を知っていただろう白髪青年と、半円の端に座る赤い服の男。その反対に座る青服の若者。御三家の面々か。


 それと、もう一人。

 先ほどのやり取りでミァレと呼ばれていたキキーエの代表者だ。無表情で、ぴくりとも動かない。

 その後ろに立つウュセ・キキーエは下を向いたまま小刻みに震えているのだが。


「念のために読み上げますね。――キキーエ商店の不正、ここにあり。木材の搬入と偽り鉱石を隠匿していた証左を示す。この町に悪の栄えることなし。スカーレット・レディ」

「事実ではない」


 否定。

 他の誰かに何かを言われる前に、それまで沈黙していたミァレ・キキーエが即座に否定する。

 当然のことだろう。こんな疑いを否定しないわけがない。

 たとえ事実がどうであれ。


「とりあえずこの鉱石は本物です。ハウタゼッタ石ですね。原石のままですが」


 木板を持った白髪青年が、全員の目に触れるように掲げて見せる。

 緑色っぽい色彩の石だ。透明度や輝きは見えないが、原石だからそういうものか。


「……」


 一同の視線が交差する。

 どうしたものか、と。この機会にキキーエを潰すか、恩を売るか。

 そんな思惑もあるのだろう。


「そんなもの一つで、悪事の証拠とまでは言えん」


 壮年の男が、低い声で言う。

 キキーエ寄りの発言だった。


「モザン・モクツのご意見はもっともなのですが、この木板と同じものが少なくとも三枚、近隣にばらまかれていたのですよ」

「……そうか」


 モザンと呼ばれた壮年の男は静かに頷いた。


「それと火事のあった倉庫には、内側をかれた材木がありました。そこからも、倒れた際に砕けた同じハウタゼッタ石の欠片や原石が見つかっています」

「陰謀だ。どこぞの誰かがうちを貶めるための」

「かもしれません」

「そう考えれば辻褄があうではないか。こんな悪事を仕込んで、それを表沙汰にしてうちの悪評を広めようと。そうだ、おま――」


 バシュン、と。


 司会を務める白髪青年の手元で弾けるような音が響いた。

 視界の中に収めていたはずなのに何をしたのかわからない。声を荒げかけたミァレ・キキーエの言葉を遮る為だったのはわかるけれど。


「落ち着いてください、ミァレ・キキーエ。何もこんな告発と状況証拠だけで不正をしていたと決めつけるほど私たちも短絡的ではありません」


 その場の誰かを名指しで非難しようとしたミァレを、白髪青年が制した。

 言ってしまってはいけないこともある。それを言ったら収拾がつかないこと。


「我々の祖先がこの町を興してから、相応の年月を共に協力して歩んできたわけじゃないですか」


 白髪青年の言葉にミァレは前のめりになりかけていた姿勢を戻して、黙ったまま深く頷いた。

 とりあえず落ち着く。頭に血が上っても仕方がない。


「……」


 だが、他の面々は違ったようだ。

 悪事をしていたのだろうと責める視線や、下手を打ちやがったと蔑むような視線。

 白髪青年が収めているから黙ってはいるが、全く納得はしていない様子。


「ちゃんと調べればわかることですから、ねえ皆さん」


 白髪青年の気を取り直すような明るい声に、キキーエを睨んでいた面々の表情が暗い笑みに変わる。

 逆にミァレ・キキーエの瞳が見開かれ、憎々し気に伏せられた。


 ちゃんと調べれば。


(色々と出てきちゃうんだろうなぁ)


 ミァレの後ろに立っているウュセは、小刻みではなく見てわかるほどに震えていた。

 後ろめたいことがあります、と。

 その様子が、商売敵にとっては美味いご馳走のようなものなのか。


「……ふん」


 面白くもなさそうに鼻を鳴らすアウェフフ。

 アウェフフの息遣いに一瞬だけ視線を起こしたのは、壮年の男モザン・モクツだ。

 彼は最初にキキーエを庇うようなことを言ったが、今は黙って目を閉じていた。

 庇うとか庇わないとかではなく、事実以外に興味がないのかもしれない。


「なんにしても色々と問題がありますからね。キキーエの内情の調査は後でも出来ますが、差し当たってはこのスカーレット・レディです」


 木板に書かれた文字を指す白髪青年。

 そこに名前が書かれているのだろうが、ヤマトには読めない。


「火付けは死罪だ」

「モザンさんのご意見は本当に正しいですね。ですが、事情は聴いておきたいので、生け捕りを推奨したいのですが」

「必要ない。法に沿って殺してしまえ」

「ミァレさん、落ち着いて下さいと」


 法を守らなかったのはあんただろうに、とは言わないが。

 聞いていた皆がそう思ったのは仕方がない。状況証拠的には黒だし、もうその後ろのウュセが自白しているようなものだ。


「このスカーレット・レディがどのような情報を持っているのか。他にも何か町の暗部を知っているのではないかと、事情を聴いておきたいじゃないですか」

「……」


 困ったような顔で白髪青年を見るミァレだが、彼の話の方が筋が通っている。

 他にもまだ後ろめたい何かがあるのだろうか。あるんだろうな、と。


「そういうことで、よろしいですかね? 皆様」

「……」


 異議はない。

 だが、沈黙している中でも視線が微妙に揺れている人は、何か後ろめたいことがあるのかもしれない。

 ノムヤ、キキーエときて、次は自分のところかも、と。

 だがそれを言えるはずもない。言い出したらうちも悪いことしてますと言ってしまうようなものだ。



「そういうことで、よろしいですか? ヒュテ・チザサ。ヤル……いませんでしたね。ヨーレン・プエム」

「兄がいたら話がもっとひっちゃかめっちゃかになるだけなんでね」


 赤い服の男がそう笑って頷く。代理として来ていたのはヤルルーの弟らしい。

 青服の若者も、赤い服の反対で頷いた。


「異議はありません、ジョラージュ」


 不意に、沈黙が訪れた。

 青服の若者、ヒュテ・チザサがジョラージュ・ヘロを呼んだ瞬間。二人の視線が交錯すると、奇妙な静寂が場を支配した。

 何か二人の間には確執があるのかもしれない。



 ――ォ、……ナン、……


 ――……モ……カイヲ……


 ダメだ。気になる。

 静寂のせいで、さっきまで聞こえない振りが出来ていた不思議な声が脳に響く。聞いたことがあるような気もするし、まるで知らないようにも思う。

 どこから響いてくるというのか。


 ――ヤマト。


 聞き覚えを照会しようとすると、母の声と重なった。

 なぜだろうか。


 ――ドーゴルルマァベェ


 それは、違う。

 それは大森林の最後の日に聞いた声だ。

 《朱紋》がそんなように呼び掛けてきた。母の声を思い出して、なぜ次に思い出すのがそれなのか。

 記憶を照会しようとしながら、ふらふらとヤマトは壁の近くまで歩いてきていた。


 頭が痛い。

 病気だとかそういうわけではないが、何だか頭が重い。

 壁に手を当てて、眩暈がしそうな自分の体を支える。


「……」


 くらくらする。

 世界が、揺れている。そんなような。


「……」


 違う。揺れているのは――

 ヤマトが、ふらつく頭を上げて頭上を見上げた時だった。



 ――リン……


 鈴が鳴るような音が響いた。

 静かな会議室に清涼な鈴の音が。


「!」


 それは幻聴ではない。全員が頭上を見上げた。


「なにか――」



『ふざけるな! 全てが予定通りなど……教えてくれ。俺は、何度目なんだ……』


『円環因果断つもの。今生まれしもの』


『誰か、これを聞いていたら。ネレジェフを……』


『知っておるぞ知っておるぞ。これはデンセイよな。もはや動かぬデンセイよ』


『ルルトトー、これはなにかしら?』



 ――リン……


 再び鈴の音が響いた。

 会議室にいた全員が、どこからか聞こえてきた声にぽかんと口を開けている。

 ずっと平静を保っていたジョラージュでさえ、呆けた顔で辺りを見回していた。


 ヤマトの頭痛も収まっている。

 くらくらしていた気がしていたが、今は不思議とすっきりとした気分だ。

 しかし、それにしても。



「これほどはっきりと牙の声が聞こえたのは初めてじゃな」


 アウェフフの声が響く。

 今のは牙の声というのか。牙城だからそう呼ばれるのか。


 気になる言葉もあった。

 世界の因果を断ち切るもの。それに。


(俺は何度目なのか、って……)


 どういう意味なのか。

 それはまさか、転生してやり直しだとかそういうことなのだろうか。異世界なのだからそういうこともあるのかもしれない。

 今の声の感じからすると、決してうまくいっている雰囲気ではなかったが。


「色々と騒がしい日だな」


 呟いたのはモザン・モクツだ。冷静沈着な雰囲気だが、さすがに今のは驚いたらしい。表情が硬い。


 ヤマトの表情も固まっている。

 誰も気が付いていない。ヤマトのことなど誰も気にも留めていなかったのだから。

 ヤマトが壁に触れた直後に、あの声は響き渡った。

 触れたから……ではないが。



(振動していたから)


 気が付いてしまった。

 壁がわずかに振動していて、その振動で耳が圧迫されるようになって頭痛を感じていたのだと。


 それで思ったのだ。

 この振動、なんだろう。って。


 そこで記憶に当たったのが、《朱紋》の声だった。

 朱紋の声は小さくても遠くまでよく響いていたから。


 そういう声質なのかとも思ったが、この振動に触れて気が付いた。

 あれは自分の声帯以外の周囲の物を震わせて、離れた場所まで声を響かせていたのだと。

 ヤマトが聞いていた朱紋の声は、近くの木の幹に反響していたのだと理解した。


(それと、子守歌だ)


 同時に思い出したのが、母の子守歌だった。

 まだヤマトが本当に幼い頃に、まだ言葉というものの概念すらわからないころに、肌で聞いていた母の子守歌。

 もしかしたら胎内にいた頃の記憶なのかもしれない。

 こんな形で朱紋の声と一緒に記憶を呼び覚まされるというのは、少しばかり納得いかないとこではあるけれど。


 振動が音になる。

 それをもっときちんと聞きたいと思ったヤマトは、壁に触れた瞬間に思いついたのだ。


 この振動を、もっと顕著にすれば聞き取れるんじゃないかな、と。


 この牙城の壁の材質は金属的な雰囲気もある何かだ。電気とか流れたりするかもしれないなんて思ってみただけだったのだが。

 フィフジャがやっている代償術のように。アスカが真似して会得したみたいに自分の手でも出来るかもしれないと、壁に触れた瞬間に電気が走った気がした。

 つまりこの牙の声とやらは、ヤマトの所業だった。たぶん。


(……バレてないから、いいか)


 意図せず騒ぎを起こしてしまった。

 やばい。これ以上はよくない。アスカに知られたらたぶん怒られる。

 何も知らない振りをしながらアウェフフの近くに戻った。



「珍しいこともあるもんだの。あれはエメレメッサの予言か」

「……?」


 聞いたことのない言葉だが、アウェフフは何か知っているのだろうか。

 近くにいた他の面々もアウェフフの言葉に頷いている。有名なことなのかもしれない。


 しかし、とりあえずさっさと帰りたい。これ以上ここに留まるのはヤマトが落ち着かない。

 居合わせた他の人たちも、ここまではっきりではなくとも何度か牙の声は聴いていたようだ。

 驚いてはいてもパニックというわけでもない。



 白髪のジョラージュ・ヘロが再度、気を取り直すように手を叩いた。


「では、スカーレット・レディの捕縛を町に通達しましょう。捕えた者には十万クルトということでよろしいですね」

「じゅ、じゅうまんクルト⁉」


 大声を出したヤマトは、その場にいた全員の視線を集めてしまうのだった。



  ◆   ◇   ◆


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