二_044 半円卓会議_1
(で、なんでこうなったんだっけ?)
だだっ広い会議室の中、棒立ち状態でヤマトは思い返す。
円形のテーブルを真ん中で切って、上下にずらしたような配置。
弓型のテーブルを、背中合わせにずらして配置したというか、そんなような。
自分の両手で〇を作ってみて、上下にずらすとこんな形になるだろうか。
どういう理由か理由などないのか知らないが、そんな形状のテーブルに並ぶ面々は、この町の有力者の人たちのはずだ。
ヤマトの前にはロファメト・アウェフフがいる。
他にも自分の席の近くに誰かしら立たせている人もいるし、一人で瞑想しているような壮年の男もいる。
その中で一人、見知った顔があった。
ウュセ・キキーエ。
彼は、彼よりだいぶ年配の男が座っている席の斜め後ろで俯いていた。
◆ ◇ ◆
朝食の後、ヤマトはアウェフフに連れ出された。
頼みがある、と。
居候をさせてもらって食事をいただいている以上、断るのは不義理なことだ。もちろん了承した。
出かける必要が出来て、護衛をしてほしいと。
護衛ということなら自分にも出来そうだったし、アウェフフほどの男が護衛を伴って出かける場所にも興味があった。
ラッサは同行していない。ヤマトの荷物とグレイをお願いしてきた。
ヤマトの手には馴染んだ槍。あとは最低限の小物を身に着けているだけだ。
連れて行かれた先は、ノエチェゼの牙城。
そういえば、これだけ目立つ場所なのだからここを集合地点に定めておけば、はぐれても落ち合えたのではないかと今更思ったのだが。
遠目から見た時と変わらず継ぎ目のない不思議な材質の建物。
一つしかない入り口は兵士が警備していたが、アウェフフが通るのは全く問題がなかった。ヤマトもそれに続く。
中にはもう一つ扉がある。エントランスのようになっていて、その奥が広い部屋になっていた。
(部屋っていうのも違うか。ただの空間っていうか)
部屋として用意されている感じではなく、円錐状の建物の中がくりぬかれた空間になっているだけのような。
「さっきの話だがな」
ふとアウェフフがヤマトに声を掛ける。
「リゴベッテまでの船代ってのは大層な額だ。真っ当に働いて何年もかかるくらいにはな」
「はい」
「それを数日で稼ごうなんざぁ、救えんバカの考えだ。うちの奴隷どもの中にもそんなのもいる」
一攫千金などを夢見た末に奴隷に身を落とす人間もいると。
三人と一匹分の船代を必要としていると言ったら、その時は鼻を鳴らしただけで返答をもらえなかった。
無視されたか呆れられたかと考えていたのだが、どうやら違ったらしい。
「お前は、そういう手合いのバカとは違うと見ておるが」
「無茶苦茶だとはわかっているんです。ただ、妹と恩人をリゴベッテに連れていきたくて」
「わかってるならやれる方法を考えるもんじゃ。お前のそれは夢想か、あとは後ろ暗い方法くらいしかないぞ」
「……はい」
犯罪に手を染める。
盗む、奪う、殺す。
そんな手段を使って船代を手にしたとして、それは今以上に後悔をしないと言えるだろうか。
悔やみ、思い悩み、自責の念にとらわれるのではないか。
それ以上に――
(もしそれを、何でもないことだと思うようになったら……)
怖い。
その時に自分は、父と母の写真を正面から見ることができるだろうか。
胸を張って、二人の子だと言えるはずがない。
もしそれを臆面もなく言えるような自分になるのであれば、むしろこの手で始末をつけたいとさえ思う。
生き死にに関わる事態であれば手段など選んでいられないかもしれないが、リゴベッテに行く行かないという話は、少なくとも命に関わっていることではないのだから。
真っ当に考えれば、どうしても金が不足するなら真面目に働いて貯めてから船に乗ればいい。数日後の船に乗るという話を優先したから困っているだけで、延期すればいいだけの話。
そう考えれば、高額な金を即座に稼ごうなどという話をしている自分が恥ずかしくなる。
「すみません。ちょっと気持ちが焦っていたみたいです」
「若いうちはそんなもんじゃ」
ヤマトの言葉を受けて、アウェフフの声の調子が少しだけ軽くなった。
「なんなら、うちで働いてもらっても構わん」
「いや、それは……まあ、妹たちと相談してからでも」
奴隷商の仕事ってなんだろうか。
いや、奴隷として働けという話なのか。それはちょっと。
「まあいい。しかし……」
アウェフフは、周囲の様子を見回した。
いくつか空席がある。まだ来ていないのか、最初から座るべき人がいない席なのか。
――はあぁ。
面倒くさそうに大きくため息を吐いたアウェフフに視線が集まる。
集めたくてわざとやったのだろうが。
「急に何の話だかわからんが、よもや雨が降らんから緊急集会というわけでもあるまい。だとしたらパーサッタの鳥頭がおらんのもおかしいからの」
「今来たところですよ、ロファメトの。鳥頭ではなく鳥目です」
と、後ろから声が掛かった。
ちょうど到着したところらしいその男が、パーサッタと呼ばれた人なのだと思われる。
非常に痩せていて、頬の肉もげっそりと落ちている。
逆に瞳が大きく見えて、それを揶揄しての鳥目なのだろうか。
(不健康そうな)
ロファメトの、と呼んだところから考えて、七枝の一つのはず。家名がパーサッタか。
御三家、ヘロ、プエム、チザサ。
七枝。キキーエ、セーテレー、ノムヤ、モクツ、パーサッタ、ロファメト。あとはエダイという家があると聞いてきた。
全部を覚えるつもりは毛頭なかったが、なぜだか関わってしまっている。
これもアスカの言うところのフラグだろうか。
「天を読むのは簡単ではないのですよ。それに雨なら降っているじゃありませんか」
「ふん、ふざけていないでさっさと座れ」
面白くもなさそうに言うアウェフフだが、実際に外で雨は降っている。
小雨だが。
どういう意味なのだろうか、ヤマトにはわからない。
パーサッタが座ったところで、座っていた白髪の青年が立ち上がった。
半円ごとにズレたテーブル。その中央に座っていた青年だ。中心人物だと思える。
「それでは全員揃ったところで、さっそく始めましょう。ちょうどロファメト氏からありましたので、先に天候の話をしてしまいましょうか」
先に、という。
ということ後の話もある。そちらが本題ということ。
だとしても、わざわざ町の有力者を集めて天気の話とは。
(なんだろう、意外とのんきな町なのかな?)
そういう話は聞いていないのだけれど。
白髪青年の言葉を受けて、ついさっき着座した不健康そうな男、パーサッタが立ち上がる。
「ええ、それでは。と言っても既に皆さまご察しかと思いますが」
と、話し出す。
要約すれば、天候を予測する立場のパーサッタが、嵐の日を読み違えたという話だった。
毎年、夏と秋の境目に、二、三日の大きな嵐が来る。
それが過ぎるとその後は打って変わって晴天が続く。
だからそこで船出をすることにしているのだが、その嵐の日程の予測が数日間違えていた、と。
今から三日後に船出を、という準備をしていたが、この様子だと二日ほど遅れるということだった。
(確か最初にイオックさんの所で聞いた時は、五日後に船出だって言ってたけど)
その日に迷子になり、翌日にメメラータに会った時には、六日後に船出だと言われた。
二日、遅い。
疑問に思ってギャーテに訊いたのだった。出航って六日後なのか、と。
だとすれば、あの時点でメメラータやダナツは知っていたことになる。嵐が予測より遅いのだと。
当然、アウェフフも知っていたのだろう。つまらなそうに眼を閉じて聞き流していた。
「天候は天の差配。あえて責めることでもありません。よろしかったですね?」
白髪青年の言葉に、誰も異論を挟まない。
そういう決まり事でもあるのだろうが、他の面々より明らかに若い彼が司会進行というのがヤマトには少し意外に感じた。
一癖も二癖もありそうな連中で、あのヤルルー・プエムだって……そういえばいなかった。
白髪青年の隣に目立つ赤い服を着た男性がいるので、おそらくプエムの代理人か何かなのだと思う。
その辺はまあともかく、天気予報が外れた話は終わった。
予報を外したパーサッタの責任者を斬首、とかそういう話にならなくて良かった。
「さて、本題ですが。一応皆さんに確認しておきますが、昨日のノムヤ商会の使用人を襲った事件をご存じない方は?」
スカーレット・レディの件だ。
問われて、誰もが小耳には挟んでいるようで、特に質問は出ない。
疑問を抱くのは、あんないつでもどこにでもありそうな事件のことを、こうして尋ねたことだ。
少し目立つ程度の傷害事件。
何をつまらんことを、という顔で白髪青年を見る何人かに、彼は宥めるように笑顔を浮かべた。
「ええ、昨日の件は大した話でもありません。というとノムヤ家には面白くないかもしれませんが」
「いや、結構」
一応の被害者であるノムァヤの代表者は、気にするなと首を振る。
あまり話を大きくしたくないという意思があったはず。自分のところの従業員の不正の話なのだから。
白髪青年は当然その返答を想定していたのだろう、軽く頷いて続けた。
「スカーレット・レディと名乗る襲撃者のことですが。先に訊いておきましょうか。どなたか彼女の情報、正体など掴んでいる話はありますか?」
「……」
「情報なら――」
沈黙が支配する中、一人の男が口を開く。
全員がその発言者を見ると、彼は皮肉気に笑った。
「キキーエさんのところが一番じゃないですか? この町の一番の情報通だ」
別に何かを知っていたわけではなくて、キキーエに矛先を向けたかっただけのようだ。
落胆と侮蔑の舌打ちが聞こえる。
「うちは知らん」
答えたのは、ウュセ・キキーエの前に座る老齢の男だった。吐き捨てるように。
不愉快そうに言ってから、発言した男の方を睨みつけていた。
「まあまあ、ミァレさん。セーテレーから見てもキキーエの情報網には信頼を置いているということですよ。そうですよね?」
険悪になりかける空気をほぐすように白髪青年が場を執り成すと、二人は口を閉ざして頷いた。
商売敵であったり政敵であったり、いろいろと大変なようだ。
そういえば御三家のヘロ家が調整役だとツウルウから聞いたような気がする。白髪青年はおそらくヘロの家の人なのだろう。
若いけれど落ち着いた感じで、他の参加者からも一定の敬意を払われているようだ。
兵士の服装も白かったし、この白髪がヘロと見て間違いないか。
(いや、白髪は関係ないかもしれないけど)
偶然に若白髪なのか、染めているのかはわからない。見た目にわかりやすいのは助かる。
――ゥ……ゥト……
不意に、ヤマトの耳に何かが届く。
風の音のような。
人の声のような。
外は雨が降っているはずだが、その雨音とは違う感じだ。
「……?」
見回してみるが、それらしいものは見えない。
気のせいだろうか。
(……)
イヤなことを思い出してしまった。
そうだ、ここはノエチェゼの牙城。ラッサが言っていた。
――牙城の中でも、時折この世のものとは思えない声が聞こえる。
とかなんとか。
思い出さなければよかった。
どこかで聞いたような、あるいは今まで耳にしたこともないような。そんな相反する微かな声。
なぜか安心させられてしまうような感覚と、不安と焦燥を煽る感覚の両方を喚起させる。不思議な響きだった。
それこそが霊的な声なのか。魂的な何かに直接訴えかけてきているのかもしれない。
頼りになるのかどうかはわからないが、とりあえず槍を握る手に力が込められる。
グレイはいない。ラッサのところに置いてきてしまった。
狼の遠吠えには悪霊を払う霊力があるとかないとか、そういう話があったと思うのに。こんな時にいない。
(いや、こんな会議中に吠えられても困るけど)
その理由がお化けが怖かったからなんて、あまりにも。
とりあえず今のは幻聴。そういうことにして頭から切り離した。
◆ ◇ ◆
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