第599話 ギャレットの見送り

 ファーティル地方の貴族に、アイザックがどんな王か知らしめる事ができたので次の行動に移る。


「ファーティル公の歓迎も受け終わったので、そろそろクロード大臣は南のエルフとの交渉へ向かってもらいましょうか」


 ――ファーティル地方南部のエルフとの交渉。


 これは友好関係を築くというだけではなく、エルフの出稼ぎ労働者の確保という面もある。

 ファーティル地方だけではなく、今後もロックウェル王国がリード王国の一地方になる。

 しかも、さらに国土が広がる可能性もあるのだ。

 インフラ整備に使える人材は、いくらいてくれても困らない。

 労働力の確保は急務だった。


 ファーティル地方南部には、ウェルロッド侯爵領から続く広大な森林地帯がある。

 この辺りのエルフも出稼ぎをしているだろうが、リード王国とは距離があるため村から遠出するのを嫌がる者もいるはず。

 そんな彼らに近場であるファーティル地方で仕事を与えるためだ。

 それにここからではウェルロッド侯爵領まで買い出しに行くのも大変だ。

 近場に交易所を作る事で買い物を便利にして好印象を与え、リード王国に取り込む第一歩とする。

 クロードは、そのために連れてきたのだから働いてもらうつもりだった。


「かしこまりました。ですが上手くやれるかどうか……」


 しかし、クロードは自信がなさそうだった。

 これまでにも彼は他のエルフを説得してきた。

 だがそういった実績があっても、やはり「リード王国の大臣」という肩書きは重かった。

 同胞に「人間の手先」と見られないか不安になってしまうのだ。

 大臣になると決意した時に、そう見られる覚悟をしていたとはいえ、いざとなるとためらってしまう。

 そんな彼の心情をアイザックは察する。


「大丈夫ですよ。ファーティル地方の南に住むエルフ達も、一部はリード王国まで出稼ぎに来ていたんでしょう? なら職場や交易所が近くになって便利になると説明するだけです。犯罪者などトラブルの対応はすでに決まっているので、どこに交易所を作るかくらいですよ。気楽にいきましょう」

「その通りですね。どうしても自分の交渉が失敗したせいで、今の関係を壊してしまったらどうしようと考えてしまって……。大臣という立場になった事で、陛下の決断力がどれだけ凄いかがわかる気がします」

「それは子供の頃から行動しないといけない状況だったからかな。こればっかりは慣れだからね」


 アイザックは軽く手をひらひらと振る。 

 あまりに気軽に送り出そうとするので、クロードもこれ以上弱音を吐くところを見せられなかった。

 情けないところを見せないよう気を引き締める。


「かしこまりました。それではすぐにでも出立します」

「頑張って」


 クロードは心配していたが、アイザックはまったく心配していなかった。

 すでに交流の経験がある以上、問題になるのは「どこに交易所を作るか」くらいだろう。

 土地自体は南部の領主と話がついている。

 エルフと接触する可能性がある土地は、揉め事を避けるために森の近くに街を作る事ができない。

 どうせ使えないなら、商人の通行税目当てに交易所を作ってもらうほうが得である。

 そのためファーティル地方南部の領主からは快諾を得ていた。


 エルフ側も問題はないはずだ。

 彼らに交易所を作る時に魔法で建物を作ってもらう事になるのと、道の整備をしてもらうくらいである。

 自分達の利益になるので、進んで手伝ってくれるだろう。

 気軽に欲しいものを買いに行ける利便性の人気は、すでにティリーヒルの交易所で証明している。

 よほど意固地になっているか、喧嘩を売るような交渉をしなければ順調に進む案件だった。


 これほどやりやすい初仕事はないだろう。

 アイザックはクロードなら大丈夫だと信じているものの、もしもこの程度の仕事を失敗するようならば、大臣を新たに選ばなければならない。

 向いていない仕事をやらせるのは、アイザック達が困るだけではなく、クロードも落ち込ませる事になる。

 そういう時はスッパリと交代させてやるのも優しさだった。



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 アイザックはアイザックで仕事がある。


 ――ギャレットを国境まで見送る事だ。


 今年中に、ロックウェル王国はロックウェル地方へと変わる。

 ファーティル王国の場合は、ロレッタとの結婚による統合であったが、ロックウェル王国とは縁戚関係にはならない。


 ――ロックウェル王国は、アイザック陛下の威光に膝を屈した。


 事実はどうあれ、現リード王国の貴族達がロックウェル王国の貴族を下に見るような事があれば、将来的な内紛の火種になる。

 そのため「ロックウェル王国を軽んじるつもりはない。アイザックが乞うてリード王国の一員になってもらった」という意思表示をしておく必要がある。

 もう敵国ではないのだ。

 尊重する姿勢を見せるべきだろう。

 ただし、リード王国の貴族に「ギャレットにへりくだっている」と思われない程度に。


 ロックウェル王国の窮状は周知の事実である。

 だが、だからといってリード王国が一方的に助けるわけではない。

 今のロックウェル王国は食料の供給を理由に周辺国に食い物にされているが工業化が進めば鉱物資源を持つ国の立場は強くなる。

 必要になってからロックウェル王国を攻め落とすよりは、食料支援の負担があるとはいえ、現段階で平和裏に併合したほうがいい。

 自前で資源を補える資源大国の強みを知っているだけに、ロックウェル地方としてリード王国の一部になれば将来的に重要な地域となるだろう。

 将来の投資と考えれば安いものだった。


「状況が変われば立場も変わるとはいえ、やはり不思議なものですね。六年前には撤退するロックウェル王国軍を見張っていたというのに、今ではギャレット陛下を丁重にお見送りするのですから」


 国境まで着いたところで、アイザックはギャレットに話しかける。

 ファーティル地方も街道の整備は始まっているとはいえ、それはリード王国国境から始まっており、ファーティル地方東部は整備されていない。

 これまでは馬車の揺れで話す余裕がなかったからだ。

 道中「そういえばリード王国も最初はこうだったな」と、アイザックは街道整備の事を考えていた時代を思い出していた。


「本当に不思議なものですな。あの時は絶望に打ちひしがれていましたが、今では未来が明るいものに見えます。あの時、戦争に勝っていてもファーティル王国の統治や周辺国への警戒で苦労していたでしょう。戦争に負けたほうが将来が明るく見えるというのも皮肉なものですね。私は国王に向いていなかったのかもしれません」


 ギャレットが自嘲気味に笑う。

 彼もクローカー伯爵同様、一つの決断で運命を大きく変わった一人だ。

 その決断一つで、状況がここまで変わるというのは予想外だった。

 意地を張っていれば、まだ絶望の淵に立っていただろう。

 自分には――いや、歴代のロックウェル国王ができなかった事を、アイザックはあっさりと成し遂げてしまう。

 彼は、そんな自分の無力さを笑っていた。


「そんな事ありませんよ。寒い冬を乗り越えてこそ春の暖かさを実感できるのです。ロックウェル王国が冬の時代を乗り越えられたのは、ギャレット陛下の努力の証です。そう卑下なさらずともよいでしょう」


 アイザックは、ギャレットを慰める。

 弱小国などから始めるプレイは、ゲームでならば楽しめる。

 しかし、貧困に苦しむ国民を目の当たりにしては楽しむどころではないだろう。

 もしも彼の立場であれば、アイザックも無力感を覚えていたに違いない。

 少なくとも混乱から国を立て直してきたギャレットの事を、アイザックは評価していた。

 だから彼に同情的になっていた。


 アイザックの言葉を聞いて、ギャレットが笑う。

 彼はひとしきり笑ったあと、真面目な表情に戻った。


「アイザック陛下は慰めるのも一流のようですな。その春の時代が一日も長く続けられるように努力しましょう」

「ええ、私もそれを望んでいます」


 二人は握手を交わす。

 その熱く握手を交わす姿は、ファーティル・ロックウェル双方の関所から見えていた。

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