第595話 理想の大人像

「陛下。事情があったとはいえ、国王の暗殺の意思を明示した者を、そのような軽い叱責で済ませてよろしいのですか?」


 マクシミリアンが「常識的に考えて、それでは軽すぎるのではないか?」と疑問を投げかける。

 それも無理はない。

 今回は助けを求めるためであったが、噂で聞いて「事情があれば国王も殺していいんだ」と本気にする者が出てくるかもしれないのだ。

 アイザックの身の安全を考えるのならば、厳罰に処すべきである。

「めっ」で済ませるのは論外だった。


「仕方ないでしょう。私も人間です。昔の自分の姿を重ねて見てしまうような相手には甘くもなりますよ」


 しかし、これにはアイザックなりの考えがあった。


「なぜ私を殺しにきたと言ったのか? そうすれば興味を持ってもらえるというのもあるでしょう。ですがそれ以上に自分を選ぶ価値があると伝えるために一生懸命考えたのだと思うからです」

「自分の価値……、ですか?」

「普通に考えれば、助けを求める相手に『殺す』などと言うのは反感を買う行為です。だがそれをやった。それは私がどう動くか考える事ができるとアピールするための行動だったからです」


 アイザックは過去を思い出して遠い目をする。


「私もそうでした。ネイサン派の貴族を寝返らせるために商人から金を巻き上げ、エルフとの交流再開に尽力して結果を残し、傘下の貴族達を飴と鞭で寝返らせていった。それができたのも、子供ではあるものの耳を傾ける価値があると思わせる事ができたからです。だから彼も同じように、アルバコア子爵ではなく、自分を選んでもらえるようにするにはどうすればいいのかを必死に考えたのでしょう。その努力を評価してあげたいと思うのですよ」


 ――ライバルよりも手を組む価値があると思わせる。


 手を組む価値がないのならば、わざわざ乗り換える必要などない。

 相手の心変わりを促すには、それだけの価値が必要なのである。

 だからアイザックは、インフラ整備などで利益を与えられないか必死に考えていたのだ。

 クローカー伯爵も同様に「自分にはアイザックの考えを予想できる力がある」とアピールしたかったのだろう。


 ――必死になって知恵を絞って味方につけようという者と、安易に賄賂を贈る事で味方にしようという者。


 アイザックがどちらの肩を持ちたいと思ったかは言うまでもない。

 見せしめがほしいという目的がなくとも、クローカー伯爵の味方をしていたはずだ。


「さすがはアイザック陛下です。子供の浅知恵などお見通しというわけでしたか……」


 一生懸命考えたが、その考えは容易くアイザックに見破られてしまった。

「やはり、本物の天才には敵わないのだ」と、クローカー伯爵は肩を落とす。

 しかし「殺しにきた」というのには、もう一つ意味があった。


「そ、それではもう一つの狙いはご存知でしょうか?」

「もう一つの狙い? ……いや、わからないな」


 ――アイザックがわからないと答えた。


 その答えがクローカー伯爵に希望を与える。

 アイザックにはわからない狙いを考えついていたと思ったからだ。


「もし企みが失敗して処刑されていたとしても、母上やアルバコア子爵も連座となっていたでしょう。僕は一方的にやられるだけではなかったのです!」


 ――協力を得られないのなら、せめて彼らを道連れにする。


 クローカー伯爵は失敗した時にも備えていた。

「一方的に踏みにじられはしない」という覚悟を決めていたのだ。

 マクシミリアン達は、子供であるにも関わらず、そのような答えを導き出した彼の思考に驚く。

 だがアイザックは不満を露わにしていた。


「その考えはいただけないな」

「……いけませんでしたか?」


 クローカー伯爵は評価されなかったとわかり、怯えるようにアイザックの様子を窺う。


「死んでしまえば、相手の思い通りになるかもしれないだろう? もし私が買収されていて『責任はクローカー伯にのみ帰するところである』という判断を下したらどうする? ただの犬死にだ。むしろクローカー伯がいなくなって、アルバコア子爵がやりやすくなるだけだ。すべては本人が生き残ってこそだ。生き残ってこそ報復が行なえる。君はまだ若いのだから、泥水をすする事になろうとも、生き残る方法を考えて機を待つべきだった。少なくとも私は最後まで諦めずに目的をやり遂げるために頑張っていたぞ」


 そのアイザックの言葉に、ほとんどの者が「お前だからできたんだ。普通の子供に求めるのは酷だろう」と心の中で突っ込んでいた。

 そもそもアイザックと同じ事ができる子供がいたら、それはそれで嫌だ。

 不世出の天才は一人でいい。

 なにを考えているのかわからない者は一人でいいのだから。


 だが、一人だけそうは思わなかった者がいる。

 それはクローカー伯爵本人だった。


「はい、その通りです……」


 彼はアイザックの言葉通り「死んでしまえば、相手にいいようにされていたかもしれない」と反省していた。


 ――アイザックに会うきっかけと道連れにする口実を作るための名案。


 そう思っていたが、言われてみればこの計画は穴だらけだった。

 これではアイザックに認めてもらう事などできない。

 クローカー伯爵は「しょせんは子供の浅知恵だった」と、恥ずかしさのあまり泣きそうになる。


「しかし、状況の違いを考慮するべきかな。少なくとも私の母は味方だったし、支えてくれる友人もいた。母親まで敵に回ったクローカー伯の状況を考えれば、取れる手段や考えられる範囲も限られたものだっただろう。大変な中、自分一人で打開策をよく考えたね」


 そんな彼に、アイザックは優しい言葉をかける。

 これは事実であった。

 アイザックの敵対勢力は大きなものだったが孤独ではなかった。


 ――前世の記憶を持たない上に、物心ついた頃からずっと独りだった子供が考えた案。


 そう考えれば上出来な部類だろう。

 前世の記憶を持っているアイザックと違い、自力で計画を立てたクローカー伯爵こそ天才の部類かもしれない。

 見どころのありそうな少年を、アイザックは自分に忠実な味方にしようと考えていた。

だからこそ、一度彼の考えを否定した。

 そのほうが褒めた時に効果が大きくなるからだ。


 アイザックは立ち上がると、クローカー伯爵の隣に座り、彼の肩を押さえていた騎士の手を放させた。

 そして今度は自分がクローカー伯爵の肩に手を回す。

 だがそれは彼を押さえつけるためのものではない。

 優しく包み込むように抱き寄せるためである。


「物心ついた頃から周囲の大人は敵だらけ。だから自分が将来的に手駒としての価値があるとアピールするしかないと思っていたんだろう? でもね、世の中は利用価値があるかどうかだけで判断する大人ばかりじゃないんだ。例えば、先祖がこれまでにどれだけ頑張ってきたかで子孫を守るという義理で動く人もいる。今度は私がそれを証明しよう。さて、こういう時になんて言えばいいのかわかるかい?」


 ――アイザックに認められた。

 ――久しぶりに他人の優しさに触れる事ができた。

 ――理想的な大人像そのものの人物と出会える事ができた。


 ついにクローカー伯爵の涙腺は堪えきれなくなった。

 大粒の涙と共に嗚咽を漏らす。

 そんな彼の事を、アイザックは優しく抱きしめてやる。

 アイザックの胸で泣き、少し落ち着いた頃にクローカー伯爵が口を開く。


「目的があったとはいえ、陛下を殺すなどと言った事を反省しています。僕を……、僕を助けてください」

「あいわかった。クローカー伯爵家は身を投げ打って国を守った功臣の家柄である。リード王国国王アイザックの名に誓って、クローカー伯を助けると約束しよう。……今まで辛かったね。幼い頃は私も似たような境遇だった。周囲の大人を簡単には信じられないだろうが、私だけは信じてほしい。これからは頼ってくれてもいいんだよ」

「ありがとうございます」


 二人のやり取りを見て、マクシミリアンがグスリと鼻を鳴らす。

 思わぬところで感動的な場面を見る事ができて、自然と彼ももらい泣きしていた。

 彼の側近達の中にも目を潤ませている者がいた。

 近衛騎士にもだ。

 しかし、この状況を極めて冷静に見守っている者もいた。


 ――ノーマンとトミーの二人である。


 彼らはこの光景を見て「またやってる……」と考えてしまっていたせいだ。

 アイザックがクローカー伯爵に優しく語りかける姿は、かつてフェリクスに行っていた悪魔のささやき・・・・・・を彷彿とさせるものだったからだ。

 これはアイザックの実態を知っているせいで、斜に構えた見方をしてしまっているだけかもしれない。

 今回は子供を助けるという話でもあるので、彼らは注意などはせず、黙って事態を見守っていた。

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