第590話 ケンドラの十歳式

 年が明け、十歳式の日が訪れた。

 今年の十歳式はアイザックも楽しみにしていた。


 ――それはケンドラの十歳式だからだ!


 本来ならば、妹のために家族と一緒に似合う洋服を探してあげたりしてあげたかった。

 だが今のアイザックは子持ちのリード国王である。

 妹ではあるが、気軽にウェルロッド侯爵家を訪れるわけにはいかない。

 万が一にも「妻や子供達よりも、妹のほうを大事にしている」と思われたりしたら、パメラ達の面子が潰れるからだ。


 公爵だった時は名目上の爵位だったため、実質ウェルロッド侯爵家の後継者というのは周知の事実だった。

 しかし国王になった以上、アイザックはリード王家の人間であり、ウェルロッド侯爵家とは違う家の人間である。

 血縁も大事だが、今の立場を考えて立ち回るのも大事なのだ。

 ウェルロッド侯爵家の家族とも一線を引いておかねばならなかった。

 アイザックにとって辛い状況だが、この状況はパメラ達には好都合だった。


 ――名目上の姑がいないという状況だからだ。


 ウェルロッド侯爵家に嫁げば、ルシアやマーガレットがいたが今は違う。


 ――アイザックの親はいるが、リード王家内に姑はいない。


 王室内における女性の序列最上位はパメラであり、次いでロレッタ、アマンダ、リサとなる。

 王の母がいないため、彼女らの頭を押さえる存在がいない。

 気楽に新婚生活を楽しめるという状況だった。

 もちろん王妃という立場を忘れて遊んでいられるというわけではないので、圧迫感がないという程度である。


 ――アイザックは苦悩するが、妻達は開放感のある暮らしができる。


 これもアイザック自身が作り出した奇妙な状況だった。

 それだけに誰にも文句は言えない。

 自業自得である。


(でもいいんだ。おめかししたケンドラの姿を見る楽しみができたと思えばいいだけなんだから)


 そんな状況でも、アイザックは前向きに考えた。

 途中経過を見る事ができないのは悲しいが、おめかしした姿を最高の舞台、最高の場所から確認する事ができる。

 これまで会えなかったのもいいスパイスとなる。


「国王陛下、ご入来ー」


(出番がきた!)


 ギリギリに到着してもよかったのだが、人を待たしてはならないという意識から、出席者が揃うまでは別室で待っていたのだった。

 だが、ついにケンドラの姿を見られるとあっては待っている時間も楽しいものに思えた。

 アイザックは扉が開かれると広間に出る。

 大勢の人々がひざまずき、頭を下げて待っていた。


(俺もあっち側だったんだよな)


 十歳式に出たのが、ついこの間の事のように思えた。

 ちらりとこちらを見ようと、子供の頭が動いているのが見える。

 こういう時に動いているとわかりやすかった。

 アイザックはクスリと笑うと檀上へ向かう。


(そういえば子供達に頭を下げさせるのは、ここでコケた王様がいたからだったか)


 儀礼用の服装は重いし、ヒラヒラとしたものが付いている。

 足を取られないように気をつけながら檀上へと上がった。


「皆の者、面を上げよ」


 できうる限り、威厳のあるような声を意識して出す。

 子供達には格好良いところを見せたいため、堂々とした姿も見せようとする。


 ――しかし、それも一瞬の事だった。


(なんだ! あの天使は! どこの娘だ!)


 もちろん、ニコルの生まれ変わりのような美少女がいたわけではない。

 おめかししたケンドラがいただけだ。

 ウェルロッド侯爵家の位置にいるので、ケンドラの居場所は一目でわかった。

 顔を上げたケンドラのあまりの可愛らしさに、アイザックは頬が緩むどころか、涙腺が緩みそうになる。

 だが彼女だけを見ているわけにはいかない。

 後ろ髪を引かれる思いはしているものの、アイザックは歯を食いしばって今やるべき事をやろうとする。


「私の事を知らない者もいるだろうから、まずは自己紹介から始めよう。私がアイザック・エンフィールド・リードだ。まだ若く頼りない王だと思うかもしれないが、リード王国の全貴族が私を国王に推してくれた。私に不安を覚えるかもしれないが、皆の両親や祖父母といった身内を信じて、私の事も信じてほしい」


 アイザックは優しい笑みを見せる。

 それは主にケンドラに向けたものであったが、子供達は「噂よりも優しそうな人だ」と思ってくれた。


「皆はまだ子供とはいえ、去年あったジェイソン動乱の事を覚えているはずだ。あの時は未来に不安を覚えただろう。だが諸君は十歳となり、リード王国の一員となった。諸君らはもう怯えるばかりではいけない。事態の解決になにか協力できないか考え始める年になったのだ。まずは自分になにができるのか、考える事から始めるといい。諸君らが私の隣に立つ日を楽しみにしている」


 アイザックの挨拶は「子供達の成長を楽しみにしている」というものだった。

 無難な内容ではあったが、国の未来を憂いた親の姿を見ていた子供達に「頑張ろう」と思わせるものでもあった。

 アイザックの挨拶が終わると、次は来賓からの挨拶である。

 特に今回はヘクター大公というリード王国の版図を大きく塗り変えるきっかけに人物もいる。

 ケンドラの十歳式にふさわしい壮大なものとなった。



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 子供達が別室に移動する。

 アイザックも覚えのある、お菓子が用意された部屋だ。


(ケンドラは、ちゃんとお菓子を食べられるかな? みんなと挨拶ができるかな?)


「陛下、いいお話でした」


 大人は大人で話をする。

 最初にランドルフが話しかけてきた。


「ケンドラは大人しいので、初めて会う相手とちゃんと挨拶ができるのかが不安です」

「友達もいるので大丈夫だとは思いますけど……。心配ですね」


 どうやら彼もアイザックと同じ心配をしていたようだ。

 アイザックは、ザックに対して心配するよりも先にケンドラ相手に親のような感情を持ってしまっていたらしい。


「彼女にはローランドが付いています。しっかりエスコートするように言い聞かせてあるので大丈夫でしょう」


 話にウィルメンテ侯爵も加わった。

 彼に言われてようやくアイザックは「そういえばそんな子もいたな」と思い出す。

 どうやら無意識の内に、ケンドラの婚約者・・・・・・・・という存在を記憶から消してしまっていたようだった。


「そうだといいですが……。私の時は挨拶をしているだけでも疲れてしまったので」

「そういえば私の時も大変だった覚えがあります。侯爵家――いえ、もう公爵家ですから、もっと大変かもしれないですね」


 ウィルメンテ侯爵の言葉に、アイザックは不安をかき立てられた。


(ケンドラの様子を見に行きたい! でも俺がそれをやったらまずいし、行くにしても親父が行くべきだろうし……。なんで俺は王になろうなんて考えたんだ!)


 ケンドラを心配するあまり、アイザックは自分の人生を否定してしまう。

 しかし、侯爵家の跡取り息子という立場でも子供の集まりに首を突っ込むわけにはいかないので、完全に無駄な後悔だった。

 その事に気づくと、気分を変えるためにヘクターに声をかける。


「そういえばファーティル王国でも十歳式は行われるのですか?」

「もちろんございます。近辺の国で行わないのはファラガット共和国くらいではないでしょうか。あそこは貴族の風習を捨てた平民の国ですので」

「そうなのですか」

「子供の成長を祝うという風習自体は残っているようですが、身内で豪華な食事を用意したり、プレゼントを贈るくらいだそうです」

「社会的に祝うという事はないわけですか。商人が牛耳っている国なので、金がかかるから嫌だとかなのかもしれないですね」


 アイザックは、ファラガット共和国について考える。

 リード王国では、大規模イベントは金がかかるが平民の慰撫には必要だと考えられている。

 エリアスのパレード好きは本人の趣味ではあるが、まったくの無駄というわけではなかったのだ。


(そうなると、村単位での祭りくらいしか娯楽がなさそうだな。大道芸人なんかを連れていけば民心掌握とかがしやすいのかも? そのあたりの事は調べてみてもよさそうだな)


 何気ない会話だったが、ちょっとしたアイデアが浮かぶ。

 ぶっつけ本番よりは、少しでも統治が楽になる方法を考えておいたほうがいい。

 文化の違いなどを考慮した統治方法を考えておいて損はないだろう。


「ところで陛下」

「なんでしょう?」


 ヘクターがアイザックの様子を窺うように見ていた。


「よろしければ一度ファーティル王国――ではなく、ファーティル地方にも足をお運びいただけないでしょうか? 我が地方の子供達も陛下から一言いただけますれば、きっと励みになるでしょう」

「ファーティル地方にですか」


(それも悪くないか)


 新しく編入したばかりなのだ。

 国王自ら足を運んで友好的な態度を見せておいて損はない。

「編入したばかりで、不満を持つテロリストに狙われるかもしれない」と警戒していては、あちらも「ファーティル地方は冷遇されるのではないか?」と心配してしまうだろう。

 一度は足を運んでおく必要がある。


「それは考えていました。問題は、いつ行くかというところでした。こちらでは十歳式が終わり、次は入学式くらいまでは時間があります。滞在が短くなるものの冬の間に向かうか、春になってから向かうか悩ましいところです」


 アイザックは「もちろん考えていた」と見栄を張った。

「ファーティル地方を軽んじていない」という態度を見せるためだ。


「ならば冬の間ではいかがでしょうか?」


 返答を聞き、ヘクターはすかさず要求を出す。

 それにアイザックは疑問を抱いた。


「なにか理由でも?」

「いえ、どうせならばロレッタと共に足を運んでいただきたいのです。ですが春になればロレッタは動かないほうがいい状態になっているかもしれません。ですのでお早めにと思いまして」


 どうやら彼は「どうせロレッタもすぐ妊娠する」と考えているようだった。

 これにはアイザックも苦笑いを見せる。

 だが否定はできなかった。

 いつも「結婚相手に恥をかかせられない」と、一人目が早くできるように頑張っていたのは事実だからだ。


「では日程を確認しましょう。可能であれば早い段階でファーティル地方に赴き、無理でも春先には行けるようにしておきます。ただロレッタが動けなくなっていたら諦めてください」

「ええ、それはそれで吉報ですから諦めますとも」


 ヘクターは満足そうに笑う。


(そういえば国内巡幸もやっておいたほうがいいんだろうか? でも内戦のあとだし、すぐというわけにもいかないか)


 ふと、アイザックはそう思った。

 今思えば彼はウェルロッド侯爵領とランカスター伯爵領、王都近辺くらいにしか行った事がない。

 パメラの実家であるウィンザー侯爵領にすら行っていないのだ。

 もし訪れる場合は順番も大事になってくる。

 そのあたりの事も、また検討する必要があるなと考えるようになっていた。

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