第567話 アイザック流のロックウェル王国立て直し計画
三日後、リード王国とロックウェル王国の間で会談が始まった。
今回はファーティル王国側の見届け人として、とうとう正式に外務大臣に任命されたソーニクロフト侯爵が同席している。
会談が始まると、アイザックが先に忠告をする。
「打開策を考えているとおっしゃっていたので信じたいのですが、念のために一点忠告を。貴国の状況を知り、我が国の貴族の間で『受け入れるべきではない』といった考えが広まっています。いらぬ誤解を生まぬよう、例え場を和ますジョークであっても、債務の整理にリード王国やファーティル王国の金を使おうなどという事は言わないでいただきたい」
「我らも無策ではありません。返済の方法は考えています。ではビュイック侯、説明を」
「お任せ下さい」
ビュイック侯爵は、これまでで一番気合が入っていた。
ロックウェル王国単独で地道に経済を立て直すよりも、リード王国の助けを得たほうがずっと楽で早く終わるからだ。
これは大きなチャンスである。
「我が国がリード王国に編入された場合、借款の返済に関して直接的な支援は一切受けるつもりはございません」
だが彼は――ロックウェル王国は、そうしなかった。
他人の金にたかるのは誰にでもできる。
――では、その誰にでもできる方法を使って経済を立て直した場合、ロックウェル王国の王侯貴族の存在価値はどうなるか?
そのような者に価値はない。
爵位を剥奪し、領地を取り上げ、リード王国やファーティル王国の貴族に分け与えたほうがマシだと思われるだろう。
だからこそ、自分達が取れる方法で借款の返済をするつもりだった。
これから百年後、二百年後の子孫達のために。
そして、リード王国の貴族に侮られるような事のないように気を使ってくれたアイザックのためにも。
「ファーティル王国がリード王国に編入される事になれば、同じ旗を仰ぐ事になる我が国の資源を買い叩くのをやめると、ヘクター陛下から言質をいただいております。カルテルの一角が崩れれば、他国にも相場に近い価格で資源を売れるようになります」
彼らが考えたのは、リード王国の一地方になった時の影響を利用する事だった。
今はすでに周辺国に舐められている。
だが、リード王国の一地方となれば、ファラガット共和国とグリッドレイ公国も、資源を安く買い叩くのをやめるだろう。
ロックウェル地方の資源を買い叩けば、それはリード王国に喧嘩を売っているも同然となるからだ。
それにファーティル王国が相場通りで買ってくれるようになれば、ファラガット共和国などに低価格で売らなくて済むようになる。
彼らも資源を必要としている以上、買取価格を上げてくるはずだ。
一度状況が動き出せば事態を好転させるのは容易だと、ビュイック侯爵は考えていた。
「もちろん、安いから我が国から資源を買っていただけ、高くなるのならば買わないという商人もいるでしょう。しかしながら、高くなっても近い我が国から買って加工するのもやむなしという商人も一定数いるはずです。相場の価格まで値上げして流通量が半分になったとしても、今は相場の三割ほどで買われているので現在の二倍以上の利益を得られます。百年ほどかけて自力で借款は完済できると考えております」
「なるほど、ロックウェル王国単独で返済できる方法を考えておられたのですね。安心しました」
そうは言うものの、これは最低限のスタートラインに立っただけだとアイザックは考えていた。
この程度は少し考えれば思いつくものである。
それだけで満足してもらっては困るところだった。
「ありがとうございます。それともう一つ、先ほどアイザック陛下はリード王国の金に頼るなとおっしゃっていましたが、一部お力添えを願いたい要件があります」
「ほう」
アイザックのみならず、リード王国側の出席者の目が険しくなる。
「やはり、金をたかるつもりなのか」と。
「街道の整備には、リード王国政府から補助金が出ていると伺っております。グレーターウィル、アスキス、ブロンコと、各国の王都間を繋ぐ街道の整備を最優先で行っていただきたいのです」
だが、ビュイック侯爵の話を聞いてアイザックの視線が和らいだ。
リード王国の貴族となるのであれば、補助金に頼るのは当然だからだ。
しかし、領地持ちの貴族達は違う。
「
エルフは限りある資源となっている。
王都間の街道整備は必要な事だとわかっていても、新参者にパイを分けるのには抵抗があった。
「かつてリード王国も我が国から鉱物を購入しておられましたが、取引量は右肩下がりとなり、やがて取引のない状況になりました。これはウォリック侯爵領とブランダー――ウェリントン伯爵領から採掘される資源で、リード王国内の需要を満たせるのと、運搬にかかる費用と時間を考えれば利益がないと判断されたからでしょう」
(取引量が減った事に関しても、ちゃんと分析してきているみたいだな)
自国の都合を述べるだけではなく、リード王国の事情もちゃんと調べてきているのが、アイザックには好印象だった。
これはビュイック侯爵がアイザックの信奉者であり、リード王国の動向を常日頃から分析していたからこそ、すぐに用意できたものだった。
シルヴェスター達が帰国してから分析したのでは、今回の交渉に間に合わなかっただろう。
「雨が降ればぬかるむ道を、鉱石を載せた馬車が進むのは極めて困難で何日も足止めされてしまいます。ですが、エルフの整備した街道は素晴らしいものでした。あの道ならば雨を気にせず、重い荷物を載せた馬車が通れます。ロックウェル王国からリード王国まで運搬するのが容易になるでしょう。他国に売れなくなった分を、リード王国にいくらか割安で売却しやすくなります」
「先ほどリード王国の需要は国内で満たせていると言ったばかりではありませんかな? ノイアイゼンに売るにしても、相場の値段に運搬費用を上乗せされたものを必要するかどうかわかりませんぞ」
ウィンザー侯爵が、ビュイック侯爵にジャブを放つ。
「それは大丈夫だと考えています。ノイアイゼンとの国境付近で鉄道というものを敷設していると伺っております。鉄を使った道を作るのであれば、鉄はいくらあっても困りません。鉄の需要がある以上、いつでも大量に運び込める準備をしておいてもいいのではありませんか?」
だが、ビュイック侯爵は見事に受け流した。
鉄道の敷設のような大規模工事は隠しきれるものではない。
ロックウェル王国にまで知られていてもおかしな事ではなかった。
――他国が買い取ってくれなくなった余剰分をリード王国に売却する。
ロックウェル王国側は、無駄のでない効率的な提案を持ってきていた。
「我が方からは、今回の交渉でロックウェル王家の扱いや貴族の扱いについてと、エルフの日当をリード王国側に立て替えていただき、その代わりに資源の物納で支払う事は可能か? といったものを中心に話を詰めていきたいと考えております」
そう言って、ビュイック侯爵は話を終わらせた。
(今まで食い物にしてきたんだから、ファーティル王国にすべて支払わせろ! とか言ってこなくてよかったよ。そんな事を言われたら、こっちとしても帰れと言うしかなくなるからな)
ロックウェル王国側が意外と冷静な対応をしてきたので、アイザックは感心する。
そう、彼はビュイック侯爵の話に感心して、満足そうな表情を見せた。
だが、彼自身は貴族達に渋い表情をさせる話を始めるつもりだった。
「真っ当な打開策で感心させられました。ですが、それは真っ当すぎますね」
「いけませんでしたか……」
アイザックに否定された事で、ビュイック侯爵は今にも泣き出しそうな情けない表情を見せていた。
「鉱山を担保に押さえられていますからね。『相場通りの価格で買えというのならば、差し押さえて自分達で運営する』と言われた場合に困るでしょう? だから、借款は踏み倒しましょう。そのほうが経済を早く立て直せます」
「陛下!」
ウィンザー侯爵がアイザックを止めようとするが、アイザックは手で制した。
今から話そうとする内容は、モーガンを含む貴族達に賛同を得られなかったものだからだ。
「ご覧の通り、宰相のウィンザー侯を始めとする大臣達からも反対意見が出ていますが、私としてはいい方法だと思っています。ロックウェル王国の借款は、文字通り国の借金です。資料の中には
「……本当によろしいのでしょうか?」
ギャレットが、アイザックに尋ねる。
そのような事をすれば、リード王国とファラガット共和国の間で軋轢が生まれる。
だからギャレット達は、時間はかかるものの地道に返済していく方法を考えていたのだ。
もし、アイザックが借金を踏み倒していいというのであれば、状況が大きく変わる。
経済の立て直しも早くできるだろう。
「ギャレット陛下。ロックウェル王国がファーティル王国を占領した。そこでリード王国が『ファーティル王国に金を貸していたが返してもらえなくなったので、担保として取っているファーティル王国の西半分を引き渡せ』と言ってきたらどうしますか?」
「無論、引き渡しはしません。それはファーティル王国の借金なので、我が国は無関係ですから」
「それと同じでロックウェル
アイザックが考えていた借金の踏み倒し方法というのは「連帯保証人にすらなっていない借金の事など知らない」と白を切るというものだった。
これでロックウェル王国が抱える負債は消えて、残るのは貴族が個別に借りた借金程度だろう。
それくらいならば、立て替えられる金額になっているはずだ。
百年も借金を返し続ける必要などなくなる。
「それに、長年搾取され続けてきたのです。借款分は十分稼がせてやっているはずなので気にしなくてもいいのでは?」
「そうしていいと言われるのであれば、こちらは助かります。助かりますが……、ファラガット共和国との関係は確実に悪化するでしょう。穀物の輸出を止められるような事になれば国民が飢えてしまいます」
「それは大丈夫です。今のリード王国は穀物の生産量が増大しています。穀物の価格が下がり過ぎないよう、酒造りなどに使っても使いきれないほどにね。ファーティル王国と協力してロックウェル王国へ食料を輸出すれば、どうにかなりそうだという計算も出ています。それに今すぐにではなく、当面は食料を備蓄しながら一年後や二年後に編入という方法を取れば余裕を持って対応できるでしょう」
ファラガット共和国やグリッドレイ公国が禁輸措置を取ったとしても、今のリード王国がファーティル王国と協力すれば支えられる。
エルフのおかげで平民の労役がなくなった影響は大きかった。
食料生産量の増加は、蒸留酒の原料になるだけではなく、飢えから救うという本来の役割を果たそうとしていた。
「それでは担保に取られているところも、どうにかできるという事ですね?」
「我が国が貴国に対しての宣戦を布告しましょう。そのあとすぐに『すべての財産、領土をリード王国に譲る』と書いた降伏文書に署名していただきます。そのあとで、リード王家がロックウェル王国の貴族に領地を与えるという形を取れば大丈夫でしょう。そのまま領地を安堵するという形であれば、ロックウェル王国時代の負債も引き継いで当然と考えられかねません。一度我が国の所有物となり、リード王家が与えたものから奪い取るような真似はできないでしょう」
アイザックの考えには「例え戦争になっても、ファラガット共和国やグリッドレイ公国にロックウェル王国の財産を渡さない」という態度が見て取れた。
その理由は、アイザック以外の誰にもわからない。
わからないが、これはロックウェル王国側にとって、あまりにも
ギャレット達は、もっと悪い扱いを受けると思っていた。
それだけに、この対応は理解を超えたものであり、逆に不安を煽るものである。
アイザックの真意を聞かねばならなかった。
「アイザック陛下は、まるで戦争もやむなしと考えておられるようにしか思えません。それはエリアス陛下の跡を継ぐという方針に反するのではありませんか? 貴国の貴族が反対するのも、そのせいではないでしょうか?」
ギャレット同様に、アイザックの言葉に違和感を覚えたビュイック侯爵が尋ねた。
あれほどエリアスの後継者としてアピールしていたのだ。
舌の根の乾かぬ内に前言を撤回をするのなら、アイザックは信用できない。
これは絶対に確認しておかねばならない問題だった。
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